第145話 飛行機に乗る2

飛行機が離陸し、機内食の準備が始まったところで、徳森さんからお申し出が。




「藤原様。


本日隣のお席のお客様がキャンセルとなりましたので、よろしければ、あちらのお席をベッドルームとしてお使いになられませんか?」




「え?いいんですか?」




「藤原様なのでお伝えするのですが、


ベッドルームの準備を先に進めることができるので、お客様をお待たせすることなく、お休みしていただけるので、隣のお席が空いてる時はお客様のご希望があればこのような対応をするようにしております。」




「そうなんですね。ではぜひお願いいたします。」




「承知いたしました。少々お待ちくださいませ。」




これは幸運。

こんなことあるんだ。


ちなみに機内食は洋食にした。




しばらくすると、あちらこちらでご飯の用意が始まる音がしはじめた。




「ヒロ、ご飯よ」



「えっっっっ!!!!」



「乗るなら前もって言いなさいよね。」



「あ、いや〜、えっ?

あー。えっ??」

何と早坂さんが私の席にやってきた。



「徳森さんから聞いたわよ。

藤原さんがご搭乗ですよ〜って。」




「あぁ。なるほど…。

ていうか、今日乗ってたんだ。」.




「そ。最近はロンドン便がメインだったんだけど、今日はたまたまニューヨークね」




世間話をしながらもテキパキと準備は進んでいく。




「とりあえず、結婚おめでとう。」



「あ、ありがと。」


早坂さんにはちゃんと結婚したことは伝えていた。

そして、仲良くなったきっかけのお泊まりの時、何も起きていないと言うことは伝えてすでに誤解も解いてある。

そのとき、なんか残念そうなほっとしたような微妙な顔をしていた。



しかし、きっかけというものは偉大で、なんだかんだ早坂さんからの強めのアプローチは止むことなく、ずっと受けていたし、都合が合えばたまにご飯に行くくらいのことはしていた。



いつしかその頻度も減り、だんだんとお互いが忙しくなりすぎたというのもあるが、文面でのやり取りしかなくなっていた。




きっといついつの便に乗るということを伝えれば

早坂さんは是が非でもシフトを変更して同じ便に搭乗してくれてただろう。

そして、そこに至るまでの努力やプロセスは多分絶対一切見せない。




私はそういう健気な女の子に弱い。

はちゃめちゃに弱い。

良くない。

わかってたから距離を取ってた。






「はい、完了。


あとは料理届くの待っててね。


THE Suiteはコース料理だから。」




「うい。」




機内での一食目になるが、一言でいうとめちゃ美味だった。

そりゃまずいはずがないのだけど。

マグロとか鴨とか、鮑とか。湯葉とか。


ため息しか出ないくらいうまい。


こんな美味しいものが提供されてたんだっていう感じ。

たぶん地上で出しても美味しいはず。



飲み物はぶどうジュースにした。




「ベッドの準備できたから、眠たくなったらそっちで寝てね。」



「はーい、ありがとうね。」



なんか早坂さんちに泊まりにきたような安心感がある。

ファーストクラス感は少し薄れたが。





せっかくベッドを用意してくれたので、ご飯を食べ終わるとベッドルームに移る。

手近な荷物類も一緒だ。




ヘッドホンをすると飛行機の音もほとんど気にならないので、

急に話しかけられると反応は遅れるが話しかけてくる人も早坂さんくらいしかいない。




いつものようにヘッドホンをして、パソコンを開いて、曲作りをする。


今回は御茶ノ水の楽器店にたまたま行った時に見つけて面白そうだったので買ったmidiキーボードを使う。


パソコンに繋ぐと簡単にDTMが作れる。


私のようなピアノプロパーの人間にとっては直感的に操作できるのでおもしろい。




私が仲良くしている数少ない音楽業界の友達にバンドをやっているMa'am Wooという人たちがいる。


音楽センスが素晴らしく、とても評価している。


でも時々サボり癖があるのが勿体無い。




そんな彼らから新しくドラマ主題歌の依頼が来た。

なんとなくドラマの主人公が私っぽいらしい。

きっと私ならぴったりの曲が作れるだろうとのことだ。




私もやるからにはきっちりこなしたいのでドラマの原作やプロットを送ってもらって読み込んだがどうも私よりもちゃんとした人間に見える。



原作を読みながらこんなにストイックな人間じゃないし、カッコ良くもないぞと思いつつ、曲を仕上げていく。



気づけば2時間ほど経っただろうか。

完全に書き下ろしの曲だが、フルで一気に書き上げた。


思いのほか気持ちが乗った。




「ふぅ…。」



ヘッドホンを外すと、耳にかけていたやや長めの髪がはらりと落ちてくる。



「集中してたね。」

声をかけられて目線を向けると、衝立の上にやよちゃんの顔が見える。


「あぁ、やよちゃん。」


つい、昔の呼び名で呼んでしまう。


「やっと呼んでくれた。」


「あ、うん…」

バツが悪そうな顔を浮かべてしまう。



「大丈夫。わかってるから。これからも友達でいてね。」




「うん、、、うん。そうだね…。よろしく。」



「なんか食べる?」




「らーめんもらおうかな。」



「わかった、用意するね。」




すでに消灯時間をすぎ、暗くなったシップの中だけど、

わかってしまった。

やよちゃんは少し泣いていた。




しばらくしてからやよちゃんがらーめんを持ってきてくれた。

「お待たせ。」


「ありがとう。」


「ね、1こ。」

やよちゃんがお願いをするポーズで頼みごとをしてきた。


「なに?」



「ほんとはいけないんだけどさ、私もここでご飯食べていい?」




「いいよ、座りな。」



「やった。」


ファーストクラスの座席は向かい合わせの状態であれば2人で食事することができるようになっている。


バレたら怒られるどころか絶対バレるだろ…とも思ったけど、やよちゃんのことだから根回ししてるんだろ。


くるってことはたぶん休憩中なんだろうし。




「食べるって機内食なんだ。」




「そうだよ、基本CAのご飯は機内食の余り。」




「へぇ、そうなんだ。余らなかったら?」




「だいたい余るようにもってきてるけど、お菓子とか食べてるかなぁ。

あとSuiteとかRoomとか用のお菓子とか。」




ビジネスクラスも今はThe Roomというらしい。

そういえばニュースで話題になってたね。


ビジネスも今は昔のファーストクラス並みになってるとか。


やよちゃんとはそんな他愛もない話をして過ごした。




「あ、そろそろ行くね。」


「うん、今日はありがとう。」


「こちらこそだよ。

ニューヨーク着いたらご飯でもいこ。」




「今回忙しいからちょっとわかんないかな。」




「そっか…。

連絡はしていい?」


私はほんとにその顔に弱い。

悲しそうな顔には勝てない。




「それは大丈夫だよ。」



「わかった、ありがとう。」



「行ってらっしゃい。頑張ってね。」

やよちゃんは少し驚いたようにこちらを見る。




「うん。いってきます。」


笑顔が戻った。

よかった。

頑張ってね。




さて、一眠りしますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る