第5話-②

 膨らんだことを嬉しそうに語るマコトを見ていると、ずっと昔にお祭りで買った玩具を思い出す。

 それは水の中に入れると膨らむ特殊な樹脂で作られたフィギュアで、ゴムの塊みたいにびよびよ伸びた。大きさは親指ぐらいで、恐竜やヒトデやイルカ、カブトムシの形をしている。

 私が選んだのは亀。理由は特になくて、強いて言えば他のフィギュアより多少は精巧な造りだったから。お祭りが持つお手頃な高揚感が無ければ、きっと見向きもしなかっただろう。


「どれくらい大きくなるのかな?」

 浴衣の袖を引っ張りながら、マコトが尋ねてくる。

「良く分からないけれど、二~三倍ぐらいじゃないかな」

「なんだ残念。お風呂にずっと入れてたらボクと同じぐらいまで成長するかと思った」

「そんな大きくなられても困るでしょ。気持ち悪いし」

「ロマンが無いなあ、お姉ちゃんは」

 マコトは上目遣いで買って欲しそうな表情を浮かべている。仕方が無いので財布から百円玉を出し、展示台に寝そべっている亀を指さした。屋台のおじさんが手渡してくれたそれは濡れていないはずなのに少し粘り気があって、じゃれるように手にまとわりついてくる。


 結局、その亀は私の想像以上に成長した。ずっと水に浸かるよう500mlのペットボトルに入れて置いたところ、最終的には身動きができないぐらいにまで膨らんだ。マコトは毎日水を取り替えて甲斐甲斐しくお世話をしていた。亀の原型を失うほどぶよぶよになったその姿は水死体みたいで、お世辞にも可愛いとは言えなかった。


 そういえばいつの間にか私たちの前から消えてしまった亀は、どこで何をしているのだろう。井伏鱒二の『山椒魚』みたいに、ペットボトルの住処から抜け出せないでいるのだろうか。それとも、沼か海にでも辿り着いているのだろうか。後者であることを願うばかりだ。


 雨が本格的に勢いを増す。天然パーマ気味の毛先がくるりと跳ねるのは嫌だけれど、もう少し長く降り続いて欲しい。でもそれを口にするのは照れくさいから、マコトと一緒にてるてる坊主を沢山作って逆さに吊るすことにした。湿った空気の奥に潜む夏の予感を、私たちは少しだけ憎む。

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