ようこそ、むし屋へ2 ~麗しの碧ちゃんとむしコンシェルジュの卵編~
みな
麗しの碧ちゃん
第1話 神明大学、ダニー先生の実践英語Ⅰ
「~Tom Sawyer, that is absolutely the last straw! The very next day……」
中講義室の頭上から流れる流暢な英語CDの音読が、眠気を誘う。
テキストの文字を目で追いながら、大学1年生の深山ほたるはあくびをかみ殺した。
只今、我が神明大学の4限目、実践英語Ⅰの講義中である。
(実践英語がトムソーヤの冒険って)
どこが実践なのか、さっぱりわからない。
どんなタイミングで使う英語?
流れてくる英語の意味がわからなくても、これだけはわかる。
絶対に、使えない。
後期の授業カリキュラムの中で、最もテキトーな講義である。
(ダニー、今日も派手だなぁ)
非常勤講師のダニエルティーチャー、通称ダニーは、アフリカ系アメリカ人で、明るい焦げ茶色の肌にドレッドヘアが似合いまくりな年齢不詳の外国人だ。
黄色と緑のジャマイカ風衣装が、今日も鮮やかすぎて目に痛い。
陽気でおおらかなダニーの講義は、超テキトー。
今日も「everybody listen!」と、CDをセットしたあとは、ずっとスマホゲームをしている。
何故スマホゲームをしているかわかるのかって?
それはもちろん、音がだだ漏れだから。
ダニーはスマホの音漏れなんか気にしない、おおらかな性格なのだ。
ジャマイカの風が吹き荒れるちゃきちゃきな感じのダニー。でも、つぶらな瞳は、世界のことわりを知り尽くしている賢人みたいな、年月を重ねた長老みたいな深みがあって、不思議な魅力がある。
あの目を見ていると、もしかしたら、この一見無駄にしか思えない講義の中に、ものすごーく重要な何かが隠れているのでは? と、思ってしまったりするのだけれど……。
(それはないか)
だって、ほたるは、ダニーが「Hi」「What's up!」「everybody listen!」以外に英語を喋っているところを聞いたことが無いのだ。
やっぱり、ダニーは見た目通りのダニーに違いない。
ちゃんと英語喋れるのかな、ダニー。
てゆーか、実践英語の講義って、本当にこれで合ってる?
(さすが、神明大は微妙大)
この、『神明大は微妙大』というキャッチーなフレーズは、代々、神明大学の学生たちに受け継がれている由緒正しき、伝統的なフレーズらしい。
神明大学の学生たちは、このフレーズに「さすが」をつけて、良くないことはさっくり水に流す。
例えば、実践英語が『英語版 トムソーヤの冒険』のCDを聞き流すだけだった時とか、例えば、今日の学食のメニューの『カレーうどん』が、仕入れ業者のトラブルで、『カレーうどんのカレー抜きバージョン』だった時とか、そういうときに。
「さすが、神明大は微妙大」と誰かが言えば、みんななんとなく「それじゃー仕方ないか」みたいな気分になる。
そういうおおらかな学生が多いところが神明大学の魅力なのだ。
たぶん。
ふわぁ、とまたあくびが出た。
それにしても眠い。
眠すぎる……。
ほたるの瞼は、海上で船が錨を下ろすように、だんだんと重たく沈んでいったのだった。
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