第5話-①

 マコトは雨が降ると膨らんだ。ほんの少しだから、私たちは気がつかない。

「絶対大きくなったから、絶対だから」

「誰も嘘だなんて言ってないじゃん」

「でもお姉ちゃん、信じてないよね。目をみれば分かるんだから」

「エスパーかよ」

 マコトが珍しく譲らないのでメジャーで測ってみたら、確かに7mmだけ身長が伸びていた。私の7mmとマコトの7mmは違う。


「でも不思議だね。お風呂に入っても顔を洗っても膨らみはしないのに、なんで雨限定なんだろ」

「ボクにも分からないけれど、雨が降る前には身体が少しだけ疼くんだ」

「成長痛みたいなもん?」

「痛みというより、痒みの方が強いかな。全身がもぞもぞして色んな箇所を両手で掻いてみたくなるんだけれど、痒みの核心は絶対に見つからない感じ」

「うわぁ、なんか辛そう」

「でもこの痒みにはきっと理由があるはずだから、実際に掻いたりはしないんだ」

 どうだと言わんばかりにマコトは胸を張り、ふむぅと鼻の穴を拡げた。というかマコトって、こんな考え方をする子だっけ? どうやら身体が縮んだことは、マコトの精神にも影響を及ぼしているらしい。


 特に感じるのは、宿題がまだなのにやったとか、私のアイスをこっそり食べたのに知らんふりするとか、ちょっとした嘘を言わなくなったこと。怒ることもだいぶ少なくなった。

 一般的に負とされている感情が身体の収縮と共に流出し、それ以外の感情の純度が上がった感じ。成長や進化と言い張ることもできるし、これまでの彼が喪失したとも考察できる。もちろんそれは良い悪いの判断ではきっとなくて、周りの人間は無責任に解釈すればよいだけ。今いるマコトが真実なのだから、そのことに大した価値はない。

 感情が自殺することも、アポトーシスの一種なのだろうか。

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