第三幕 ひとりの蝶
ひとり、また1人と集まる村人を前に私はこう答えた。
「私たちは伝道師。神より授かりし言葉をこの村にも伝えに来た。この街にピアノがあると聞いた。どうか案内してくれないだろうか。」
ホヌは群がる村人を警戒しているようだが、そんなことをしては任務は達成出来ない。せっかく見つけた好条件の場所を無駄にはできない。かと言ってこの村をよく知らないまま、禁忌に触れそうで怖い気もする。
「わたくしがこの村を調査いたします。」
あ、そうだった。ユウレイさん、物には触れるんだ。
「お願いしますユウレイさん。」
その足のまま図書館でも探しにいくのだろう。足はないけど。
「またピアノひける?」
「うん。ホヌはもともとピアノが好きだったもんね。」
「うん!センセイも歌ってね!」
「うわ…久しぶりに呼ばれたよ。いつも呼ばないくせに。」
「…いーじゃん。そのほうがそれっぽいよ?伝道師さま?」
はぁーっとクソデカため息。ホヌの方がおじさ…歳上じゃないか。
「こちらでございます。」
案内された場所は、本がたくさん…多分図書館だ。視界の隅にはユウレイさんが見える。こちらに手を振っている。やっぱり他の人には見えないか。それかユウレイさんが何かしているのかも。まあ、見えないなら好都合。さてピアノは?
「こちらがそのピアノです。毎朝村一番の調律師が調子を見にくるのでその時間以外ならお好きなように。」
近づいてみると大きなグランドピアノだ。ホヌはそのピアノに駆けていき、宝箱のようにゆっくりと開ける。突上棒を挿し鍵盤に指を置く。
―図書館中にホヌの奏でるメロディーが溢れる。明るい曲調で始まる前奏。まだ強弱はない。ただ淡々と弾いている。それもそのはず。この曲はこれが完成ではない。咳払いひとつの後私がこの曲を完成させる。
この曲は孤独を過ごした作曲者が人を集めるために極端に明るい曲調で演奏する。だが、途中嵐によって再び孤独となる場面では、つい耳を傾ける不協和音。最後は再び人集めのために明るい曲調に戻る。
歌詞もそんな曲調に合わせて後に付けられた。もともとオーケストラを予想されて作られた曲はピアノと人の声で成り立つよう姿を変えた。
“地声と歌の声は別”
オペラ業界では当たり前だ。しかしここではどうだろう。入り口で盗み見るような村人の目は
“天使が舞い降り奏でる”
音楽に聞こえることだろう。
言葉もわからなければ聞いたこともないような曲調の曲。だがこれでいい。初めの印象は強ければ強いほどいい。
“孤独を知らない蝶”
このタイトルは編曲した人が後に付けたタイトル。
「いやーー!圧巻でした!まさかリサイタルが始まるとは!村人もそういうのは新鮮で興味があるようで!」
戸が開く音がし、反射的に振り返ると拍手をしながらにこやかに迎え入れる村人の姿がある。
「唐突でしたがお聞きくださった皆さま、本日は誠にありがとうございます。私たちは伝道師。本来なら教会という建物の中で神から授かった言葉を読むのですが、この場をお借りしてもよろしいですか?」
村人たちは不安そうに顔を見合う。そして1人が答える。
「失礼ながら伝道師さま。この村にはいつまでいてくれるのでしょう?」
まるでこのまま長居すると不都合のあるような言い方だ。
「それはみなさまにお任せします。私たちが必要ない、邪魔だと感じた時点で再び旅に出ます。」
では、と言って先ほどここまで案内してくれた1人が答える。
「私たちは年に一度祭りに参加します。それは部外者は一切入れません。参加はおろか見る、聞くことすら重罪になる。あなたたちを守る意味でも期間を決めましょう。」
すらすらと紙に書かれた期間は約二ヶ月。
「問題ありません。みなさまに神のお言葉を代わりに送りましょう。」
「はい、ありがとうございます。そしてもうひとつ質問よろしいですか?」
その質問は彼の後ろで顔を見合いながらヒソヒソ話す村人たちの様子と関係するのだろうか?
「私たち、今こうしてお話ししている言語は一部の者しか話すことができません。クェード語はお話しできますか?」
「ああ、そうだったんですね……じゃあこちらの言語で。」
「ありがとうございます…言語に長けている旅人さまで良かった…」
その言いぶりだと今まで言語で苦労してきたのだろう。彼は通訳士かなにかだろうか。しかし…
「先ほどはどんなお話しを?」
ユウレイさんにはこの言語は伝わらないようだ。
「まあ、これからもよろしく。みたいな感じです。二ヶ月間ここに滞在します。」
「はい。ではわたくしの方も。パッと調べた感じはこれといって特徴があるわけではありませんでした。…おっと」
村人が私とユウレイさんとの間に割って入ってくる。まあ、見えてないから仕方ない。
「それで!いったいいつから始めるんですか!」
「ええ、えーっと…」
「今からやろ!それでいいでしょ?ね?」
ホヌたちも村人も目を輝かせこちらを見つめる。
色々ルールを決めたかったがやりながら考えた方がはかどりそうだ。
「はい。それでは会場設営から行います。」
「わーい!ほら!みんな入って入って!みんなでやった方が面白いでしょ?」
村人がホヌに導かれ続々と図書館に入る。
計30人程だろうか。話を聞いた人が我先にと入ってきて、広い図書館の半分が埋まった。
「さて。まずはイスを並べましょう。」
私のいった通りにイスやピアノが配置された。しかし。とてもいい雰囲気だなあ。ステンドグラスがあれば完璧だったのに。
「それで…あとは何か用意するものは?」
聞いてきたのは先ほどから積極的に動いてくれる青年。
…思えば子どもはどこだろう。確かに青年とも呼べる成人ギリギリの子は見かけるが、まるっきり子どもは見当たらない。部外者に触らないようにしているのか?…あまり触れないでおこう
「ねえ?この村にはこどもいないの?」
…おっと。マズイ。しかもそんな子どもに寄せた声を出して。
「ああ、えっとね…」
1人話しかけられた男はこちらに振り向き周りに聞こえないよう手を当てて小声で話す。
「この話は内緒だよ。…出ないと僕が…ゴホン。まず、この村はかなり昔からある村で、元々は狩猟や畑作などを盛んにしていた。だが、ある日。突然軍人がやってきて、若い村人を攫うようになったんだ。そこで、困った村長がこう言った。いや、正確にはこう言いながら『ああ、神よ。我らの幼い命をお守りください。親は悲しみ、我らからは活気がなくなっております。どうか、この身に変えでも。』と、言い残して次の日冷たくなって見つかった。」
「え?」
「僕も最初はそんな反応さ。どうせ寿命だろ。神様なんて。ってね。でも、ある日。旅人がフラッとこの村に来てこんな助言をしたんだ。」
『子どもを神に捧げよ。』
「もちろん。最初はみんな反対だよ。部外者だし攫われる子どもを神に捧げるなんて狂っていると。でも、さらに旅人がこう言った。」
『神は守る対象がわからぬ。誰を守ればいいのか。なぜ守らないといけないのか。そして、神は若い命が好きだ。自分の器にしやすい子をずっと探している。』
「その言葉を聞いて、新しい村長が納得しちゃってね。6歳を捧げ物の目安に次々と神に捧げた。結果、このザマ。高齢者が増えて狩猟や畑作なんかもってのほかの村になっちゃった。それをなんとかしようと軍が動いてね。食料やら人手やらは軍からたまに送られる。それでご覧の通りよ。子どもを産むことは今となっては別の意味でありがたい儀式だよ。」
「そのたびびとさんは?」
ホヌの声がだんだん幼くなる。設定忘れたのか?
「軍に捕まって処刑された…らしい。」
ほお。よく知らないと。でも、よく私たちを受け入れたな。この村。
「と、思うでしょ。顔に書いてありますよ。よくこの村に入れたなって。」
おっと。まあ、気になる部分でもあるし。
「村人を招き入れる風習は今でも健在なんです。なんせ入ってきた全員が外の情報をくれるからね。」
外?村の人はもっと大きな街に行ったことはないのか?
「はい!そうなんです。僕たち村から出たことないんです。なんせオキテがあるので。」
掟か。
「準備終わりましたよ!ささ!早く始めてくださいな!おや?何か込み入ったお話しでしたか?」
いえいえ…と青年は苦笑い。さて、いきましょうか。と今完成したステージに招く。
「…僕、婿養子なんで、部外者です。」
その短い道すがらぽつりと言い放った。これは面白くできそうだ。そう思うとステージ上でにやけが止まらない。
「まさか、神からのメッセージが?」
いいえ。にやけているだけです。
「さて、みなさま。神様をご存知でしょうか…」
自分たちで設置したイスに腰掛け村人たちが目を輝かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます