第112話 アメリカの春
「わー!ここがニューヨークかぁ〜!」
今ここではしゃいでいるのはひなちゃん。
前回一時帰国の際にニューヨークに呼べ呼べというのでご招待差し上げた。
どうしてこの時期に呼んだのかというと、この時期、ジュリアードの学生によるコンサートが開かれるのだ。
私も留学生ながらコンサートを開く許可が下りたので仲良くしてくれている友達を集めて室内楽のコンサートを開くことにした。
それにひなちゃんをご招待差し上げたということだ。
幸祐里じゃないの?という声もあると思うが、幸祐里にはもともと断られていた。
毎度毎度のことながら今年も単位がやばいらしい。
幸祐里のやばいは、我々のやばいと一線を画している。
幸祐里のやばいは、我々でいう手遅れとほぼ同義である。
ということで、もともと誰か呼ぶか呼ばないかで迷っていたところ、ひなちゃんが呼べ呼べというのでお呼びした次第である。
「ひなちゃんはニューヨーク初めてだっけ?」
「うん、ニューヨーク行くよりロシア行っちゃうから。」
「そっか、ロシアの方が近いしね。」
「そ!おじいちゃんおばあちゃんの家もあるから。」
「ロシアのときは本当にお世話になりました!」
「いえいえ〜!」
そんな世間話をしながらニューヨークを案内する。
タイムズスクエアやセントラルパーク、1ワールドトレードセンター展望台など。
とくにワールドトレードセンター跡地に建てられた1ワールドトレードセンタービルの展望台は全米1の高さを誇る展望台の一つで、その景色は圧巻だった。
展望台を後にした我々はニューヨークタイムズ誌のビルの中に入っている有名ステーキ店に晩ご飯を食べにきた。
「あ!ここ知ってる!」
「お?知ってる?」
「最近日本にも出店してて、すごい人気だよ!」
「そういえばそうだったね、日本にもあった気がする。」
たしかに六本木ヒルズにも出店していたような。
「食べたことなかったから楽しみ!」
「そういう私も食べたことないんですけどね。」
「ないんかい!」
2人の間にほっこりとした空気が流れる。
大量の肉を摂取した私たちは店を後にして、ひなちゃんをホテルに送り届ける。
私が下宿している家に泊まってもらってもよかったのだが、ひなちゃんが畏れ多いというのでホテルを手配してあげた。
ホテルを予約しているうちに、そのホテルが良すぎて私も泊まりたくなったので、ツインの部屋を予約した。
下心はない。一切。
予約したホテルはマンハッタンを象徴する建物の一つ、クラウンビルに入るアマンニューヨーク。
きっと知る人なら、予約してあげてるうちに私も泊まりたくなったというのがわかると思う。
昼過ぎに空港にひなちゃんを迎えに行ってそのまま観光しているので、ひなちゃんの荷物はラゲッジスペースにそのまま積んである。
私の荷物ももちろん積んである。
車はゲレンデではなくGTR。
せっかくならと思ってこちらにしたのだ。
案の定行く先々でバシャバシャ写真は撮られたが。
そしてホテルにチェックインするために前面車止めに車を入れるとドアマンが飛んでくる。
予約客であることを話し、その確認が取れると中から、今度はベルスタッフが飛んできて荷物をカートに乗せて案内してくれる。
「いいホテルだね。」
「でしょ?」
部屋に着くと、荷ほどきをして明日のタイムスケジュールについて話をする。
「明日は14時からコンサートだけど大丈夫?」
「大丈夫とは?」
「いや、1人で来れるかなって。」
「大丈夫よ。英語とロシア語は基本問題ないから、道聞くくらいなら何とかなる!」
「それならいいか。私は明日朝から会場でリハーサルしてるけど、連絡はつくからなんでも連絡してね。」
「おっけー!明日楽しみにしとくね?」
「そう言われると緊張しちゃうなぁ。」
「またそんなこと言っちゃって〜。」
そんな感じで世間話をしながら世は更けていく。
そしていよいよ寝ますかということで、電気を消す。
私は私のベッドで横になっていたのだが、頭の中をこの前のことが駆け巡る。
意識しないようにしてたけど、意識しちゃうともう止まらない。
私だって男なのだ。
有り余る欲望を音楽と筋肉にぶつけているだけのただの男なのだ。
女性経験は無いとは言わないが、かなりご無沙汰である。
悶々としてしまう。
自分にそんな欲望は無いものと思っていたがしっかりと残っていたようだ。
今誘われたら確実に襲ってしまう自信がある。
「ねぇ。もう寝た?」
「寝た。」
「起きてるじゃん。」
「起きた。」
「…そっち行っていい?」
「ダメ。」
「もうきちゃった。」
ごそごそと布団がめくられ、私のベッドにひなちゃんが入ってきた。
あぁ〜めっちゃいい匂いする。
そして密着度がやばい。
ひなちゃんは私の腕を持って強引に腕枕の態勢に持ち込む。
ひなちゃんの顔が私の首筋あたりに埋められる。
ひなちゃんの吐息と、わずかに湿った髪がくすぐったい。
「眠れないの?」
「うん、ひろくんがいるからねむらないの。」
「大変だ。」
今、ひなちゃんは眠れないではなく、眠らないと言った。
眠らないのか。
ならもう少しお付き合い頂こうと思う。
夜は更けていく。
大きな窓から差し込んでくる日の光で目が覚める。
ちょうど枕元に大きな窓があるので気分がいい。
「おはよう。」
「お、おはようございます…。」
ひなちゃんがめちゃくちゃに照れている。
いや、そっちから誘ってくれたじゃん。
その誘いに答えただけじゃん!
まぁ、
添 い 寝 し た だ け
なんですけどね。
すごいぞ我が理性。
手を出して後々ギスギスするのも嫌だったっていう大きな理由があるんですけどね。
大事な大事な演奏会の前にそんなことしてメンタルがたがたで演奏なんt出来るわけないっしょ。
「朝ご飯食べにいこっか。」
「いく!」
ひなちゃんが嬉しそうに万歳した拍子に彼女の体を覆っていた布団がはらりと落ち、彼女の体を晒す。
抱きつかれてる感触でわかってたけど、ひなちゃん寝るときは裸族なんだよね。
朝から眼福です。南無。
「拝むな!!」
「早く服着な。」
「わかってるよ!」
朝からドタバタですが、今日は本番です。
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