第120話 スランプ?



私は今、黙々と作業をしている。

パソコンに向かって。




「飽きた。」


「ん?岩手?」


「青森。」


「宮城。」


「福島。」


「山形!」


「誰も東北の県名山手線ゲームなんてしてないんだよ。」


「なによ。どうしたの。」

たまたま今日一緒にいるのは幸祐里。

日曜何してる?と聞かれたのでスタジオで作業と伝えるとついてきたのだ。


「飽きたの。」


「あら、大変ね。でもスタジオ買ったんだからちゃんと働かなきゃ。」


「ぐうの音もでんわ。」


「じゃ、今使ってる曲が終わったらお買い物でもいく?」


「別に欲しいものないけどいいよ。付き合ってあげる。」


「じゃあがんばんなさいな。」


「うーい。」




そう、私は今曲を作っている。

この曲は懇意にしている音楽事務所からアルバム一式21曲2100万の仕事をうけて、飛びついた次第である。

しっかり稼がなきゃだからね。



お金の話になるのだけど、だいたい駆け出しの作曲家だと曲だけで5〜10万

編曲もそれに入れて15〜20万が基本である。

それにオプションを諸々組み込んで行って最終パッケージで一曲30万といったところだろうか。



私の場合は一式でと言われると80万+オプションの料金パッケージで出している。

今回は全編生ピアノも込みでと言われたので一曲100万でざっくり出した。

値切られるかとも思ったがむしろ思ったより安いくらいのテンションだったので次回はもっと吹っかける。



実際、曲を21作るのは正直容易い話だ。

ストックにはすでに何千とあるので、その中から条件に合いそうなものをピックし、データを作り直して、何か思いつけばそれを足したり引いたりして完成させる。


あくまでも私のやり方なので、誰も参考にはならないと思うが。



今回はもう20曲は出来上がっている。

締めとなる21曲目が上がらないのだ。

私としてはパンチのある、聴いたあとそれしか頭に残らないような曲を入れたいのだが。

上手くピンとくる曲が見つからない。


「なんかもう私のスタイルっていう曲になっちゃってるんだよなぁ。」


「お、それいいね。私のスタイル。

私のスタイルっていうので一つ書き下ろしいちゃいなよ。」


「え?そんな良いかな?」


「いいよ!なんか心にギュンときた!」

かわい子ちゃんに褒められて悪い気になる男もおらんだろう。


速攻で書き下ろしてデータ作った。

もう私が好きなようにありとあらゆるテクニックを随所に凝らした名曲だ。



転調、変調、変拍子。

歌いにくいし弾きにくい。

最後の爆弾ということで多めにみてもらいましょう。


「おわったー!!!」


「はい。お疲れ様。支度するよ!」


「はぁーい。」


すでに最低限の生活必需品はスタジオに持ち込まれていることから私はスタジオで生活する日も多いということがわかっていただけるだろう。

秘密のシャワールームもこっそり作っといてよかったぜ。


速攻でバレたけど。


いそいそと支度をして車を出して向かったのは代官山。


「代官山珍しいね。」


「ここ有名なセレクトショップがあってね。マザーグースって言うんだけど。」


「しらんね、初めて聞く。」


「なかなかお高くてさ。前まで手が出なかったんだけど、最近は私もちょこちょこモデルの仕事させてもらえるようになってさ。

雑誌専属っていうほど大きな仕事でもないんだけど。

そのお給料も入ってきたことだし、ちょっと贅沢しようかなと。」


「なるほど。面白そう。」


私は近くのコインパーキングに車を止めて、2人でマザーグースとやらに向かう。


「こんなオシャレな箱みたいなの前からあったっけ?」


「去年くらいにできたよ、確か。」


「変な形だけどなんか落ち着く形だよね。緑もあるし。」


「たしかに。」



コインパーキングのすぐ横にできていた建物の感想を2人で述べているとその裏手にマザーグースは鎮座していた。


「いらっしゃい。」

店に入ると、髭まみれのバケットハットを被った老け顔のお兄さんに出迎えられた。


「良いの揃えてるから好きなの見てって。売り出し中の弓削さん。」


「え?私のこと知ってるんですか?」


「そりゃ服屋だからね。あんたがよく出てる雑誌にもうちのオリジナル商品載せてるよ。お連れのイケメンさんも、メンズあるから見てってね。」


「ありがとうございます!」


「メンズも取り揃えがあるとは俄然興味湧いてきた。ありがとうございます。」



2人であーでもないこーでもないとか言いつつ幸祐里はテーパードの効いた綺麗目なのにジャージー素材で気も利いているオシャレな秋色パンツを買った。



私は襟の小さい白いパリッとしたオーバーサイズシルエットのシャツを購入。

さらに一目惚れしたダークグリーンのカシミヤ大判ストールも買った。


シャツは洗うとシワシワになってアイロン必須なので着用後はクリーニング行き決定。


ちなみに、どれもマザーグースオリジナルだ。


「まいど〜。」

気の抜けるようなディレクター兼社長兼店長の挨拶を背に店を後にする。


「独特の空気感だった。」


「そうだね。でも私また行ってみたいかも。」


「でしょ?インスタ見てから気になってたのよ。」


「なるほどね。ぜひまた行きましょ。」


「そうしましょ。」

その後も幸祐里セレクトのお店をジャンジャン巡って、良いものがあれば買うを繰り返しているとそろそろ良い時間。


「幸祐里今からどうすんの?」


「ヒロは?」


「私はさっき事務所から納品したやつのメール返ってきてたからその確認。スタジオ帰るよ。」


「じゃあ私もついてって良い?邪魔しないからさ。」


「良いよ。じゃスタジオね。」


「はーい!」

スタジオに戻り、メールを確認すると、どうやらアイドルグループの新曲になるらしい。

アイドルの子が歌うのか。

普通は誰が歌うのかを聞いてから作るのだけど、たまたま納品前には教えられないという契約だったので気にしたことさえなかった。

確かにキャッチーナメロディーだし受けるかもね。


21曲を別々の三グループで分け合い、同名シングルとして発表するとのこと。


そして、21曲目が揉めに揉めているらしい。


「だろうね。」


「何が?」


「『私のスタイル』が揉めてるんだって。」


「なんで?」


「今から読む。」

ふむふむ。

あのクソ難しい曲をどのグループもやりたいと言っている…。


「マジか。」


「なんて?」


「あのクソ難しい『私のスタイル』をみんなやりたいんだってさ。」


「そりゃそうでしょ。

1番かっこいいし、アイドルがやるんだったらダンス映えもするだろうし。」


「そういう見方もできるか。」


「逆にそれしか出来ないよ。」


「なるほど…。」


「で、どうするの?」


「あちらさんは、現段階で曲が1番表現できてるグループに渡したいんだって。」


「と、いいますと?」


「オーディションだね。」


「わお。」


「ということで来週土日スケジュール抑えられちゃった。」


「頑張ってね。浮気は1人までだよ?」


「浮気しねえから。いや、1人なら良いのかよ。」


「ハイハイ。」



その後家に帰るのがめんどくなって、2人でお泊まりした。

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