第137話 リラクゼーション2



「じゃあ次は私か…」




私は一通り、恥ずかしかったけどどこか甘酸っぱいような、思い出補正も相まって素敵に脚色された馴れ初めをみんなに話した。




次に馴れ初めを話してくれるのは我らが実季さん。






「まぁ多分出会いで言えばこの中で一番早いんですよ。

新歓コンサートの日なんで、入学初日。」




「へぇ、そうなんだ。」


ひとみさんは初知りのようだ。

そう、実季さんは私たちの中で一番出会いが早い。


なんか悔しい。




「最初はなんかイケメン居るなぁ。みたいな。


そしたら音楽興味あるんです〜みたいな。


聞いてみたら中高吹奏楽部でサックスやってたんですって。


後から知るんですけど、サックスの腕前は全国トップクラスで、それにまた助けられたりしたんですけどね。

そんな話とかしつつ、ちょっと話してみたらすごく話しやすくて。


また大学入ったら音楽始めてみなよ〜みたいな話とかして。」




私は気づいた。

この人、もう初日から惚れてたんだ。

なんか余計に悔しい。


正直恋愛なんか、一方的に恋してる時が一番楽しいじゃん。

思い通りにならない相手に一喜一憂して、それが楽しいんじゃん!!!


楽しいの満喫してるわ、この人。

充分満喫してから嫁になっとるわ。






「それからもちょくちょく会ったりして、

そんなことしてる時に、学校に噂が立ち始めたんですよ。」




「噂?」




「そう、噂です。

ある噂では、夕方からピアノが聞こえ始めて、深夜でもその音が途切れない



またある噂では、大学にあるピアノ練習室のピアノの鍵盤にヒビが入ってて、それに気づいた大学職員の人が鍵盤入れ替えたら1週間くらいでまたヒビ。


いたちごっこで何回直してもヒビが入る。

そのうち弦もすぐ伸びたり切れたりするようになって。


悪戯かな?と思って、張り紙したらピタッとおさまったとか。」




「え、何それこわい。」




「そうなんですよ、怖いんです。

でも、私たちピアノやってる人間からしたらもっと怖いんです。」




「ん?なんで?」



「これは、悪戯でもなんでもなくて、人が練習して練習してピアノがこうなったってことがわかるからです。」



「え?」



「来る日も来る日も、とんでもない量の練習を休むことなく毎日毎日毎日毎日、寝食を忘れて手に力を込めて、呪われたように狂ったように弾き続ける人間がいることが怖いんです。」




「え、怖。」




「一般学生の間では放課後のピアニストなんてロマンチックに言われてたみたいですけど、私たちピアノ学生にとっては恐怖でした。


最初の頃はそれが誰かわからないっていうのがもっと恐怖で。


ピアノ学生なんて人数そんなにいませんから互いに顔見知りなのに、誰かわからないっていうのがもっと怖くて。」



「怪談じゃん」




「まぁ部屋行けば誰がやってるのかわかるんですけど、練習室の小窓にはカーテンされてて。


人が練習してる部屋に行って、もし乱暴でもされたら怖いし。

練習室って結構人気のないとこにあるんで。

正体がわからない人のとこにノコノコ行く人もいないというか。」






ヒロ…。


そんなことしてたのか…。


真相を聞いてもっと怖くなる怪談っていうのもまた怖いな……。




ちなみに今でもヒロは1日に数時間はピアノを弾き続けているし、予定が無かったり、私たちの誰かが止めなければ死ぬまでピアノを弾いている。




「怖いから、話をして止めてもらおうとして、その音が流れる練習室に私が行ったんですよ。


勇気振り絞って。


もう最悪の場合乱暴されても仕方ないと思って。


邪魔しに行くのこっちなんで。


そしたら吉弘くんで。


私めまいしましたよ。正体こいつかよって。」






「ちょっと面白い。」






「そこで色々話して、

無知故の天才というものを知りまして。」


「というのは?」



「彼、数あるピアノ曲の中で一番難しいと言われてる曲をさらさらさら〜と弾いちゃってるんですよ。



結局ピアノって何よりもまず基礎!っていう楽器なんですけど、その基礎がものすごいレベルで練られてて。

ピアノ未経験の人でもここまで突き詰めたらこんなレベルになるんだって実感しましたよ。」






「へぇ〜」


ひとみさんは心底感心してるようだ。




「それで、私感動しちゃって。

無理やりゴリ押しして、大学の文化祭で吉弘くんの演奏枠取ってきてライブしてもらいました。


大学内でありとあらゆるコネとか貸しとか使って。


この時に、なんでも人のためにやっとくもんだなって思いましたけどね。」




「まぁ情けは人の為ならずっていうからねぇ。」



「本当にそうだと思います。


それで吉弘くんの出番が決まってから、ちょっとした頃に、機会があって無理言ってサックスをステージで演奏してもらったんですよ。」



「おぉ!」



「それがもうめっちゃくちゃカッコよくて!!!!!!!!」



「お、おぅ…」



「今思い返すとその辺で既に惚れてたんだろうなって。」




ちがうよ、ちがう。実季さん違う。

アンタはもうあった時には既に惚れてたンだよ。

藤原吉弘っていう才能の塊に…な!




はっ、!


なんか今私に憑依した???






「そこからしばらくしたら、突然吉弘くんに海外旅行誘われて。」




なんだって!?!?

もしかして、私より先に誘われてたの実季さんだったのか!



「あら、藤原くん積極的!」


「でも私、大学の学部の研修旅行で日程が合わなくて、

どうしても行けなかったんです。

今でもそれ悔しくて、夢に見ますもん時々。


ごめんねっていう夢。」




実季さんトラウマじゃん。

でも私が行けたので、内心ほくそ笑んでしまう。




「まぁ出会いっていうのはこんな感じですかねぇ。」




「なかなか濃いというか、業が深いというか、

推しへの愛が深い感じがするわね。」




「まぁ、嫁なんで。わたしたち。」




これは完全に同意。

本当に幸せなのだ、毎日。




「いいことね。旦那を愛せるのは私たちの特権よ。

良くも悪くもお宅の旦那さんもうちの旦那さんもキャラが濃いから。」




「ほんとに。」




ひとみさんの言い方に思わず笑いが出てしまう






「さて!次はひなちゃん!」.




「ええ!私ですか!」




「みんな言ったんだから言いなさいよ!」




「わかりました…、といってもそんな変わった話でもないんですけどね…。」




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