第121話 オーディション1
私が金曜の夜にベンツを転がしてやってきたのは鬼怒川温泉。
あ、GTRは週明けに届くよ。
とりあえず、先に私が日本に帰ってから、GTR用の駐車場を確保したり、いろんな手はずを整えてから送ってもらうようにした。
その間、ボブの方でギチギチに整備しといてくれたらしい。
ありがてえ。
「何でまた鬼怒川に。」
なんでも、3グループ合同オーディションは初めてのことらしく、そのアイドルのプロデューサーが企画として提出。
そして、そのアイドルの冠番組が深夜の時間帯ぶち抜きで放送することになったんだって。
もちろん私は顔出しNGなので、極力顔が出ないようにお願いする(契約書も巻いた)のも忘れない。
もし、あんまり顔が出るようだったら今後一切楽曲提供致しませんとお伝えしたらマネージャー、製作陣一同顔が青ざめてた。
なし崩しでテレビに引っ張ろうなんて、魂胆見え見えなんだよ。
リーダーさんとWooのみんなの顔立てて納品した仕事なんだからさ。
さて。
気を取り直してオーディションだが。
まず、内容は自由。
みんなで好きにこの曲を表現してくださいと先方にはお伝えした。
仮歌で歌ってみるもよし、仮でダンスするもよし、自分たちで歌詞考えてきて披露するもよし。
何をするも自由。
とにかく表現を見せて欲しいと伝えた。
ただダンス映えするから〜
とかの理由であげたんじゃ私も作り手として張り合いがいがない。
オーディションの会場となっている温泉旅館に着いた。
この旅館は鬼怒川の温泉街の奥まったところにある。
こじんまりとしているが雰囲気も良く、今度プライベートでも来たいと思った。
車を旅館の車止めにつけるとADさんがすでに待ってくれていた。
「おはようございます、藤原先生!」
「先生なんてやめてくださいよ。おはようございます。」
旅館でもドアマンというのかわからないが、旅館の紋が染め抜かれた法被を着た人に車の鍵を預け、私は車を降り、荷物を後ろから出す。
「お荷物お待ちいたします!」
「大丈夫です。貴重品とパソコン入ってますので。」
私は先生にプレゼントしてもらったラルフローレンのレザーバッグを取り出す。
「承知いたしました。」
「そういえば他のお客さんはどちらに?」
私は人の気配が少なすぎることに気がついた。
「この土日は旅館を貸切にしております。
もうすぐしますと、演者さんとスタッフでごった返しますので他のお客様のご迷惑を考えますとそれが最善でして…。」
なかなか配慮ができている。
「そんな急にできるものなんですか?貸切って。」
「いえ、もともと違う企画をやる予定がありまして、それで数ヶ月前から抑えていたという形です。」
「なるほど、じゃあ今回の企画も相当気合が…?」
「もちろんです。
元々あった大型企画を押しのけてのオーディションですから。
演者さんもスタッフも上層部も運営も気合の入れ方が違いますよ。
何より藤原さんにご助力いただけてよかったと皆口を揃えておりました。」
「そんなお世辞ですよ。」
とは言いつつも、目の前のADさんからはやる気がビンビン伝わってくる。
なんとなく旅館全体が熱気に包まれているような気もする。
「あ、貸切だからチェックインもないんですね。」
「そうです。
今向かっているのは藤原さんの泊まっていただくお部屋で、そちらに着きましたら30分後に迎えに参りますので、一旦打ち合わせに移らせていただきます。
その後、お食事会といたしまして、翌10時から収録開始という運びです。」
「わかりました。よろしくお願い致します。」
「はい!よろしくお願い致します!」
部屋について、荷物を置いて、パソコンを出す。
もともとの注文通りキーボードが部屋に置いてある。
鍵盤があるというだけで落ち着くのだ。
ちなみにアップライトのピアノも練習室に運び込まれており、グランドピアノも一台運び込まれている。
グランドがどこの部屋に置いてあるのかは知らん。
「お、Wi-Fi使えるじゃん。」
部屋の机の上にWi-Fiのパスワードが書かれた紙が置いてあったのでパソコンをWi-Fiに繋ぐ。
メールをチェックすると先程ADさんから伝えられた予定表がすでに3日前にはメールで来ていた。
確認漏れ。
申し訳ないですADさん。
メールチェックなどしていると部屋のドアをノックする音。
迎えに来てくれたのだろう。
パソコンと手帳、あと雑記帳だけ持って部屋の外に出ると、やはりADさん。
そのまま打ち合わせに直行。
そこで今回の番組のプロデューサー、ディレクター、総合演習のお偉方と名刺交換アンドご挨拶。
さっきのADさんとも名刺交換はしといた。
「今回は大所帯での収録でございますので、藤原さんにはご迷惑などおかけするかもしれませんが、何卒よろしくお願い致します。」
「いえ、私も弱輩でございますので…。どうかお手柔らかに…。」
などなど。大人の社交辞令的な。
打ち合わせは恙無く終わり、食事会へ。
大広間での会食と相成ったが、なんとそこに前乗りできたグループのメンバーも合流。
やる気を見せたいということなのだろう。
オーディションはもう始まっているということか。
会食も中盤に差し掛かろうとした時、メンバーの1人が手を挙げて発言した。
「はい!出し物やりませんか!」
うん、最悪である。
私はこういうのが大嫌いだ。
私だけかもしれない。いや、私だけなわけない(願望)のだが音楽系の会合だとだいたい出し物が必要になる。
だいたい私はサックスで乗り切って来たのだけども。
しかし今日はサックスを持って来ていない。
頭を抱えそうになったとき話の流れが私の予期した方向とは違う方向に流れて来た。
どうやら、彼女は、私にグループのことを知って欲しくて、踊るから見てほしい的なことを言っている。
「私としては願ってもないことですね。ぜひお願いします。」
危機回避!!!!
私は危機回避した。
ふむ。
出し物をしたいと言ったのは、目黒川33の柚木さんか。
覚えておこう。
申し遅れたが、今回私が楽曲提供したのはいわゆる川シリーズと呼ばれるアイドルグループである。
目黒川33、隅田川690、江戸川200という3つの姉妹グループがあり、
一時期は隆盛を誇り、世の中のメディアを支配していたとまで言われていた。
今はその人気も少し落ち着いて、割と個人個人だったり、もっと深くにフォーカスされたりしているみたいだ。
目黒川33はお姉さんグループ。
結成が1番早い。
隅田川690は次女にあたるのか?
結成は二番目。
癖が強いらしい。
江戸川200は三女。
元気でやんちゃ。天真爛漫だとか。
ちなみに川名の後の数字は流域面積らしいよ。
先程発言した柚木さんは目黒川のキャプテンらしい。
楽しみにさせてもらおう。
私は雑記帳を広げて、モンブランのマイスターシュテックを構える。
実は筆記具マニアでもある私の筆記具については今度時間を取ってしっかりと語りつくすね。
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