第二幕 ペトリコールを合図に

 山はわりと好き。雨が止んで…正確には晴れさせて傘を閉じた瞬間感じるこのにおい。草花と雨の入り混じるこのにおい。澄んだ空気だな、と肺に循環させる。

「ありがとね、ホヌ。疲れてない?」

「いいよ。晴れてる方が好きだもん。あと、このにおいも。あ!見てみて!この小さなお花!かわいいね」

「ああ、確かそれは…」

「ふふ、ドクダミですね?」

「えっ!どく…触っちゃった…」

「いえいえ、どくがあるわけではないですよ。むしろお薬に使われるお花なんだとか。」

「へー!ユウレイさんもの知りだね!」

「ほら。野生のはあんまりいい気がしないから私が。」

目の前のドクダミを広げた手のひらいっぱいに包むイメージでポンっと。

「なんか不思議なにおいだね?」

「ん?でもこれ野生のものとにおいが違うみたいですね」

花に近づきくんくん。確かに明らかに違う。別の花…ユリみたいな甘い香りがする。

「本当だ。私から出る花、においは違うんだ。」

私は体から花が出せる。それだけ。土と水が、あとは花のイメージ。それがあれば良い。今回は山の土と雨粒でドクダミを“つくった”。

「やっぱり不思議だねー。その能力。もしかして土が影響してるとか?他のお花出してよ!」

言われるがまま同じところから土と水を取り今度はバラを出した。この前見た赤と白のマダラ模様のバラ。

「うーん。やはり、同じにおいのように思えます。」

「おもしろーい!違うお花なのににおいがいっしょ!」

はじめて知った。やっぱり自分の能力はまだまだわからないな。

「じゃあじゃあ!次ぼくー!最近ね、こういうのができるようになったの!」

ホヌが両手を前に出す。指先から水が湧き出る。ここまではよく見る光景だ。次は水の形を変えている。四角になったりヘビのようにうねうね動かしてみたり。最後は水のリングにして遠くの木に当ててそれを倒した。

「ねえねえ!これ名前つけて!」

おそらく最後の水のカッターのような技のことだろう。子どものように無垢な目はいつまで綺麗なままでいられるのだろうか。

「『みずでっぽう』とかどうでしょう?てっぽうとはライフルの弾の事だそうですが。」

「うーん…なんかちがうなー」

「『水刃』は?」

「すいじん?」

「水のナイフのことだよ。」

「かっこいい!『水刃』!」

勢いよく、再び太い幹を倒す。最初は空気中から水を集める能力だと思っていたのに。今の彼は戦いの中で成長する怪物のようだ。水を自在に操るだけでなく、雨雲を動かし自分で水を作り出せるのだ。

「ありがと!」

気がつくと辺りの木の幹は伐り倒されて鳥たちが騒いでいる。

「あーあ。ホヌ。やりすぎだよ。」

そういうと、再び私は森を元に戻した。私が触っていればいるほど小さな枝は大きく太くなる。やりすぎると枯れてしまうので程々に。

「お二人とも、力を使いこなしていますね。さすがです。」

「ユウレイさんだって今日もしっかり活躍したでしょ?」

「まあ、そうですね!もっと強く広範囲を護れるよう努力しなければ…」

「ユウレイさんは頑張り屋さんだね!」

「私もそう思います。ありがとう」

「そ、そんなぁ……なかなか嬉しいものですね。さ、次の街に向かいましょう。」



そう。次の街に行かなければ。


「おーい、大丈夫?」

「少々休憩いたしましょうか。」


「あ、ごめん。ちょっと考え事を。さあ、いこうか。」




視点:ユウレイ

このごろ、ずっと悩んでばかりね。やっぱりあの子は正義感が強いから。きっとみんなのことを心配しているんでしょうけど。ホヌのことも私のことも…“あの子”のことも…。


いや。今はそれより自分の心配をした方が良さそうね。当時の半分もまともに出来ていないんだから。さっきはびっくりしたわ。まさか屋根の上に敷くのが精一杯だなんて。

…どちらかというと私の力が弱まっている。という解釈の方が良さそう。私は普通の幽霊と違って、生きている人に認知されなくても存在が消えなかった。彼らと出会う前は……

まあ、ろくなことなかったわ。ただ、今は力も戻し方に注力した方がいいわね。このままだと壁を張ることすら困難になりかねない。


スタスタと獣道を歩く2人を見守ることしかできない。だんだん無くなる力と成長していくあの子たちを見て、自分の存在そのものが何であるのか。何度も頭を悩ませてもうやめたんだっけ?

今は足元の花を見て無邪気に笑う2人を護りたい。私の正体なんて“あの子”ぐらいしか気にしていないんだから。





視点:ホヌ

はーあ。海が見たいな。もうあれからずいぶん経ったような?ま、いいや。次は何屋さんになるかどうせヒマだし考えとこ〜。うーんそーだなー。ぼくピアノ弾きたいな。あの教会で弾いたピアノがとってもいい音だったから、また忘れないように同じような場所ないかな?山も多いしちょくちょく人が歩いたような跡もあるし。

「ねえねえ!このまま真っ直ぐ行けばヒトいるかも!ほらここ!なんか靴の跡ある!」

「本当だ。そろそろ呼ぼうか?」

呼ぶ…あー。“あの子”ね。はいはい。呼ぶよ。ん?そこにいるじゃん。

「早くおいでよー。そろそろだからね!」

あの子はあいもかわらず切り株に座っている。おや、切り株…切り口がなんか…おかしい?……!!

「ハコビヤ!ふせて!」

「!!」

獣道、不自然な木の倒れ方。全て繋がった。

あの子は不意に頭を下げ攻撃をかわした。何かが空を切る音が聞こえた。

「ステイ!」

クマだ。間一髪“あの子”…もといハコビヤはかぎ爪から逃れひと声かけた。


クマはその巨体を縮こませ従順な子犬のように首を垂れて座り込んだ。


「…やあ。なんともなくてよかった!やっぱり一緒にくればいいのにさ。軍が許してくれないなんて。」

「ホヌ。これだけすごい力が使えるんだから隊長だって側に置いときたいでしょ。それに…ね?」

「うん。…お、第一村人はっけーん!さっ!はやく早く!」

「、、。」

ふー、と鼻から息を吐くと新鮮な空気を取り入れる。

「キミたちは教会の人間。神からの言葉を村人に伝える伝道師。この街には教会はないが大きなピアノがある。それを鐘の音に、合図に。他国から来た客人の言葉に村人は耳を傾ける。」

すーっとハコビヤが消えると村人がこちらに気づいたようだ。こちらに近づいてくる。


「あなた様が教会から来たと噂の方々ですか?」

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