第119話 大きなお買い物


9月に入って秋学期が始まると、いつも通りの日常が始まった。

朝起きてピアノを弾き、大学に行き勉強し、そしてまた家でピアノを弾く。


ピアノを弾き始めた頃よりは、効率は落ちてしまったがそれでもまずまずの練習量と効率ではあると思う。


何よりも音楽に携われているということが嬉しか思う毎日だ。




変わったことといえば、仕事が増えたことだろうか。

そもそも、作曲家は意外と飯が食える職業である。

一発当てても大きいし、細く長い作曲家でも、ある程度まとまったお金が継続的に支払われる。

一式いくらいくらで〜という契約が1番多いだろうか。



だから私もGクラスのベンツを維持できているし、曲のイメージを固めるために海外に行ったりすることもできる。

まぁ車に関してはなおちゃんのだから、維持費だけだしいいか。



仕事が増えたということは、単価も上がり、お金が入ってくる期間も長くなるということだ。

お金があるっていいことね。






「と、いうことで。スタジオ買いました。」


「「「!?!?!?!?」」」


「場所は四谷。」


「「「!?!?!?」」」


「居抜きでいいスタジオがあったから買っちゃった」

私はピースサインを両手で作りながら言った。



「い、いくら…?」

口火を切ったのは実季先輩。



みんなが唾を飲み込んだあとが聞こえた気がする。



「えーと、諸々込みで6億に近い5億。」



みんなが息を呑んだ。



「特大ローン組みました」




「「「!?!?!?!?!?」」」




「結構広いから行ってみようか。

もう内装も終わって、来月一日からオープンだよ。」



ということで、チャイナブルーのベンツを転がして四谷のスタジオに。



「ここでーす。」

ついた建物は一階が駐車場で、その上部には二階分の建物がある物件。




「一応土地と上物合わせて2ね。内装で4弱。」


「ほぇー…。」


「立派な…。」


「スタジオって初めて来たかも。」




私と、音響技師さんと、設計士さんで何度も膝を突き合わせて協議に協議を重ねた結果生まれた最高のスタジオである。


別に由緒ある機械を使っているとかではない、使う人が使いやすくて、痒い所に手が届くスタジオを目指した。


「一応3階の1番奥のスタジオブースがうち専用だから基本的にいつでも空いてるスタジオね。

後の他のブースはレンタルスペースとして使います。

広さは、けっこうな大きさのビッグルームが1部屋、ライブハウスクラスのレギュラールームが1部屋、あと録音ブースが大2、小3の合計7つだね。」

まぁ早い話ライブハウスのビルだよね。

防音もばっちり



置いてあるピアノは2台で、一つは竪琴のマークのニューヨークから買い付けたアンティーク並みのグランドピアノ。

これがまたよく鳴るんだ。


もう一つはオーストリアの古い公民館から見つかった拡張鍵盤付きのグランドピアノ。

こちらも現地で買い付けて空輸してきた。

かの有名なリストが弾いたことがある現物のピアノだとかそうでないとか。

私はリストと同じように割と激しい演奏を好むのでピッタリである。




多分このスタジオにある機材の中でトップクラスに高価なもの二つだ。

一応他のスタジオに移動もできるが、仕様については要相談といったところだ。




「本格的だ…。」


「このスタジオはもう系列会社ということで運用していくからちゃんとしたくてさ。

元々の、音楽スタジオが結構小さい部屋しかなかったからぶち抜きで作り直したりして結構お金と時間かかっちゃった。」


「もしかして、これで6億って安い…?」


「いや、緋奈子流されちゃだめよ。

ちょっと待っていつから計画してたの?」


「アメリカ行く直前、かな?

目産のギャラ頭金にして買ったから、ここ。

あと、スタジオの相場ってよくわかんないけど多分破格。

新築で同じの作ったらゼロが一つ増える。」



「ほら。破格だってさ、幸祐里。」



「うー。ちゃんと運用できそうなの?」



「まだスタートはしてないけどスタジオ予約バンバン来てるから多分黒は出るはず。

スタッフさんも色んな知りあいのツテで凄腕集めてきた。」


うちのスタジオの利用代金は結構高い。


高いけど今回入ってもらった技師さんの知り合いとか私の知り合いのミュージシャンとかにも何度か使ってもらって意見を出してもらったりしたので使いやすさはピカイチだと思う。


スタッフさんもたまたま手が空いてた凄腕のPAさんとかに来ていただいたのでかなりすごいスタジオとなっている。なお気難しいスタッフな模様。


「なんかすごそう…。」


「うん、スケール感がすごい。」


「ちょっと私空いてる日予約してくる。」


「まぁ四谷っていうのがアクセスも良くてね。

いいかなと思って買いました!」


「ちゃんと家には帰りなさいよ?」


実季先輩の小言が耳に痛い。


「いや帰るけどさ…。」


「だって。どう思う?幸祐里。」


「いや、絶対帰んないでしょ。

学校近くて、ピアノあって、録音環境あって。

ヒロのおもちゃ箱みたいな部屋じゃん。ね?緋奈子。」



「私たちとしてはやっぱり家に帰ってくれる方が安心は安心だよねぇ。

べつにみんな一緒に暮らしてるわけでもないから、私たちは信じることしかできないんだけど。」




物事は、あーしなさいこーしなさい言われるよりも信じてるよって言われるのが1番心に堪える。


「出来るだけちゃんと家には帰ります…。」

その一言で、みんなが振り上げた言葉の拳を収めてくれた。



「ん?出来るだけ?」


「そこはいいじゃん!納期迫ってたり、スケジュール迫ってたりしたらわかんないよ。」


「まぁいいけど。」

厄介なことに気づくんじゃないよ。

ややこしくなるんだから。



私達はスタジオ見学を終えるとそのまま晩御飯を食べに行った。


そう。見学を終えた今、すでに結構遅い時間なのだ。


なぜかというと、2台のグランドピアノを見た先輩はいの一番にピアノ椅子に座りピアノを弾き始めたのだ。

しかも竪琴マークの方。

私も私で、わざわざ低音拡張タイプを残したということは私に弾けと言っているのだろうと解釈して椅子に座りセッションを楽しんだ。


そしたら幸祐里も緋奈子も興が乗ったのか歌い始めた。


曲目がたまたま最近よく聞くjpopを私達流で再解釈して作り直したアレンジバージョンなので歌いやすかったのだろう。


たまたまその日スタジオにいて、2人が歌ってるのを聴いたリーダーさんがデビューさせたいと私にいってきたのはまた別の話。

そんなことがあって、あっというまに夜の始まりといった時間になってしまったのだ。



やってきたのは銀座のお寿司屋さん。




「まだヒロが帰ってきてからお帰りなさい会やってなかったからお帰りなさいアンドお疲れ様会ということで奮発しました!」


「え!?ここ私でもしってる高いところじゃ…。」


「細けえこと気にするんじゃないよ。」


「いいのいいの!お祝い事だから!」


ここまでしてもらっては楽しまないのがかえって失礼。

ということでお寿司を存分に堪能させてもらった。

ありがとう、みんな!

今度何かでお返しします。



このお寿司屋さんはまた来たいなと思いました。

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