第97話 連れてこられたのは。



連れてこられたのは、いかにも!

といった佇まいのフグ料理屋。

完全個室でメニューはコースのみ。


一見さんお断りなのでは?と思ったがそこはなんとかなったらしい。

というか、都内にそんなお店は、今はもうあんまり無いとか。

さみしいね。


女将さんに案内されて奥の個室に通される。

そこで驚いたのだが、なんとメニューはないらしい。

個室で女将さんと三人で世間話をしてどれくらいのコースを出すか決めてくれるとか。

まぁ接客に自信ないとそんなことできないよな。



でもどうせなかなかのお金払うなら、学生さんだからといって変に気遣われたメニュー出されるのもなぁと思いつつ何が来るのかを楽しみにする。



「何が来るんだろうね?」


さっきまでの不機嫌そうな様子はどこへ捨ててきたのやら、目をキラキラさせて楽しみにしている幸祐里。

まずやってくるのはお通し。


夏らしい季節の野菜を使ったお通しで、見た目にも美しい。


そして、お次は、待ってました天然ふぐ刺し。


向こう側が透けるほど薄く引かれたお刺身をお店特製のポン酢でいただく。


二枚引きといって、厚めに一度引いたものに包丁をもう一度入れて開いてあるお刺身の切り方らしい。


そうすると満足感が違うのだとか。


そして、小ふぐ西京焼き。

これもまたね?もう言葉はいらないね?

いい香りとしまった身のプリプリが最高でした。




今日は私は車だし、幸祐里は酒を飲まないので、ふぐ白子焼は少し少なめにしてもらった。


車だろうとそうじゃなかろうと、そもそも日本酒どころかお酒飲めないし、白子ってあんまり得意じゃないんだよね…。


その分お刺身を増やしてくれていたのは嬉しかった。



ふぐ唐揚げは、同じ唐揚げでもここまで違うのかと。絶句でした。

そして、締めの天然ふぐちりと雑炊。

ふぐちりって鍋の中でもトップクラスだと思うんだ。

アンコウ鍋と水炊きとふぐちり。


この三つは本当に世界三代鍋料理と言っても過言ではないと、心から思ってる。

ここのふぐちりも、想像と違わず大変美味でした。

ピアノ始めてよかった。

こんな美味しいもの食べられて。






デザートを食べながら初めて会話をする、






「人って蟹食べてる時無言になるっていうけど、ふぐもだね。」


「うん、口を開くと旨味が逃げそうな気がしてもったいなくて。」


「わかる。」


根が小心者なので、そんなことを考えてしまうのだろうか。

きっと次ここにくることがあればアメリカから帰ってきた時であろう。



幸祐里が御手洗いに行ったのと入れ違いに女将さんがやってきて、会計を差し出す。




「やっぱくるよねぇ…。」

恐る恐る金額を確認する。


「………ーッ…。」


震える手でANAの学生クレジットカードを差し出す。

飛行機に乗ることが多いので、その決済用に作ったカードだ。

マイルが溜まって嬉しいね。


「あ、領収書ください。宛名は藤原事務所で。」


せめて交際接待費で落ちますように…。

決済が終わり、ちょうどのタイミングで幸祐里が帰ってくる。


「よし、じゃあ行きますか!」


「うん!」




そのまま店を出ようとすると、幸祐里が会計は?というのでもう払ったよというと、釈然としない顔をしていた。



車に乗り込むと、いくらだった?と聞いてきて払おうとする。

おいおい、これが一応合コンのテイならカッコつけさせておくれよ。


「ん?大丈夫。思ったほどじゃなかった。」



嘘だ。

ほんとは思った通りだった。




幸祐里は私の意図を察してか、すんなり引いた。


「じゃ次は私ね!」


「お願いします!」

そのあとはすんなり幸祐里を家まで送り、解散の運びとなった。

なんとなく、このまま家に帰るのも気分じゃなかったので、首都高を流す。




高速に合流して、音楽でも流すかと思った時にいい曲がない。




いや、正式にはたくさんあるのだがどれもピンとこない。

今の気分じゃない。

どうしたものかと考えながら車を転がしているとなんとなくリズムやメロディ、テンポがまとまってきてしまった。




「作るか。」




たまたま近かった用賀PAに車を止めて、荷室に積んだままになっていた新品の小ぶりなキーボードの外装を開ける。


「めんどくさくて積んだままにしてたんだよね…。」


小ぶりなのが持ち運びやすくていいなと思って買ったのだが、小ぶりなので使い道が限られるということに気付いて車に積んだままだったのだ。


最近の車はコンセントもついてるからなんとかなるでしょ。


ヘーキヘーキ。




後部座席にキーボードを置き、スマホの録音を起動して、頭に浮かんだメロディをどんどん録音していく。


とりあえず、頭の中に浮かんだものは録音し終えたので、キーボードをまた元どおりにしまいなおして運転席に戻る。




「そしたら、さっき録ったやつを無線で接続して…。」




直録りなので少しノイズが入るのがまた心地よい。

インストサウンドだけの物足りなさもいい味を添えている。


90年代風シティポップ風味の少し切ないメロディだ。


明日はこれを完成させようと思いつつ家を目指す。




まぁまぁ流すつもりが相当早く切り上げて家に着いてしまった。

寝るまでにはまだもう少し余裕があるので私のドライブ用音源を完成させてしまおう。




録ったときはキーボードしかなかったからキーボード音源だけど、頭の中ではシンセなんだよなーと思いつつピアノ室で、ピアノのすぐ横に置いてある最近買った、少し大袈裟なのでは?と思うほど大袈裟なシンセサイザーを立ち上げ、パソコンを接続する。

まだ機能については熟知しているとはいいがたい。



スマホで録音したのを流しながら、所々変えつつメロディーを打ち込む。

曲作ってると独り言増えるよね。




「そうそうそう…。

ここでちょっと遊んじゃったりなんかしてね。




あー、良い。


いいよ。いい。




これもいいけど、こっちも…。


おー、うん。そう。

そうそうそうそう


あ、それそれそれ…。

あえてバス抜いてみるか…?」




こんな感じで曲が完成したのは2時。




やべぇ、寝なきゃ先輩が来る…。

先輩は悪い子を怒りに来る東北の鬼ではないので家に来ることはないのだが。




今日は素直にお風呂に入って寝ます。


おやすみなさい。

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