第7話-①
春になったので、マコトと桜を見に行くことにした。まだ少し肌寒いから厚手のブルゾンを羽織り、胸ポケットにマコトを入れた。振動を感じさせないよう、クッション代わりの綿を全体に敷き詰める。
「どう? 苦しくない?」
「うん平気。快適だよ」
マコトが驚かないよう、大きな声にならないよう注意する。縮んだその身には普段の話し声も騒音に聞こえるらしい。マコトの声だけを拾う集音器が国から届いたが、なんとなくまだ開封していない。
近所の公園までは徒歩で向かうことにした。一歩一歩を噛みしめるように歩くのは随分久しぶりな気がする。塀の上で香箱座りをしている野良猫は動く様子が無い。風は右から左に穏やかに吹いている。路地裏を選んで通っているため、時折聞こえる車のクラクションは遠い国の出来事のようだった。
穴場の公園ということもあり、私たちの他に花見客は数組だけ。しかも乱痴気騒ぎをしている人たちは誰もいない。みんなお行儀よくビールや料理を胃の中に放りこんでいた。なんだか神聖な儀式に参加している気持ちになる。
「空いててラッキーだね」
「ボクの普段の行いが良いからね」
公園の南口にある桜の下で、私たちはブルーシートを拡げた。鞄の中から取り出したお弁当とステンレスボトルは、まだほんのり温かい。
つなぎを減らした肉肉しいハンバーグ、砂糖たっぷりのスクランブルエッグ、アンチョビ入りの大人なポテトサラダ、ピリ辛の中華風きんぴらごぼう、野菜を細かく砕いた黄金色のコンソメスープ……マコトの好物が二人のお腹を満たす。母から借りたキッチンバサミは大いに役立った。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「今日はありがとね」
「なによ急に改まって。変な子」
「ちょっと言ってみただけだよ。なんでもない」
「ならいいけどさ。それよりもデザートも食べるでしょ」
「もちろん」
ひとひらの花びらが不規則な軌道を描き、コンソメスープの上にゆっくり舞い降りた。
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