第96話 権利の話。


「不労所得?」




「そう不労所得。」




世の中悪いことも良いことも教えてくれる人はいるもので、権利関係は大丈夫なのか?とバーの方で心配してくれる人がいた。


なんでも、作曲家には著作権が発生するらしく、しかるべきところにちゃんとした手順を踏んで登録すると色々とお金がもらえるのだとか。


これまで演奏会で演奏したもので、権利がまだ生きてるものに関しては使用料的なものを払ってはいたけど、作曲家印税についてはよく考えてなかった。


道理で先生から毎月お金が振り込まれるわけだよ。




私の出世作である「gone wind」はどうなってるのだろうか?


リーダーさんに聞いてみよう。

バーのバイトが終わって、家に帰ってきて電話をかけようとしたけど、

時計を見てさすがに遅すぎるかと思い、明日確認することにした。



そして翌日の昼間。

「もしもし?リーダーさん?いま大丈夫ですか?」




「おぉ、先生!この前はありがとうございました。

もちろん大丈夫だよ。どうした?」




「gone windの権利関係ってどうなってるの?」

あいまいで漠然とした質問になってしまったけど

初めてのこと過ぎてよくわからなかったのでざっくり投げてみる。



「先生には作曲家印税が振り込まれるようになってるよ?

うちの事務所の法務関係の担当者がちゃんと手続き踏んだから。


あ、そうそう、うちの事務所の人が言ってたんだった。

先生の事務所に電話かけても全然つながらないって。」




あぁ…


申し訳ない…。


私が仕事をさぼったせいで…。


申し訳ないので事務所の連絡先を教えてもらって、すぐに電話した。




「すいません藤原事務所の藤原と申しますが…。」




「あぁ!折り返しのご連絡ありがとうございます!」


そこから細々とした権利関係の詰めを行って話は解決した。

具体的には売り上げの6%のさらに94%のさらに半分の半分。


つまり、6%の23.5%、全体の1.41%を私のものにできる。


一億の売り上げがあれば、141万円が私の事務所に振り込まれるという契約だ。

1000円のCDが100万枚売れたら1410万円。


とんでもない不労所得だな。

ピアノもう一台買える。


でもパーセンテージ的にはオーソドックスらしい。

まぁどれくらい売り上げるのかよくわかんないけど。

後日先方の事務所に行って契約書類にサインをしにいく。






「不労所得万歳!!!!」






その電話が終わったところで私はピアノ室に籠る。


暇なときは基本的にピアノを弾いておきたい。

それがいちばん心が満たされる。

こんな広い家なのに、私はこのピアノ室にいる時間がいちばん長い。

このピアノ室自体も相当広いので、最近は布団も持ち込んで昼寝できるようにした。

冬暖かく、夏涼しいのでここがいちばん居心地のいい部屋である。




基本的に我が家はピアノを中心に動いている。




いつものように指の体操からピアノを弾く。

一音一音確かめるように、音を吟味する。

ゆっくりと一通りこなした後は少しずつテンポを上げて。

そのあとはスタッカートで。

テヌートで。

リズムを変えて、また同じことの繰り返し。

ひたすらひたすら、同じことの繰り返し。

気付いたらもう日が暮れそうだ。


そこからやっと曲を弾き始める。


ペトルーシュカを弾いたり、カンパネラを弾いたり。

あぁ、もう夜中だ、時間が足りない。

できることなら毎日こんなふうにピアノを弾いていたい。



最近はピアノを弾いていないときでも頭の中でピアノの音が聞こえるようになってきた。

いつも寝る時に何か音がしていないと眠れない体質だったので、普段は音楽を流していたのだが、最近はセルフでOKになってきた。


おかげでどこでも寝られる。



もう夜遅い時間なので、風呂に入ってピアノ室に戻って、おやすみの音楽を弾いて、ピアノにおやすみと伝えて寝る。




そういえば、このピアノもアメリカに持っていくことにした。

なかなか莫大な金額がかかるが、背に腹は変えられない。

その頃には印税も入ってきてるだろう。

きっとピアノの輸送代くらいにはなるはずだ。


先生にそのことを伝えると、賛成してくれたので、先生の家の空いてる練習室に置かせてもらうことに。


アメリカでの生活に想いを馳せながら寝た。






日が明けておはようのピアノ。

私は朝にメロディーが降ってくることが多い。


気持ちの良い朝は気持ちの良いメロディーが降ってくるし、嫌な気分の朝は嫌なメロディーが降ってくる。


今日は天気も良く、私の気分も良いのでいいメロディーが降ってきた。




早速ピアノに向き合い、録音機器をセットして、データとして残す。

ちなみに、残されたデータは音源ももちろんのこと、楽譜としても残る。


あとは気が向いた時に、パソコンでデータを編集して、直接データ上の楽譜に書き込んでいく。


先生がMITと研究して共同で作ったソフトらしい。


パソコンを立ち上げるのがめんどくさいときは、もっぱらこちらを使っている。




「ほい、完成。」




今日はメロディーをどうしても活かしたかったので、編成はピアノとストリングスだけの編成にした。

いつかこの曲が日の目を見ることを祈って、ストック行き。




今日は調子が良かったので、そのまま何曲かストックをふやした。

たまにはこんな日があってもいい。




朝のゆっくりとした、音に塗れた時間を過ごしていると、今日が平日であると言うことに気づく。

大学生は毎日が休みのようなものなので曜日感覚がなくなる。


今から準備すると、まだ間に合う時間なのでしっかりと身支度を整えて車に乗って大学へ行く。

今日のコーデは珍しく古着でかわいい感じにまとめてみた。

90年代のラルフローレンのラガーシャツと軍パン。

バッグはいつものラルフローレンのレザーバッグだ。

このバッグも少しだけ味が出てきた。



大学で授業を受けているとふと思った。




「合コンがしたい。」


「!?!?」


となりの幸祐里がびっくりしてる。




「今なんて!?」




「いや。なんでもない。」

いざ改めて聞かれると少し恥ずかしい。



「言え!」




「なんでもない!!」




「ぐぬぬぬぬ……。」




「なんか聞こえた?」




「合コンしたいって…。」




「バッチリ聞こえてんじゃねえかよ」




「だって…。」




「だって?」




「なんでもない…。」




幸祐里が拗ねてしまった。


こうなると幸祐里はもう乙女モードなので、ちょっとやそっとじゃ機嫌を直さない。




くぁー、めんどくせえことしちまった……。


藪蛇だったかァ〜…。


なんで心の声外に出ちゃうかなァ〜。




「じゃ幸祐里合コン行く?」




「いかない…。」




「俺とふたりで合コンだよ?」




それはもう合コンではない。




「……。いく…。」


いや行くんかーい。




「何か食べたいものある?」




「合コンだからお店私が決める。」




「わかった、じゃ決まったら教えてね?」




「わかった…。」


かなりめんどくさいことになってしまったが、幸祐里のビジュアルと普段のギャップでかわいいなぁと思えてるあたり、アタシってあたりほんとバカ。




本日の授業が終わってスマホを見ると未読が2件。


一件は幸祐里。


店の連絡で、場所は麻布のフグ料理屋さん。




ただの一言が高くついちゃったナァ〜と思いつつ頭を抱える。




あ、そうだ未読もう一件だ。




お?ひなちゃんからだ。




ん?なになに?




『幸祐里だけ連れてって、私は放置、なんてことはないですよね?』




なん、だと…?


筒抜け…?


オーイ、そこ繋がってんのかーい。

思わず頭抱えちまったよ。



でもこれはなんも言えねぇ…。

不義理してる自覚があるからこそなんも言えねぇ…。




へいへい、フグでも寿司でも肉でもなんでもいいですよっと。




まぁご飯はいくら美味しくても1人だと寂しいからね。

トホホ…。


駐車場に帰り、お気に入りのサングラスをかけ、車を出す。

待ち合わせ場所に幸祐里を迎えにいく。




「お、いたいた。」




左ハンドルなので、運転席の窓を開けるとそのまま路肩の人と会話できるのは地味に便利。




「幸祐里!」


「あっ!」


幸祐里はささっと助手席に回り込んで乗り込む。




「車また変わった?」


「変わってないよ。

色が珍しいから、見るたびに目新しいのかもね。」




最近みんなそれ言うねって言いかけた。

誰が言ったの?って聞かれたらますます機嫌悪くなるところだったわ…。

今日は本当に地雷踏みかけるし厄日かな…。




「なるほどね。」


「で?今日はフグなの?」


「うん。フグ。初めて食べるけど。」


「あら、初めて貰えるだなんて光栄。」


「バカ!まだ機嫌治ってないんだからね!!」




あー、かわい。すごいかわい。




拗ねた女の子にバカってなじられるのいいと思いません?

いいでしょ。




「そいえばサングラス。」


「うん、買ったの。いいでしょ?」


「似合ってる、腹立つけど。どこのやつ?」


「これはトムフォード。前使ってたマイキータはそこのドリンクホルダーの中。」


「使い分けてるの?」


「今みたいに西陽が強い時はトムフォードの方が運転し易くてね。マイキータはおしゃれ用て感じかも。」


「へぇ、そうなんだ。」




車を走らせること10分とそこそこかな。

麻布界隈に着いた。


この辺まで来ると、色違いのゲレンデめっちゃ走ってるなーなんて思いながら、店近くのコインパーキングに車を停める。




車を降りると、幸祐里が先導してくれた。

さて、どんな店に連れてかれることやら。

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