第6話 魅入られた場所
放課後、リリアンは教会に来た。まばらにいる信仰者たちは神に何を祈っているのだろうか。椅子に座り、ステンドグラスを見上げた。指を組んで手のひらを合わせる。
この失踪事件は神によるものではないという意見が増えている中で、依然として神によるものだと考える者は少なくなかった。
「神様」
あなたが学園の人々を連れて行っているのだとしたら、どんな方を連れて行くのでしょうか。
リリアンはそう神に問いかけた。
学園の人ということしか共通点がない。やはり神に選ばれた貴族だからだろうか。もし、そうだとしたら、自分が選ばれないのは当然なのかもしれない。
だが、もし神の仕業ではないのなら……。
「リリアン様、こんにちは」
顔を上げれば、メアリーが立っていた。
教会の象徴は神に愛された者だ。お気に入りが何人もいても、神が愛した者は一人だけ。そして、彼女は神のために人々を導く役割を自ら担っている。
「今日はどうなされたのでしょうか」
メアリーは顔を合わせると、いつも話を聞いてくれる。リリアンは彼女の気遣いに応えることができなかった。けれど、今日は違った。
「……メアリー様は、悪魔はいると思いますか?」
メアリーは目を大きく開いて、首をかしげた。
「悪魔……ですか?」
「はい。学園の人たちがいなくなっていることを、ある人が悪魔の仕業かもしれないと言っているんです」
メアリーは周りの様子を窺い、声を潜めて答えた。
「教会の象徴として明言することはできません。ですが……私個人としては、いると考えています」
明言できないのは、どうしてだろう。リリアンの疑問に答えるようにメアリーは続ける。
「悪魔は人の前に姿を現さずに過ごしたり、時には人に紛れて過ごしたりしていると言われています。だから、悪魔だと認識するのは難しいです」
「メアリー様はどこでそれを知ったのですか?」
メアリーは眉を下げて微笑む。その微笑みにはどこか自嘲の色が見えた。
「……昔、家庭教師をしてくれた人が教えてくださいました。もちろん、本当にいるとは断言できません。……ですが、いないとも断言できないのです」
彼女は礼拝堂の前へ目を向ける。ステンドグラスは日の光を吸い込み、鮮やかな色を降り注いでいる。
「神は悪魔について語りません。語らないということは、伝える必要がないのだと考えています。……悪魔についてあまり他言しないようにお願いします」
リリアンがうなずくのを見て、彼女は目を細めた。そして「それにしても」と言葉を続ける。
「人がたくさんいなくなるというのは……神に魅入られた村を思い出しますね」
「神に魅入られた村ですか?」
「ええ。その村では村人が皆、神のもとに行ったと言われているのです」
そのような話をリリアンは聞いたことがなかった。だが、メアリーがそう言うのなら、実際に起こったことなのだろう。
「今は街の一部となってしまいましたが、今でも小さな礼拝堂があるはずですよ」
「それはどこにあるのですか?」
「ここから少し離れた場所です。私もまだ行ったことがありません。……生きているうちに一度は行ってみたいものです」
メアリーはそう言うと真剣な表情をした。幼い見た目に反して、その表情は妙に大人びて見えた。
「今回のことは神が行なったことだという声が大きいですが、私はそう考えていません。リリアン様も気を付けてください」
そう言われ視線を下げる。口元だけ微笑んで、形だけの返事をする。
「はい、ありがとうございます」
次の日も学園ではウィリアムと過ごした。彼は少しずつ一緒に過ごす時間を増やしている。
リリアンは、彼といることに慣れはじめている自分が不思議と嫌ではなかった。だが、それがひどく怖かった。もし、彼も傷つけてしまったら……。
「俺は用事があるけど……一人で帰れるか?」
彼の表情は真剣で、本当に心配してくれているのがわかる。
ウィリアムと過ごすようになって、彼が意外と心配性なのだとわかった。けれど、こちらの気持ちも尊重してくれ、「一人でいたい」と言えば「わかった」と引いてくれる。
「はい、大丈夫ですよ。校舎を出て門に向かってしまえば、あとは馬車に乗るだけですから」
笑顔で返事をすると、ウィリアムは素直にうなずいた。
「わかった。何かあったら呼んでよ」
「呼んだら駆けつけてくれるのですか?」
「もちろん」
当たり前のように答える彼にリリアンはくすくすと笑う。
「まるで正義の味方のようですね。かっこいいです」
ウィリアムは耳だけでなく顔も真っ赤にした。少し仏頂面になって、髪をガシガシと掻く。
「とにかく、絶対呼んでくれよ」
「わかりました。心の中で念じますね」
「できれば声に出してくれよ……」
ウィリアムと別れて、校舎を出た。門にはたくさんの馬車が並んでいる。そこに向かって、生徒たちは歩いていた。そんな中、三人の女生徒が目に入った。
「本当に神と会えたら素敵ね」
彼女たちは先日、教室で失踪事件は神によるものだと楽しそうに話していた女生徒たちだった。
「神とお話ができたら、楽園へ連れて行ってくれるかしら?」
クスクスと笑い、口々にそう言いながら、彼女たちは帰ろうともせずに人の波に逆らって人気のないところへと歩いていく。
「どこに行くのでしょうか……」
彼女たちと門を交互に見る。門へ向かって馬車に乗るだけ。ウィリアムにそう話した。なのに、それを破っていいものだろうか。
女生徒たちは普段人が行かない場所へ歩を進めている。彼女たちを捉えると、その後ろ姿を追いかけた。
「ごきげんよう。どちらへ行くのですか?」
彼女たちに並んで声をかけると、三人はビクリと肩を震わせた。足を止めてこちらに顔を向ける。
「ごきげんよう。少し散歩をするだけよ」
女生徒の一人が上擦った声で返事をした。リリアンは気にした様子を見せずに微笑む。
「みなさんがお話をしているのが聞こえました。……その、私も神様に会ってみたいと思っているんです」
その言葉に女生徒たちは「まあ!」と華やいだ声を出した。
「やはり、そうよね! 神様に会いたいわよね」
「この学園の生徒は選ばれた存在だから、きっと神に出会えると思うのよ!」
三人は嬉しそうにして輪に入れてくれる。リリアンは笑みを崩さないまま質問をした。
「でも、どのようにして神に会うのですか?」
「実はたくさん花が咲いているところを知っているのよ」
「たくさん花が咲いているところですか?」
首をかしげて尋ねれば、女生徒は得意げに教えてくれる。
「神は花を好んでいるでしょう? だから、神が現れるなら花のたくさん咲く場所に違いないのよ」
「たしかに神様は花を大切にしています。けれど、わざわざ現世に降りてくるのでしょうか?」
神は人前に姿を現さない。だから、御使いが言葉を聞き、象徴が代弁をするのだ。
そう言っても、彼女たちは得意げな表情を崩さない。
「来てみればわかるわ」
学園では騎士たちが警備をしている。彼らの動きを把握しているのか、彼女たちは警備の目を搔い潜って、裏庭の奥の方へと進んでいく。裏庭の奥は管理されていないとわかるほど木々が深く、足元も草だらけだった。木々を抜けて歩いていく。しばらく進んでいくと視界が開けた。
「……まあ」
そこには多くの花が咲いていた。色とりどりの花が一面に広がっており、誰かが手入れをしているように綺麗だった。
「こんな場所があったなんて……どうしてこの場所を知っていたのですか?」
リリアンの問いに女生徒が胸を張る。
「実は教会にいる御使いから教えていただいたのよ。神の学び場である学園には、神の訪れる場所がある。きっとそこへ行った者が神のもとへ行くのだろうとおっしゃっていたわ」
その言葉を聞いて首をかしげる。教会の象徴であるメアリーは学園の人間がいなくなることを人為的なものかもしれないと言っていた。それにも関わらず、御使いがそのようなことを言うだろうか。
花畑に嬉しそうな声を上げている女生徒たちを見ながら、顎に指を当てて考える。
――教会と象徴の意見が食い違っている?
そんなことを考えていると、どこからか葉を踏む音が聞こえた。
女生徒たちが期待した目で音のする方を見る。
「神様がいらっしゃったのかしら?」
木々の向こうに複数の影が見える。そこから現れたのは数人、貴族とすら思えない粗末な服を着た男たちだった。
「おやおや。綺麗なお嬢様ばかりだ」
彼らはこちらを見て、卑下た笑いを浮かべる。その目はリリアンたちを物として見ているようだ。
「今日は大量だな?」
彼らの手には剣が握られていた。
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