第140話 ルーティン


「遊んでばっかりじゃいけないよな〜」




この数日間は

ピアノから離れていた時間が少しだけ長かった。

私はピアノから離れる時間が24時間以上空くことがないようにしている。



船でも弾いていたし、ホテルでも弾いていた。

そのルーティンを崩すのならば眠る時間を削ってでもピアノに触る。




興が乗れば何時間でも弾いている。

尤もそれのせいで、奥さんたちを泣かせてきたことは申し開きようもないのだが。



昨日帰宅してきてから、

少しピアノの調子を確かめると、具合はとても良かった。



今日はこっそり早起きしたので、一日篭ってピアノを弾く。

なお、現在の時刻は3:00(AM)



「さてさてと、、、」



いつも通りの指を温めるレッスンから。

ハノンを一つ一つ丁寧にさらっていく。


ハノンというと、軽んじる人もたくさんいるようだけど、私はこれこそが私のピアノの原点で、これがないと調子を確かめる指標がない。




楽譜なんてもうとっくに覚えたが、最初に買ったハノンの教本は既に書き込みだらけで真っ暗になったので新しいものを買った。現在のハノンの楽譜は8代目である。


「19世紀から世界中のピアニストがこうやって指のトレーニングしてたんだよなぁ。」


一通りさらい終えた頃には日が登り始めていた。


「お、朝か。」


ここで休憩。現在6:00AM


キッチンに行き、プロテインシェイカーを徐に取り出し、筋肉がつく粉を入れ、ウォーターサーバーから水を加え、シェイクする。

うちのウォーターサーバーは冷蔵庫に据付けされているタイプだ。


アメリカから直輸入したこの特大冷蔵庫。

高かった…。

100万くらいしたぞ…。


実季先輩とかひなちゃんが欲しいっていうから…。




ちなみに幸祐里は冷えればいいと言っていた。




「ふぅ〜…」


一気でプロテインを飲み干した私は我が家のトレーニングスペースに向かう。

クソ広い玄関の一部をトレーニングスペースにしてみたのだ。



我が家は玄関が広すぎて、普通のマンションのエントランスホールくらいある。

そもそも我が家の広さについてだが、ざっくり5LDKという話が以前あったと思う。

5つの部屋の中に1部屋だけ尚ちゃんの部屋があり、1部屋防音ルームがあり、残り3部屋が私の部屋。


これはあくまでもざっくりというだけで、

サービスルームなどは含まれていない。


ましてや玄関ホールの広さなども含まれていない。




普通のリビングくらいあるウォークインクローゼットや、子供部屋くらいの大きさがあるシューズクローゼット、それと同じくらいの大きさの食糧庫パントリー


の大きさなど、含まれていないったら含まれていないのだ。




トレーニングスペースをどこにしようか悩んでいた時、


流石にクローゼットで、運動するという気持ちにはならなかったので、玄関にちょっとした器具やヨガマットを置き、簡易トレーニングスペースとした。






「プランクから行こう。」


軽くストレッチをして体をほぐしたら、


1分×5本×3セットのプランクを行う。




これだけで結構プルプルするが、お次はスクワット。


15回×3


これは高校の同級生のラグビー選手から教わった。

かなり腰を沈めるタイプのスクワットだ。

あんまりやりすぎると腿が太くなるのでおすすめはしないと言われた。




その後はプッシュアップバーを用いた腕立て伏せなど、


いつものメニューをこなす。


大学に行っていた時は、スケジュールが決まっていたのでよかったが今は自分で決めるので、だらけないように気をつけなくては行けない。






気づくと2時間経っていた。

今は8時。




「やべやべ、怒られちゃう。」


自分がトレーニングをしていた床はなかなかに汗が飛び散っているので、ちゃんとタオルで拭く。


玄関は廊下と違って絨毯張ではなく、大理石なのですぐ拭ける。

ここも玄関をトレーニングルームにしたメリットだね。



8時からは物音を立てることを許されているので、

忍び足で風呂場に行く必要はない。

今日は昨日の移動の疲れからか、三人とも泊まっている。



風呂場で軽く汗を流し、体を洗い、服を着替える。

お出かけの予定はないため、バスローブでいいか。




私だけかもしれないが、ピアノを弾いている時、服が鬱陶しく感じる時が多々ある。


気にならない時は全然気にならないのだけど、なんか服の締め付けが気になる時があるので、家で篭って練習する時はだるんだるんのTシャツやバスローブで練習することが多い。


パンツは収まりとポジションの問題でちゃんと履いている。



「女の子だと胸が暴れそうだから

家にいる時でも上も下着はつけないといけないのかな?

まぁ自分にない部分のことを考えても仕方ないか。」



ぶつぶつ、独り言を言いながらキッチンに戻ると幸祐里が朝食の準備をしていた。



「おはよ。幸祐里いつも早起きだよね。」



「おはよ。なんか起きちゃうんだよね。

毎日きっかり7時間しか寝れない。」




幸祐里はすこし変なところがあり、

就寝した時間のきっかり7時間後に起きる習性がある。


昼寝をしようが何をしようが、

夜寝た時間からきっちり7時間後に起きる。


なので昨日の幸祐里は1時過ぎ頃に寝たのだろう。


おかげで朝ごはんの準備は幸祐里が行うことが多い。




「今日の朝ごはんは?」


「ハムエッグとマフィン。」


「お、じゃあ手伝うよ」


「ありがとう。」




私は食卓を片付け、テーブルを拭き、お皿を出す。

幸祐里は朝コーヒーで、ひなちゃんと実季先輩は紅茶


私もコーヒー派なので、紅茶派のみんなのために湯を沸かす。

コーヒー組はエスプレッソマシンがあるので彼に任せることにしている。



「キッチン広いから全然作業できちゃうね。」



「そうだな。」



「もっと狭いキッチンで、ちょっと寄ってよ!とかないよね。

体触れ合っちゃう的なさ。」




「ないな、後2〜3人は同時に作業できる。コンロも4口ある。」



「キッチンスタジオかよ」



そんなことを話しながら朝ごはんの準備をしていると2人も起きてきた。



「おはよーございまーす。」


「おはよ〜」


2人はまだパジャマである。

実季先輩は背が低いのでまるで娘のようだ。


ちょっと悪ノリして可愛らしいパジャマをプレゼントしたんだけど、

そのときは子供扱いするな!!!と言っていたがちゃんと着ている。


愛おしい。



ひなちゃんはイメージと違わずシルクのシャツみたいなパジャマを着ている。


うーん、大人っぽい。


ちなみに幸祐里はすでに着替えていて、

大人っぽい薄手のグリーンのニットに黒のフレアパンツを合わせている。

スタイルの良さ、背の高さ、線の細さをまざまざと見せつけてくる、本当に完璧ないい女スタイルだ。


かっこいい。



ちなみに私はバスローブにスリッパで、なんかマフィアっぽい。

猫とか抱いてそう。





「はい!朝ごはんできたよ!」


「おいしそー!いただきまーす!」


「いつもありがとうね、いただきます。」


「はい、紅茶組の方どうぞ。」


「ヒロくんなんかいかがわしいお店の人みたい…。」


「なんか、吉弘くんの体朝から見ると、なんか暑苦しいというか…。」



たしかにバスローブのマッチョが給仕をしていると違和感があるのはわかる。

細マッチョというところが余計にいかがわしいのかもしれない。



あと、実季先輩、お前は許さない。



「みんなは今日何するの?」

と、幸祐里




「私昼から美容室〜」

ひなちゃんは美容室の予約があるらしい。




「私は近所でレコーディング。アルバムの。」

実季先輩は今年の秋に出すピアノCDの録音作業があるらしい。


近所というと赤坂のスタジオか。




「幸祐里は?」



「私なんも予定ないからちょこちょこ買い物でも行こうかな。」



私が聞くと幸祐里は暇らしい。




「じゃ夜飯行く?」



「いくいく。」




「え!いいな!私も行きたい!けど夜は先約が…」



「私も行きたいけどレコーディングいつ終わるかケツが見えないからなぁ。」



「じゃ予定合えばおいでよ。幸祐里何食べたい?」



「んー、春だから魚!さわら!」




「ということで、どっかで魚食べてるから来れたら連絡ちょうだい。」




「「はーい」」




そんな話をしながら朝ごはんを食べ終えた。

片付けは朝ごはん作ってない組が行うのが決まりである。






「私ピアノ弾いてるからなんかあったら部屋まで来てね。多分連絡つかないから。」


「その癖やめなって。」


「前は電話も持ち込んでなかったんだから、スマホ持ち込むようになっただけ進歩よ。」


「そうだぞ、幸祐里。

そもそも幸祐里今日この家いるんだから、私に用事あるんだったら普通に来いよ。」



「ぐぎぎ…」

頼もしい実季先輩の援護もあって幸祐里は完封した。




最近は、会社のメールアドレスも開通させたので、

リビングにあるパソコンに仕事のメールが入ってくることがある。




みんなには暇な時メールきてないか見ておいてほしいと言っているので、自分以外の誰かがこの家にいる時は時々用事が発生することがある。


私はめんどくさいのでごくごく稀にしかメールチェックしていない。




そもそもメールアドレスだってかなり限られた人にしか教えてないので、送られてくるメールも数少ないのだが。








「ごちそうさまでした。じゃ、あとはよろしく!」



「はいよ〜。」



リビングを後にした私はまたピアノ室に篭る。




「さてさて、やりますかね…。」


また私の至福の時間が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る