第118話 あいさつ回り。



「うっす。お久しぶりです。」


「おぉ!ヨシ!帰ってきたか!」



私がやってきたのは銀座の叔父さんのバー。

無事帰国した報告をしにきた。




「無事、なんとか。」


「アメリカはどうだった?」


「世界は広いですね、やっぱり。

たくさんのシゴキと、刺激を受けてきました。」


「シゴキ?」


「やっぱりあるんですよ、変な権力者のいざこざとか。」


「ほぉー、まぁ確かにそれはどんな世界でもあるわな。

なおちゃんもハラワタ煮えくり返ったことは山ほどあるなんて言ってたし。」


なおちゃんがそんな経験してたなんて初耳だ。

そういう部分は見せないようにしてくれてたのかな?

やっぱりなおちゃんはお姉さんなんだな。



「まぁそうなんだろうね。

とりあえず帰国できたっていうのと、また大学通い始めるっていうので御連絡。」


「うい。バイトはどうする?」


「ちょくちょく音楽系の仕事も入るようになってきたから当面は無しで。

ピアノバーの方はまだ続けるけど。」


やはり生のステージに立ち続けるというのは大事なことだと思う。

ステージ勘というのか。

これはずっと磨き続けたい。


私はそこに関して非常に恵まれている。

ファンがいて。交流の場があって。

私の演奏を求めてくれている。

これほどありがたいことはない。




「そうか、頑張れよ。」


「うん。ありがとう。あ、あとこれお土産。」


「おう、ありがと…う。」


「なんかアメリカっぽい物なくて。」

叔父さんには自由の女神像のライターを買ってきた。

叔父さんはライターを受け取るとそのままカウンターの端っこに置いた。


バーでは他の講師の先生にも軽く挨拶をしてからお暇した。



と、いうことで次はピアノバーだ。

チャイナブルーのG63ロングを転がしてオーナーのところへ。


まぁ車でわざわざ行くほどの距離でもないんだけど。




「オーナー?」


「あら!帰ってきたのね!!!」


「お久しぶりです。」


「アメリカどうだった?」


「ボチボチですね」


「あら、珍しいわね、そんな弱気発言。」


「やっぱり世界は広いです。

私が作った交響曲は学院に買い取ってもらいましたし、メディアでも私の曲使ってもらえ始めましたし、ピアノのコンテストで学内最優秀賞ももらいましたけど、私なんてそんな…。」


「うわ〜。腹立つ〜。

こいつアメリカで新しい煽り方覚えてきたわ。」


「いやいや、そんなそんな。」


「まぁ、相変わらず穏やかな笑顔で毒吐くのは変わってないみたいね。」


「おかげさまで。」


「バイトどうする?」


「やっぱりステージには立ちたいので、また雇ってくれますか?」


「もちろん。

あんたがいない間私が弾いてたんだからね。

お客さんもたくさんあんたのこと待ってる。」


「え、オーナーも弾けたんですか?」


「あんたあのピアノ誰のだと思ってるのよ。」


「まぁそりゃそうですけど。」


「ということで、次からよろしくね。

凱旋ライブもまたやりましょう。」



「ぜひよろしくお願いします。

じゃあライブはまた、詳細決まりましたら詰めていくということで。」


「よろしくね。」


「あ、あとこれお土産です。」


「あら、ありが……と?」

オーナーに渡したのはアメリカ国旗。


「アメリカらしい物っていうのがなくて。」


「う、うん、ありがとう。」

オーナーの顔は引きつってた。

なんでだろ?



そのあとは特にすることもないので、そのまま実家に向かう。

ちゃんと電話はしたけど、会って報告もしとこう。


そのまま車を転がして1〜2時間。

びっくりするほどの田舎でもなく、まして都会では決してない私の地元に到着する。


下道に降りてしばらく。

私の家が近くなってきた。


「あれ?」


家が無い。

正式に言えば、家の周りに足場が組まれ、敷地内に新しい建物が建ちはじめている。


「お、吉弘。」


「父さん。これなに?」


「今家建ててんのよ。

なおちゃんが家建て替えるって言い出して。」


「稼いでるねぇ。」


「税金対策とか言ってたけどなぁ。親としてはなんか複雑だよな。」


「まぁ、その気持ちはわかる。」


「自分が家帰った時に、ちゃんと練習したいからっていうので裏山も買った。」


「!?」


「裏山も買った。

そんでそこに打ちっぱなしも作った。」


「スケールがメジャー級…。」


「だよなぁ…。」


父とはそんな話をしながら旧宅の方へ。

すると母も出てきた。




「あら!帰ってきたの!?

帰ってくるなら帰るって言いなさいよ!!」


いっつもこれだよ。


「まぁ今日は泊まらないからご飯だけよろしく。」


「はいはい、なんか食べたいものある?」


「魚。」


「わかった。」

母は慌ただしく家の中に消えていった。

あー。実家に帰ってきた気がする。



晩ご飯は煮付け、刺身、炊き込みご飯といった魚尽くしのメニューだった。

そこで、無事留学期間を終え、帰国してきたことを伝えた。




「まぁ、お疲れさん。しっかりと頑張れよ?」


「そうよ、もう直ぐ卒業なんだからね?就活もそろそろ始まるだろうし。」と母。



実際のところすでに業を得てお金を稼いでいるので就活するつもりは毛頭なく、なんなら海外の音大に院進学しようとしてる。

しかしそれをここで言うほど私もアホでは無い。


「わかってるって。ちゃんと考えてるよ。」


「ならいいけど…。」

なんか腑に落ちない様子の母。



母からのお小言を聞き流しながらおいしい晩ご飯を食べてから、車で六本木の家に帰る。


泊まって行けとも言われたが、明日が朝早いのでと辞去する。






「じゃ。またね。」


「おう、気をつけてな。」


「次来るときは連絡するのよ?」

毎回連絡してるってば。


「ういー。」




そして私はまた車を転がして家へと帰る。

明日は朝から練習しよ。

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