第123話 オーディション2


目黒川の柚木さんの発案から始まった出し物は

どうやら3グループのヒット曲メドレーという形で落ち着いたみたいだ。



曲が始まってじっと観察する。

曲は大広間に備え付けられていたカラオケセットを使い、歌いながら踊る。




「ほぇー、すごい体力だ。」


歌いながら踊るというのはめちゃめちゃ体力を使う。

踊ると息が上がるので、歌に影響しがちであるが、それを一切感じさせないのはやはりプロだ。


テレビを全くみない私でも聞いたことがある、彼女たちの曲の生パフォーマンスには少し感動した。




目黒川の次は隅田川。

3グループで最大の流域面積を誇る隅田川は、やはり人数も多い。

前乗りしている人数も多く、群のパフォーマンスがカッコ良い。




そしてラストは江戸川。

なんというかメンバーが若いような。

打ち合わせの時にいただいた事前資料によるとバラエティが得意なんだってさ。

でもパフォーマンスは負けず劣らず素晴らしい。




こりゃオーディションも難しくなるなぁ。

私は広げてある雑記帳に感じたこと、生かしたいこと、うーんと思ったことを

モンブランの万年筆で思いのままに書き連ねていく。




私の万年筆愛は中学時代から始まっている。

同じく文具マニアの父からLAMYの万年筆を譲ってもらってからだ。

最初は思うようにインクが出なかったのだけど、今はもう筆記具といえば楽譜に書き込む鉛筆か、楽譜をかく万年筆かくらいしか使わない。

鉛筆はUNIの鉛筆が最高なのはもう(私の中で)決定しているけど万年筆は終わりがない。



万年筆は収集癖も刺激される。

ラミーの万年筆は軽いしお値段も手が出しやすいので優に30本は持っている。

樹脂の軸のやつも、アルミの軸のやつも両方好きなのだ。


ラミーを合わせると100本近く持っているが、中でもやはり一番使用頻度が高いのは今私が手に持っているモンブランのマイスターシュテックだ。

この149というサイズが一番使いやすく手になじむ。


ほんとは向いてないはずなのだけど、これで楽譜をかいたりもする。

ペン先の太さはF。

国産メーカーに比べると同じFでも少し太いかな。

でもインクの滑りが良い。


この買い物はペンにしてはかなり高価な買い物だったがかなり満足している。


「お金があればモンブランのマイスターシュテック149を買いなさい。

お金がなければ、お金をためてマイスターシュテック149を買いなさい。」

どこかの国の格言だったか、私はこの言葉に背中を押されて、作曲家としてお金を初めてもらったときに新宿の伊勢丹で購入した。


漢の現金一括払いだ。

手が震えたのを今でも覚えている。


それからはモンブランの文豪シリーズやキャラクターシリーズ、ペリカンの傑作スーベレーン、ファーバーカステルのサムライ、デュポンのモネコレクション、パーカーの蒔絵など。

あ、セーラー万年筆の蒔絵ももちろん持っている。


「これは!」といったものを見つけるとすぐに買ってしまうようになった。


楽譜を書くときは、贅沢だけど普段使うものとは別のマイスターシュテックを使っている。

それはペン先を普通の筆記用ではなく、楽譜用のペン先に変えてある。


ちなみにマイスターシュテックは全部で5本持っている。

149が3本。

146が1本

145が1本。


仕方ないじゃない。

欲しくなったんだもん。

145はほかの4本とは違ってコンバータという方式でインクを注入できるので便利なんだよな。




パフォーマンスも見せていただいたところで、宴も酣ということで、各自解散。

明朝は10時集合となった。




私は部屋に帰るとパソコンを開いてお仕事の続き。


スイートの部屋を使わせてくれているので洋間もあり、そこに電子ピアノが置いてある。




「ピアノが置いてあるのはほんとにありがたいよなぁ。」と独り言を零しつつ、自分の練習とつい最近出来上がったストック行きの曲を弾いて完成度を確かめる。




ピアノをガンガンに引き倒していると部屋のチャイムが鳴った。




「ん?誰だ?」




ドアの覗き窓を見るとそこには先程パフォーマンスを披露してくれた隅田川のメンバーが。


名前はまだ覚えてない。




「はい、どうしましたか?」




「ちょっとお話したいことが…。」




何やら思い詰めた様子。

かと言って部屋に入れるのはまずい。




「わかりました、では30分後にロビーの談話室で。」




「今じゃ……ダメですか…?」




いやぁ!厳しいでしょう!!


年頃の男女がさぁ!


相手はアイドルですよ!




「わかりました、じゃあマネージャーさんも呼んでください。」




「……はい。」

なんでちょっと不承不承な感じなんだよ。



とりあえず本人は部屋に入れてあげる。

そしてリビングのソファに座ってもらってマネージャーさんに電話をかけてもらう。

念のために私からもショートメールを送っておく。


万が一を考えて各グループのマネージャーさんの連絡先登録しといてよかった。




「それで、ご用件は?」




「お願いがあるんです。」




「はい。

聞けるかどうかはわかりませんが聞くだけ聞いてみましょう。」




「………私の音痴を治してください…。」




「……ヱ?」




「私の音痴を治してください!!!!!!」




「まぁ落ち着けよ。」




「すっ、すいません…。」




「へぇ、音痴なんですか。」

これが、なんとなくマネージャーさんを呼びたくなかった理由かな?



「はい、すごく音痴で…。

ボイトレに通えるようなまとまった時間もなく…。」




「まぁ君は特に忙しいでしょうね。」


私は事前資料をペラペラとめくりながら目の前にいるアイドルの情報を探す。




お、あった。


そうそう、隅田川の桜智絵里さんだ。

さくらチェリーってなんかすごい名前だよね。


でも本名なんだよな。


現状人気上位のメンバーで、これまでのシングルはセンター?こそないものの選抜メンバーらしい。


なんか野球みたいだよな。一軍二軍みたいな。

雑誌のモデルも専属でやりつつ、ピンでの仕事も多いらしい。

歌手としてのソロデビューを目指しているが現状では難しいと。






「ありがたいことにお仕事をたくさんいただいておりまして…。

ここ数ヶ月ほどは丸一日お休みという日がありませんでした。

急に半日お休みとかは何度かあったんですが…。」




「アイドルって大変なんですね。」




「いえ、そんなことは!」




と言ったところでマネージャーさんが飛んできた。




「藤原さん!申し訳ございません!!!!」




「いえ、大丈夫です。


もし大丈夫そうだったらこちらの桜さん、今から30分だけでよければレッスンつけてあげようかと思うんですけどどうです?」




「え?良いんですか!?」

驚くさくらさんだけど、あなたレッスンしてほしいから来たんでしょ?



「マネージャーとしては願ったり叶ったりですが藤原さんのご予定とかは…?」




「まぁ30分なら。」




「「ありがとうございます!!」」




ということでマネージャーさん同席の上で洋間に来てもらいレッスンすることに。




「はい、はじめます。」




「お願いします!」




「正直音痴というのは30分もあれば治ります。」




「えっ!?」




「今ボイトレの先生とか、これまでの先生は治してくれなかったって思ったでしょ?」




「う…はい。」




「多分その先生は根治を目指して、あなたが続けやすい方法で考えてくれてるからですね。

だからその先生のとこ通ってれば自然といつか治ります。」




「そうなんですね…。」




「でも今回はオーディションがあるのですぐに直します。


ある意味付け焼き刃なので、すぐまた戻るかもしれませんが、今回のレッスンを録画して見返してみてください。


マネージャーさん録画してもらって大丈夫ですので。」




「ありがとうございます!!」




この後音痴のメカニズムを解説して、実際に歌ってもらって、新しい音を脳に覚え込ませる作業をして、もう一度歌ってもらって終了した。






「劇的に良くなりましたね。」




「はい!ありがとうございます!」




「はい、オーディション頑張ってくださいね〜。」




お二人を見送ると私はソファに崩れ落ちる。






「めちゃくちゃ良い匂いだった……。」


アイドルってあんなに良い匂いなんか…?

すげえな芸能界…。


なんならマネージャーさんもめちゃくちゃ美人だし良い匂いだったし…。

私の回りにそんな人いないぞ・・・?

※ちなみに幸祐里も緋奈子も芸能界のモデル界隈の人です。






「今日は神経使ったしもう良いか、風呂入って寝よ。」






スイートルームには備付けの露天風呂がある。

たまらんなこりゃ。

さて、明日から始まるオーディション、どうなるかなぁ?

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