第6話-②

「お姉ちゃん、質量保存の法則って知ってる?」

 ある日、私の部屋に入ってきたマコトが、興奮した様子で尋ねてきた。今はもうドアノブの高さには届かないから、猫の出入り用の小さな扉からやってくる。リフォーム工事の費用は国から補助金が出たらしい。

「いきなりどした? たしか質量はみんな一緒……的なやつでしょ」

「三十点。中学校の理科で習ったじゃん」

 落胆の表情を浮かべながら、「今日この箇所を勉強したんだけれど……」とタブレットを見せてくれる。


 そこには『物質はその状態が変化しても、その総質量が保存される』『化学変化が起きる場合、その前後では組み合わせが変わっても、原子の総数や種類は変化しない』と書かれていた。


「つまりどういうこと?」

「お姉ちゃんは鈍いなあ。ボクが縮んだとしても、質量は変わらないってことだよ」

 勉強のし過ぎでおかしくなってしまったのだろうか。私が醸す怪訝な様子をかぎ取ったマコトは、赤味が残る頬を膨らませる。

「つまり、縮んだ分のボクの欠片は、この世界のどこかで生きているんじゃないかってこと」

 なるほど、それで質量保存の法則なんだ。縮むという状態変化が起きても、マコトという一個体の質量は同じ。マコトが「マコ」になるわけでも、「タケシ」になるわけでもない。


「マコトの欠片たちはどこ行ったんだろ」

「それはボクにも分からない。でも、世界中に散らばっていて欲しいな」

 アンダルシア地方の小さな村の路地裏、ゴビ砂漠を横断する列車の二等席、一年中霧に覆われている森林の奥底。世界中にマコトが息づいているのは、悪くない想像だった。かつて父が話してくれたアポなんちゃら――細胞の自殺という考え方よりはずっと好きだ。それが事実かどうかは些細なこと。父が多肉植物を育て始めた理由が少しだけ理解できた。

「質量保存の弟か……。その考え方は素敵だね」

「でしょ」

 ふむぅと鼻を膨らませるその様子は長年見てきたマコトそのもので、やっぱり変わってないじゃんと嬉しくなった。

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