第122話 あるアイドルの話


私は柚木ひかり



目黒川33のキャプテンを務めている。




今日は待ちに待ったオーディションの日。

鬼怒川であるらしく、朝早くから準備をしてマネージャーの運転する移動車に乗って鬼怒川まで来た。

今日も私が来ているのはヨウジヤマモトの黒ワンピース。


何年か前にヨウジヤマモトというブランドのファッションショーに招いていただいて、その時にランウェイで初めて見て衝撃を受けた。

そのショーの終わりで注文して、今私の手元にある。

私が気合を入れているときはヨウジヤマモトの黒いワンピースを着て仕事に臨むようにしている。


靴はTOGAというブランドのブーツ。

この靴とこのワンピースの組み合わせは私の特攻服。

いつもの弱い私では無くて強い私でいさせてくれる。


今日のオーディションは間違いなく私の、、、いや、このグループの、いや、アイドルという世界のターニングポイントになる。

初めて聴いた時に、全身を稲妻が駆け巡るようにさえ感じたあの曲をどうしても勝ち取りたい。勝ち取るためのオーディションだ。




普段から私たちのグループでは、作曲は外部委託が多い。


それに総合プロデューサーが詞をつけていくという手法で曲をリリースしている。


どこから見つけて来たのかわからないけど、総合プロデューサーが面白い作曲家を見つけたからということで発足したこの企画。




初めは乗り気じゃなかったけど、曲を聞いて理解した。

いや、理解させられた。


仮歌も入っていない、まだ未完成曲なのに。

未完成なのにもうこんなにも力を持っている曲に私は初めて出会うことができた。


であるが故に21曲の曲分けは熾烈を極めた。




熾烈と混迷を極めに極めたが、最後の最後。

21曲目。「私のスタイル」


これだけは本当に混迷を極めた。

どのグループのリーダーもマネージャーも譲らなかったのだ。

なんなら、この曲のために他の曲を譲ったとさえ言うグループもあった。




この曲が持つ力をみんな感じ取ったのだろう。


というわけで、全員企画が発足した。


その企画を行うにあたって、作曲した藤原先生から一つ宿題が出た。




「この曲を表現してください」


なんとも難しい注文だ。

良いじゃないか…受けて立つ。

私たちもアイドルとして一つの分野を牽引している表現者だ。

当日は藤原先生も来てくださるとのこと。

生で見てくれるなら勝算はある。


楽しみでしょうがない。


私は心の中で熱を発する炎を心地よく思っていた。

生のパフォーマンスで落として見せる。



当日に向けてみんなで特訓だ!







鬼怒川に着いた。

私を含め、いわゆる上位層のメンバーはみんな別の仕事終わりなどでそれぞれ移動車に乗って会場となる旅館に着いた。

他の若手メンバーや、まだ芽が出ていないメンバーはつらいとは思うが電車やバスで来たみたい。


私達のグループは、明日の企画に参加する全員ではないが、半数程度の人員で前乗りした。収録や撮影などでどうしても都合がつかなかったメンバーもいるが仕方ない。

前日には食事会があると聞いていたのでそこに参加してやる気ありますアピールしなきゃ。




「今回どんな先生なんだろうね?」

そういえば私は作曲家の先生の名前は分かるが、どんな人なのか知らない。

ざっくり調べはしたんだけど詳細が出てこなかった。



「私調べたよ!」




「お、どんな人?」

どうやらメンバーの1人、久山みくるがリサーチしてくれたらしい。

彼女は雑誌の専属モデルをしてたり、最近ドラマにもよく出てて売れっ子のメンバーだ。



「えーとね、ハタチの現役大学生。」


「若い!」

現役大学生!?

私より年下じゃない!!



「そんでこの前までアメリカのジュリアード?に留学してたらしい。」



「天才だった。」


前言撤回。

歳とか関係ねーわ。

ホンモノってことだわ。




「ジュリアードってすごいの?」




「世界の音楽の天才が集まるところよ。音楽だけじゃなくて舞台芸術とかも天才。

でも良くわかったわね、ジュリアードにいたこと。」




「あのね、名前で検索したらジュリアードの年間最優秀学生みたいなやつ取ってる人が同姓同名でいて、詳しくリサーチしてみたら多分この人っていう感じ。

作った曲ジュリアードが買い取ったんだって。」




それを聞いて、メンバーの現役音大生に聞いたんだけど、大学が生徒の作品を買い取ることは滅多にないらしい。

滅多にないが、ないことではなく、それが何を意味するかというと、めちゃんこ優秀だということ。




「マジモンの天才だったね。今回一筋縄じゃ行かないよ。

気合入れてこ。」




「あ、後追加。

目産のスカイラインの、CMの曲作ったのこのひとらしい。」




「もうすごすぎて言葉も出ないよ、みくるちゃん。」




「大丈夫!私達ならなんとかできる!」




「心折りにきたお前がいうんかい。」


段々と不安に似合ってしまったがお気に入りのワンピースと靴のおかげで何とか心を保つ。



くるみと分かれ、ガラガラとスーツケースを引っ張って自分の部屋に行く途中で

隅田川のゆかりとすれ違った。


「お、ゆかりじゃん、前乗り?」


「お、ひかり。うん、前乗りだよ。ひかりも?」



ゆかりは隅田川の中核メンバーで、センターを務めた回数も数多く、看板メンバーの一人だ。

番組で一緒になることも多く、ウマが合う。



「そう。先生の顔も見ときたいし、ちゃんとやる気のアピールはしなきゃだからね。」


「いい心がけじゃん。」

そう言ったゆかりは周りをきょろきょろとして、人影がないことを確認してから

私の腕を持って隅っこに引っ張った。


「ど、どうした!?」


「あのね、わたしとぴーちゃんの仲だから言うんだけど」

彼女が私のことをぴーちゃんというのは二人でいるときだけの完全に人の目がない時。

彼女のブランディングとキャラ付けと合わないので普段は絶対に言わない。

ましてや仕事の時なんかはもっと絶対。


ただならぬ空気を感じる。


「今回の先生、やばいよ。」


「えっ」


「一緒にドラマ出てる女優のルリ先輩が言ってた。

今一番推してる人だって。

あと今回の仕事もWooさんとそのプロデューサーさんの経由で受けたらしい。」


「はっ!?」


ルリ先輩は業界ではかなり有名で今一番稼ぐ女優と数年前から言われている。

年々メディアへの露出は増えており、ハリウッドからのオファーも多数来ているらしい。

気が早い業界関係者からはアジアナンバーワン女優との呼び声も上がっている。


Wooさんもそう。

今さらに発展目覚ましく、今一番熱いアーティストだ。

メンバーのSyunさんは世界的な入ブランドのアンバサダーも務めている。

今はワールドツアーに行ってるんだったかな?


「Wooさんのgone wind作曲したの、今回の先生らしいよ。

そしてバンドのコーチングとサウンドプロデューサーもしたんだって。」


「…やっぱ厳しいのかな?」


「こないだツアーの合間に帰国してたピアノのYUIさんとご飯行ったんだけど。」


「いつのまにそんな人脈!?」


「まあそれは置いといて、めちゃしごかれたらしい。」


「やっぱそうかァ~~~~」


「そりゃそうだよね~って感じ。」


「うん、でも知らないでしごかれるよりは心の準備できそう。」


「ね。私とぴーちゃんの仲だから教えたんだからね!」


「ありがと。大好きだよ、ゆっちゃん。」


「…うん、私も。」


ゆかりは末っ子でいつも甘えたがり。

でも、世間でのキャラクターと、グループで求められる役割とですごく悩んでいた時期がある。

その時にいろいろ相談に乗ったのが私。

それ以来ゆかりは私のことを姉として慕ってくれている。

時々危うさも感じることがあるが。



何はともあれ、いつもの弱い自分が顔を出しそうになるが、オーディションがもうすぐ幕を開ける。

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