第132話 海の上。


私はお酒を飲まないので、霧島さんが大酒かっくらって、ケロッとしてるのを見てゾッとした。


世の中にこれほどの酒豪がいるのかと。


ひとみさんはお酒を飲まないので、ずっとお水か炭酸水を飲んでいた。




うちの連れたち3人もそれほどお酒が強くないのだが、この日ばかりは霧島さんのペースに呑まれ、なかなかにハイペースだったと思う。


実季先輩は早々にダウンした。


幸祐里もなかなかに頑張った方だったが、やはりダウン。

飲まれてるように見えて飲まれてなかったのは緋奈子だった。



ふらふらになりつつも、最後までちゃんと会話ができていた。




私はみんながダウンして、霧島さんも寝ると言って、会がお開きになるまでニコニコしていただけだ。


霧島さんは、いわゆる「お金持ち」にありがちな、「オウお前ピアノ弾けるんだろ!弾いてみろ!」といった横柄な態度は絶対に取らない。




むしろ、よく頑張った、大変だったろう?しっかりお祝いさせてくれという態度で、常に気にかけてくれていた。


出会った時には既になかなか有名な企業家だったが、その時から腰が低い。


時々仕事もくれた。


しかし、仕事の用事が終わり、プライベートになった時は先輩風を吹かす。

それもこちらも気を遣わなくてすむだろうという配慮だと思う。


「飯行くぞ!」


「買い物行くぞ!」


は霧島さんから何度聞いたかわからない。

口癖かと思う。


きっと兄貴がいたらこんな感じなんだろうなーと思う。



霧島さんも、弟が居たらこんな感じかなと思ってくれてたら嬉しい。




会がお開きになったところで、みんなは一人一室用意された部屋に散っていった。

私はなんとなく寝付けないので、ルーフトップバーにやってきた。



何度も言うが、ここは船の中だ。






天井は一面のガラス張りで、星の光が降り注ぐ。

杉の一枚板の大きなカウンターが飴色に反射している。

特に誰が来るわけでもないのに、バーテンダーが一人グラスを磨いていた。




「いらっしゃい。」



「どうも。少し寝付けなくて。」



「あらまぁ。じゃあ眠りが良くなるものを出してあげよう。」



バーテンダーとは初めて会うのに、まるで長年の友人、行きつけのバーのマスターのような空気感を持っていた。



「はいどうぞ。」



出してくれたのはカモミールティーだ。


「ありがとうございます。」



「眠れない時にお酒なんか飲んでもダメだよ。

あれは余計に眠れなくなる。

お酒を飲んで眠くなるのは、良くない。


後で目が覚めて、逆に変に疲れるんだ。」




「そうなんですね。」



バーに来てカモミールティーを勧められるのは初めてだけど、悪い気はしない。

私はお酒が飲めないからね。



マスターと、他愛もない話をしていたら、結構な時間だった。



「マスターのおかげで良く眠れそうです。お礼に一曲よろしいですか?」



「そりゃありがたい。そいつは俺の希望でおいてもらったんだ。」




マスターが顎で指すのはグランドピアノ。

それもかなり年季の入った、そして葉巻やタバコの煙で燻されてようなグランドピアノだ。





「やっぱりね。では一曲。」

マスターそっくりの雰囲気を持つ、

私は年老いたグランドピアノの前に座り、曲を弾き始める。




曲はビリージョエルの「ピアノマン」

昨日は何故か気分が良かったので歌も歌ってしまおう。




私はこの歌が大好きだ。

いつか馴染みのバーができたら、そこでピアノを弾くことがあれば、絶対に弾いてやろうと思って温めてきた。


音痴な私だけど、この曲だけは練習した。

いつか、バーでカッコよく弾くために。




孤独な夜も、馴染みの酔客が集まるバーでは、それさえ酒のアテにしてしまう。

どうでも良いくだらない話をして、寂しさを紛らわす。

そんなとき、私のピアノが彼らの明日の元気になったらそれはなんと幸せなことだろうか。




いつか私のピアノが、音楽が、そういうシーンに寄り添っていけたら嬉しいと思う。




弾き終わると、私の心は満足感で満ちていた。


マスターの方を見ると、満足そうに葉巻を燻らせていた。



「今日はいい気持ちにさせてもらったよ。

こんないい気持ちなのはあいつ以来だ。」




「あいつ?」




「天板を開けてご覧。」




言われた通りに天板を開けてみると、フレームにあったのは、どこかのバーらしきところでマスターと、若い頃のある歌手が、このピアノの前で肩を組んでいる古い写真だった。


その写真の横には、


19xx年 あるピアノマンとバーテンダーの出会いに感謝して。


と、あった。






驚いて、マスターの方を見ると、照れ臭そうに


「昔ちょっとね。俺の唯一の自慢なんだ。」


と、つぶやいていた。

こんな出会いもあるんだなとつくづく感心した。




「今日のことは一生忘れません。」



「良かったらあんたも書いてってくれよ。」



私は大いに迷ったが、これも出会いがなせる技。

ここで書かねば男が廃ると思い、マスターの差し出したペンを取る。




流石に彼の真横や真下に書くのは、私にもプライドがあるので許せなかった。 




なので


私はピアノの下に潜り込んで、


海の上での出会いに感謝。

後輩ピアノマンから、偉大なる先輩ピアノマンへ。


の一言を書き込んだ。






「また珍しいとこに書いたもんだ。」


と、マスターに呆れられたが、




「根が偏屈なもので。」




と、返しておいた。


先程のカモミールティーのおかげか、眠気が私のことをベッドへ誘って離さないのでそろそろ寝ることにする。




「また来ます。ありがとうございました。」



「こちらこそ。ありがとう。ぜひまた来てくれ。」



私はマスターに感謝して自らの部屋に戻った。










〜〜〜〜〜翌朝〜〜〜〜〜〜




「おいヒロ!お前昨日バーで弾いたろ!!!」




「えぇ〜?なんのことでしょう?」


霧島さんが朝食会場でからんできた。

声がでけぇんだわ、朝から。






「昨日マスターに聞いたんだからな!!!」




呆れた人だ。私が帰った後バーに行ってまだ飲んでたらしい。



「そうなんですねぇ。誰でしょ?」



「お前しかいないだろ!!」



「この船にはピアニストが二人いますからねぇ。」

そんなやりとりを聞いているみんなも苦笑いしている。




「しかも歌まで!!」




「「「ん?」」」




「あっ。」


まずった。


みんなには歌を歌ったことがないんだった。

鼻歌くらいしか聴いたことないみんなは、いっつも歌えと言ってくるがなんとなくかわしてたのに。




「ヒロ君?」


「いつも歌わないよね?

音痴って言ってなかった?」


「どう言うことかな?」


「あれ??みんな知らないのか?

こいつ歌すっごい上手いぞ。」




余計なことを!!!


私は音痴なんだよ!!!


音痴でも歌っていいだろうが!!!






案の定、それを聴いたみんなの目の色が変わった。


「「「聴かせろ!!!!」」」




「まぁ機会があればね〜」




そんなみんなを見て、瞳さんは相変わらずニコニコである。

そして、ぼそっと一言。




「あきら君は、ヒロ君よりも、もっと音痴だからすごく上手く聴こえるみたいなのよねぇ。」






私は今回も逃げさせてもらう。

みんなの前で歌うなんて恥ずかしいったらありゃしないのにさ。

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