第110話 一時帰国6


「こんな時間に意味わかんないんだけど!」


「でも、出てきてくれたじゃん。」


「…うん。」


「ドライブ行こうか。」


「…行く。」


幸祐里を乗せてとりあえず首都高に乗った。

なんのプランもないが湾岸を流してみようかなと思う。


「最近どうよ。」


「…なんで連絡してくれなかったのよ。」


「え?」


「なんで日本帰ってきてるのに連絡してくれなかったのかって聞いてんの!!!」


「まぁ、なんとなく…かな。結構仕事の予定とかも入ってたし。」


仕事を言い訳にするなんてなぁ。

ずるいよなぁ。


「…そっか。」


「ごめんね。」


「ううん、ドライブ誘ってくれたから許してあげる。」


「ありがとう。」



胸が少し痛んだが、少し大人になった幸祐里のおかげで

その後はなごやかに話ができた。気づいたらもう横浜まで来た。


「せっかくだから夜景見ていこうか。」


「うん!!!」


横浜で高速を降りて外国人墓地の方の山に上がっていく。

案外よく夜景が見えるんだよね。

近くのコインパーキングに車を止めて、道中買った暖かい缶コーヒーを持って外に出る。


「そういえば、ヒロに会うの何ヶ月ぶりだろ?」


「8末に向こうに行ってからだから半年弱くらい?」


「その間日本には一回も?」


「いや、仕事で帰ったり、家の掃除しに帰ったりとかで1日とか2日とか短期の帰国はあったよ。」


「そうなんだ?大変だね。」


「まぁ、自分で選んだ道だし。なにより飛行機好きだしね。」


「またそんなこと言って。どーせCAさん目当てでしょ〜?」

幸祐里が冷たい目を向けるが、私は背中びっしょりだ。

監視されてんのか!?



「まさか。単純に飛行機が好きなの。」


「たしかに、飛行機って非日常感あるよね。」


「そう、離陸の瞬間が1番好き。」


「そうなんだ。」



そこからしばらく会話は途切れた。

2人してぼーっと夜景を眺めた。

冷めてしまった暖かい缶コーヒーの残りを口に流し込む。


「そろそろ帰ろっか。」


「うん。」


車までの短い道のり、幸祐里から手を繋いできた。

なんでそんな優しくするかな。

いろんなことを考えさせられる夜だった。




次の日。


いよいよピアノが恋しい。

電子じゃなくて本物が弾きたい。

そうなると行くところは限られている。




大学のピアノ練習室だ。




この大学の練習室に来るのも久々でかなり懐かしく思える。

運良くいつも使ってた小部屋が空いていたので使わせてもらおう。



いつも通りの指の体操から。

何十、何百、何千、何万と繰り返してきた指の体操。


今更教則本を見るまでもない。気をつけるところはすでに頭の中に叩き込んである。

いつも通りの練習を今日は長めに2時間。

いい具合に温まってきた。


あとは取り組んでいる曲をひたすら弾き込む。

気に入らないところは何回でも弾く。

磨き上げた一音を組み合わせて一小節に。


その一小節が組み合わさると珠玉のワンフレーズに。


そのワンフレーズが至高の一曲につながるのだ。

だから気に入らない一音は気に入る一音になるまで弾き込む必要がある。


そうやって一つ一つ気に入らないところを潰す作業をしていると没頭してしまう。

時間のことが頭から抜けて、気づいたら夜なんてこともザラ。


今日だってそう。

気づいたら集合時間。

ひなちゃんとの。




まぁ練習室にいるよってメッセージ送っといたから来てくれるでしょう。

そんなことを考えてたらノックの音。


小窓から外を覗くとひなちゃんだ。


「ひなちゃんお疲れ〜」


「ヒロくんも練習お疲れ様。」


「まぁ好きでやってることだから。今日なに食べに行く?」


「肉!」


「じゃあお肉いきましょうか。」


「わーい!!」


持ち込んだ荷物は多くないが、タブレットなどを片付けて、ピアノの鍵盤を拭き上げて練習を後にする。

車に向かう道中、ひなちゃんの近況報告を聞きながら相槌を打つ。


そして車に到着するとひなちゃんが一言。


「車小さくなった?」


「これは代車。本当の車はアメリカにあるから借り物だよ。」


「なるほど!そういうことか!

ひとまわり小さくなってるし、色も違うし、全体的に丸くなってるし何事かと思ったよ。」



たしかにゲレンデは四角い。

弁当箱みたいなフォルムだ。

それに比べるとイヴォークは丸みを帯びているというのもわかる。


「この車もかわいいでしょ?」


「うん、かわいい!」


「じゃいきますか!」


「はーい!」


懲りない私の夜はまだまだ始まったばかりである。

そして向かったのは赤坂。

最近この辺ばっかりだな。




赤坂にとても美味しい焼肉屋さんがあると聞いたので前々から行きたかったお店があるのだ。

ホルモンがめちゃくちゃおいしいので有名らしい。

お店について説明を受けるとメニューは基本お任せがメイン。


その日ある肉の部位と、その日の気分でシェフが組み立ててくれる。


今日はひなちゃんががっつり肉を食べたい気分だったのでひなちゃんの気分をお店の方にお伝えする。

するとめちゃめちゃでかいサーロインが運ばれてきて、本日のおすすめがこれですと。


よだれ溢れちゃうよ。

これを焼きしゃぶにしていただくらしい。



それからしばらくして前菜の浅漬けキムチが来て、それを食べながらひなちゃんの話を聞く。

いや、このキムチめちゃくちゃうまいな!?!?




曰く、ひなちゃんにも色々あったと。


芸能事務所にスカウトされたり、ミスコンに出たり。

ミスコンは異例のグランプリ2人受賞だったらしい。

その2人とはひなちゃんと幸祐里。

幸祐里そんなこと一言も言ってなかったな。


全くすごい2人だよ。


関東の有名私大のミスコングランプリといえばもう局アナまでの道が開けたようなものだがひなちゃんもそっちの道に進むのかな?


「アナウンサーとか目指すの?」


「無理無理!あんな早起きしてニュースとかできないよ!

しかもアナウンサーって会社員なのに芸能人みたいな扱いされるの怖すぎる!

割りに合わないよ!」


「たしかにそう言われるとそうだね…。」


言われてみればただの会社員なのにやってることはかなりハード。

お給料も一般企業に毛が生えた程度。

芸能事務所に所属する本当の芸能人に比べると天と地ほどの差がある。




「じゃ何かひなちゃんはやりたいこととかあるの?」


「うーん、究極大好きな人のお嫁さんがやれたらなんの文句もないかなって。」


そんなじっとこっちを見ながら話すなよ。

勘違いしちゃうだろ。


「仕事は?」


「仕事かぁ。仕事ねぇ。」


「やりたいことないの?」


「ハードにゴリゴリ頑張りたいっていう仕事はないかな。

好きなことを好きなように、好きなだけやりたいから、強いて言うなら研究とか?」


「ほう。」


「だから院に進むのもありかなぁとか漠然とだけど考えてる。」


「いいじゃないのよ。」


「あとはモデルとか。」


「また毛色が違うねぇ。」


「芸能事務所からいくつか声がかかっててね。

雑誌のモデルとかならやってもいいかなって。

テレビとかはあんまり出たくない。」


「そうなのね。」


「私のこと知らない人にとやかく言われたくないんだよね。

知ってる人にだけちゃんと伝わればいいと言うか。」


「ほう。」


「だからモデルとかならちょっとやってみたい気持ちはあるかも。」


まぁひなちゃんほどの美貌なら事務所がほっとかないよ。

所属したら絶対テレビに出るようになると思う。

だから私はこう言う。


「よかったらうちの事務所来る?」


「えっ?」


「私、実は自分の事務所持ってるの。

芸能事務所っていうわけじゃないんだけど、芸能の仕事の窓口にしてるところ。」


「そっか、ヒロくんピアニストだもんね。」


「別にどんな仕事が紹介できるっていうわけじゃないんだけど、ひなちゃんがやりたくないことを通すことができる事務所。

芸能の世界でゴリゴリやってくつもりが無いならおすすめだよ。

社長の私がそもそも真面目に仕事してないから。

お給料は完全歩合制。」


「え、最高じゃん。入る入る。」


こうして弊社所属タレント第一号が生まれた。


「たぶん幸祐里も入るよ。」

すぐに第二号も生まれそうだ。


「あいつそんな道に進むの?」


「やりたいこと特に無いみたいだし。

大学生の間は面白そうなこと全部やるって言ってたよ。」


「へぇー、というかひなちゃんと幸祐里そんな仲良かったっけ?」


「もともとライバル関係だからそれほどでもなかったんだけど、ヒロくんがアメリカいっちゃったから仲良くなっちゃって。」


「ライバル関係。」


「そ、ライバル。あ、詳しく聞く?」


「やめとく。」


「ヘタレ。」


「ぐっ…。」


「アメリカ呼ぶとか言いながら全然呼んでくれないしさー。」


「うぐぐ…。」


「っていう愚痴を話してたら本当に意気投合しちゃって!」


「こえぇよ…。」


「まさか登場人物増えたりしてないよね?」



「そこは、大丈夫です、ハイ…。」




頭の中を早川さんがよぎる。

そしてジェシカもよぎる。

ひなちゃんの顔が険しくなる。


「今違う女の子のこと考えたな。」


「いやとんでもない。」


「言え!」


「大丈夫っす!」


しばらくにらみ合いが続く。


「もう、程々にしてよね…。」

先に折れてくれたのはひなちゃん。


「すいません…。」


「別に遊ぶのはいいのよ。

遊ぶのはいいんだけど、私たちの関係にもちゃんと責任持ちなさいよっていう話。」


「ハイ…。」


「わかってんでしょ?ほんとは。私たちの気持ち。」


「うっすらとですが…。自惚れでなければ…。」


「それで正解だよきっと。

なのにさぁ、全然手出さないしさぁ。

遊ばれてんの?私たち。」


「いや、不義理なことはしたく無いというか…。」


「それもそれで女の子にとっては辛いんだよ?」


「えっ?」


「自分に魅力ないのかな?とか色々考えちゃうでしょうが。

中途半端に振り向いてるのが1番生殺しなんだよ?

誰のことかは言わないけどさ。」


これは目から鱗である。

手を出さなければセーフかと思いきやそうではないと。

女の子に恥かかせないっていうのは気を付けてきたけど、そういうことか。

勇気振り絞ってたんだ、女の子も。


「なんかスッキリした顔してるね。」


「うん、考え方が変わった。」

頭の中にコペルニクス的転回が起こった。


そんなところで、薄切りのサーロインが届く。


でけえ。


「おいしいね。」


「うん、すっごいおいしい。」

2人で一心不乱に肉を食う。


ペロリと平らげた後はデザートを待つタイム。


「で?コペルニクス的転回がおきたって?」


「うん、ちょっと付き合い方が変わっちゃうかもしれない。」


「あら。」


「深くなっちゃうかもしれないし、疎遠になっちゃうかもしれない。

だって1人とか選べないし。」


「はぁ〜……。こうなると思った。

だから言うの嫌だったんだよ…。」


「????」


「まぁいいよ、ヒロくんはそう言うと思った。

来るもの拒まず、去る者追わず。」


「おぉ!正解!」


「まぁいいよ、私は受け入れるタイプとだけ伝えとくね。」


「う、うん。」

なんか顔が赤くなってきた。


「そのかわり、2人でいる時は一番の女でいさせて。

他の女の子のことじゃなくて、私のことだけ考えてて。

っていうタイプなんだよね。」


なんか遠回しに告白されてるような。


「わかった。」


「うん。」


しばらく無言で赤面する私とひなちゃん。


「あ、デザートきたよ。」

デザートは苺のソルベ。

赤面した2人の顔が苺みたいだねって喧しいわ!


苺はめちゃくちゃ美味しかった。

そのあとは普通にひなちゃんをお家まで送る。


だってねぇ?

そのままの勢いでとか思われたら嫌だし。


「今日はありがとう。」


「こちらこそ。

お付き合いいただいてありがとうございます。」


「こっちのセリフだよ。」


「ねぇ、」


「ん?」


「ひなちゃん、3月って空いてる?」


「?まだ先の話だけど、なんも予定は入れてないよ?」


「わかった、じゃあ後で連絡するね。」


「よくわかんないけどわかった。楽しみにしとくね。」


「よろしく。」


「うん、じゃあね。」


「はーい。」

と思ったところで頬に柔らかい感覚が。




えっ、と思ったら、車を降りたひなちゃんが、いつの間にか私のそばに立っていたずらな笑みを浮かべてじゃあね!と言ってエントランスの中に消えていった。



「たまんねぇな。オイ。」



ぽーっとしたまま車に乗り込み、私は車を家へと走らせる。

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