第10話 人喰い


「会えて嬉しいよ。もしかして、私に会いに来てくれたのかな?」


 司書の問いに返事をせず、リリアンは首をかしげて尋ねる。


「……あなたが、最近学園内で起きている神隠しの犯人ですか?」


 司書は腕を組んで少し考え込む。


「うーん。そうかもしれないね? 最近はここでしか食事をとっていないから」

「人を、食べているのですか?」


 リリアンの問いに男はにっこり微笑んだ。その表情はいつもの表情と変わらなかった。


「ああ。そうだよ」


 人を食べることを悪いことだと思っていないのだろう。目の前にいる自分のことも食事の対象としてしか見ていないのかもしれない。


 赤い日が彼の足元に影を作る。長い影はリリアンを覆っていた。


 リリアンは息を飲むと問いかけた。


「悪魔、なのですか?」


 彼は驚いたように目を開くと、納得したような声を出した。


「ああ、そうか。君は悪魔について調べていたね。……そうだよ。僕は悪魔さ」


 スカートをぎゅっと握り締める。許せなかった。理解ができなかった。


「……神隠しのように見せて、人を食べるなんて……」


 神への冒涜だ。そう言う前に男は笑いだす。


「あははは! そうだよね。普通はそういう認識だ。君の言うことは間違っていない。……けれど、合ってもいないよ」


 彼は茶色の瞳を細めて微笑むと低い声で言った。


「神隠しは全部悪魔によるものなんだ」

「え……」


 司書は思い出したように「そうだ」と手を叩く。


「君は神と悪魔について調べていたね。君の知りたいことを教えてあげよう」


 彼は優しい笑みを浮かべると、おすすめの本を紹介するように喋る。


「人は死後、神のいる天へと魂が運ばれる。そこで魂が楽園へ行けるのかどうかを、神によって決められるのは知っているね」

「はい」

「……楽園に行った魂はしばらくすると消滅してしまうんだ」


 息を飲む。まだ寒さを感じさせる季節ではないのに、手足が震えだす。

 口をどうにかして開くと、震える声が出た。


「楽園へ行ったあと、神と一緒に過ごせるのでは……」


 司書は困った子どもを諭すように教えてくれる。


「魂も本来、生きているときに食事をするようにエネルギーになるものが必要だ。だが、楽園ではそんなものを摂取できない。エネルギーを得られない魂は消滅するだけだよ」


 男は誇らしげな表情をすると、胸に手を当てる。


「けれども私は神に選ばれた。だから、こうして魂を消滅させずに済んでいる! まぁ、人間と同じように食事が必要だけどね」


 悪魔が神に選ばれた? 彼の言っていることがリリアンには理解できなかった。

 人間を作った神が、人を食べる存在を創るものだろうか。それに、神に選ばれたとはいったい……。

 知らないこと、理解のできないことで頭の中がいっぱいになり、リリアンは一つのことに気づく。


「……最近、男子生徒を食べませんでしたか? ウィリアムというのですけれど」

「何を食べたかまでは覚えてないよ。その子は友達かい?」


 ……友達。彼は自分の友達なのだろうか。

 彼からは友達になりたいと言われた。返事もしていない。ならば、友達ではないのだろう。


「……はい」


 けれど、もしなれるのであれば……友達になりたかった。

 リリアンがうなずくと、男は眉を下げて笑った。


「そうか、君は優しい子なんだね」


 彼は眉を寄せると「うーん」と腕を組んで悩みはじめた。


「困ったなぁ。僕は君のことが気に入ったんだ。だからね、こうしてもっと話していたいし、君を早く食べてしまいたい」


 捕食動物のような鋭い瞳がリリアンを捉えた。


「君は良い子で優しい子だ。本にも興味を持ってくれて、こうして僕にも話しかけてくれる。悪魔になってからは、あまり人がこちらを見ないんだ。不思議だよ」


 彼はリリアンの首元に剣先を向ける。思わず息を飲むと、彼は嬉しそうに笑った。


「怯えた顔も可愛いね。傷ついた君も美しいのかな?」


 男が剣を振り上げる。リリアンは首を差し出すように顔を上げた。祈るように両手を合わせて指を組む。


 ……もし、ウィリアムが食べられていなかったら、友達になれただろうか。


 こんなときに、そんなことを考えてしまう。やはり死ぬのは怖くなかった。


 けれど、もし友達になれていたら、私は。


 そう思った瞬間、目の前の光景を見たくなくて、目を強く瞑った。



「――ふっざけんじゃないわよ」


 窓は開いていないはずなのに、強い風が吹き、男が扉の方に吹き飛ばされる。体を打ち付けられた男からは苦しそうな声が聞こえた。

 ゆっくりと目を開くと黒い髪を二つ結びにした少女が立っていた。紅い瞳を不快そうに細め、咳き込む男に目を向ける。


「これは私の獲物よ。横取りしないでくれる?」


 レジーナは威嚇をしている猫のように「フーッ」と息を吐いた。そして、睨むようにしてリリアンを見た。


「あなたも自分から死にに行くなんて、馬鹿じゃないの? 相変わらず気持ち悪い子ね」


 レジーナはそう言いながら、大きな鎌を出現させて手に取った。突然レジーナが登場したことに、男は目を白黒させている。


「どうして、聞いてないぞ。悪魔がこの学園に潜んでるなんて……」

「あら。誰に、何を聞いてないのかしら?」


 一歩、また一歩と近づくレジーナに男は剣を構えながら警戒をする。


「情報屋だ! お前も悪魔なら知ってるだろう! 自分の好みの食事(人間)を紹介してくれる……」


 男の言葉にレジーナは口に手を当てて「情報屋、ねぇ……」と笑う。蔑むような目で男を見下ろした。


「困った子ね。あなたは用意してもらった食事しか食べられないの? まだ自分で獲物を狩れない赤ちゃんなのね。……可哀想」


 レジーナはふわりと浮かぶと、男の側にするりと近寄った。その首元に鎌を当てる。男の瞳には怯えの色が見えた。


「あなた、人間臭いわ」


 彼女の鎌が男の首を切り裂く。男の姿が消えると、ガラス玉が床に転がった。


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