第3話
マコトが縮んだことが判明すると、母は服の整理を始めた。誰も使っていない和室の押し入れからは、収納ケースに収納ケースが収納されていたのかと思うほど、幾つもの収納ケースが出てきた。中身はマコトがかつて着ていた服だった。
「ウチの家系は代々なりやすいからね」
「なりやすいって、縮むこと?」
「そう、だからマコトの服は全部とっといてあるわよ。もちろんカスミの服もね」
母なら最期にどうなるかを知っているのかな? そう思い尋ねてみる。
「お祖母ちゃんは結局、病死だったしね。その前は何代も昔のご先祖様だからちょっと分からないわね」
埃の匂いが染み込んだ服を収納ケースから取り出しながら、母は首を横に振る。ケースに貼っていたラベルシールを見ると【マコト 小学三年生】と書かれていた。
「ねぇカスミ、このズボンの染み覚えてる?」
「それマコトのでしょ? なんだっけ……」
「やだ、あれだけ大騒ぎしたのに覚えてないの。あなたがマコトのズボンにぶどうジュースを零したんでしょ」
「そうだっけ?」
必死に記憶の底を攫ってみるが、何も感触がない。母を見ると呆れた表情を浮かべている。
「マコトが大泣きして大変だったのよ。お姉ちゃんの癖にあなたは全然謝らないし」
「それは若気の至りだね」
「なに他人事みたいに言ってるのよ。泣かせた罰として服を出すのを手伝いなさい」
「そんな昔のことを今さら持ち出されてもさ」
「分かったわよ。後で松月堂の苺大福、買ってきてあげるから手伝って」
服を整理し始めたこと以外、母の態度はいつもと変わらない。なんだか拍子抜けした気分だ。
「お祖母ちゃんが縮んだから慣れているの?」
と尋ねてみる。
「それもあるかもしれないね。あの時は看病もしていたから。でもどうして?」
「なんかマコトが縮んだのに、ぜんぜん落ち着いているから」
「なるほどね。でも、あなただって新型コロナの時は大騒ぎしていたのに、最近はさっぱりじゃない」
「でもそれとこれとは……」
「私が言いたいのは、人の感情は長続きしないってこと。特に負の感情はね。あなたも縮むことにすぐに慣れるわよ」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ。それに私たちはみんな必ずこの世から消えるわけだしね。マコトとそう変わらないわよ」
そう言いながらも母の手は止まることはない。山のようにあった服をあっと言う間に分別していく。
「あらポケットが破れているわ。裁縫道具どこに閉まったかしら」
見ると、マコトのお気に入りだったPコートの右ポケットがだらりと垂れている。ふいに童謡の『ふしぎなポケット』を思い出した。
ポケットを叩くとビスケットは増える。不思議なポケットなのだから、きっと純粋に増えると考えるのが一般的なのだろう。でも、割れたという可能性も捨てきれないのではないか。じゃないと納得できない。もしそんな不思議なポケットがあるならば、マコトが縮んだ分を増やして欲しい。それが実現するなら、手が真っ赤になるまで叩いてあげるのに。
隣にいる母はご機嫌な様子で、鼻歌を歌いながらほつれたポケットを直していた。曲名は伝えるまでもない。
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