第98話 完成したドライブ用の曲。



「じゃ、今日はせっかくなんで新曲やります。」




にわかに沸き立つ聴衆。




たまたまこの前のリーダーさんも来ており、さらに、一緒に仕事をしたバンドメンバーも来ている。




他にもよく知った顔のお客さんがちらほら来ているのが見える。

披露する曲はもちろんこの前考えついたドライブの曲。

作った曲をこうして披露する場が合うのは幸せなことだよね。



「まだ、タイトルは思いついてないんですよ。

でも、ドライブの時に思いついた曲だから、ドライブの曲。」



車と言えばありがちな早いテンポでガンガン飛ばすという曲ではなく、夏の夜の首都高をゆったりと流すようなイメージの曲。


この曲に爽快感はない。


あるのは夏の暑さが少しだけ和らいだ夜の匂い。



セダンのような快適さでも、スポーツカーのような走りの楽しさでもない。

デートカーで2人の時間を楽しむような、星がサンルーフから見えるようなそんな曲。


東京の明るい夜空では星は見えないけど、街を照らすビルの明かりが星のようにも見える。


頭の中ではチップチューンのようなサウンドが鳴っていたけど、楽譜に起こしてピアノ用に編曲してみたら、これもまた良い。




弾き終わるといつも聞こえる拍手がない。


不思議に思って客席を見やると、みんながぼーっとして過去をおもいだしているような感じだ。

ちらほらといい雰囲気になっているような席もある。

ちょっとちょっと~。

そんなの効いてないんですけどぉ~。

独り者の私に対する当てつけか?んん?

まあそういう風に作った曲なんだけどさ。



「ありがとうございました。」

私の一言でハッとした聴衆は我に帰り盛大な拍手をくれた。



ステージを捌ける時、プレリュードやらソアラ、セリカ、シルビアと言った往年の名車の名前が聞こえたので、目論見は大成功かな。


ステージから捌けて控え室で休憩しているとリーダーさんが神妙な顔でやってきた。


「なぁ、先生、先生に会いたいって奴がいるから連れてきたんだけど、いいか?」




「先生だなんてやめてくださいよ。何屋さんかにもよりますけどいいですよ?

リーダーさんなら変な人連れてこないだろうし。」




「すまねぇな…。じゃ、どうぞ。」




「お初にお目にかかります、先生。

私、目産自動車で常務をしております、貫田と申します。」




面食らった。


これには面食らった。


とんでもない大企業の常務きた。




「な、何事ですか!?」



「実は先生もご存知のように、先般の事情により、弊社は困窮しておりまして…。」

確かに、前社長のトラブルでたいへんなことになったのはニュースで知っている。


スカイラインに憧れまくった幼少期を過ごした私にとってはとても胸が痛くなる事件だった。


「あぁ、御社のスカイラインのファンの私にとってはつらい出来事でした。」


「本当ですか先生!」


「貫田常務、先生とお呼びになるのはやめてくださいませんか…。」




「いいえ、とんでもない。今日の演奏に私は感動いたしました。

そこには常務という肩書など必要ありません。

私にとっては、尊敬できる方だと感じ入ったから先生とお呼びしているのです。」




「無駄だよ先生、貫田さんはこうと決めたらこうの人だからこの大企業で常務までのし上がったんだ。」




「そ、そうですか…。で、その貫田さんがなんの御用で?」




「実は私、常務取締役広報マーケティング担当でして。

近々発表されます新車のCMに、先生のドライブの曲を使わせていただけないかと。」




「なるほど。ちなみになんの車ですか?」




「これは、内密にしていただきたいのですが…。

スカイライン、それも原点回帰を謳った新型です。」




その場にいた全員に衝撃が走った。

スカイラインといえば私が好きな映画でも使われ伝説となった34型。

惜しまれながら販売は終了し、その後継モデルらしき車も販売された。

しかし、型式は35であっても、それが正統後継車であるかと言われれば、ノーと言わざるを得ない。

少なくとも私はそう思うという偏見だが。


メーカー側からの「これは34の血を受け継ぐ正式な後継モデルです」という、正式発表もない。


実質的には後継モデルだよね〜と言っているだけだ。

ファン待望の正統後継車。それが、今回販売される。



「おい、ぬ、貫田さん、それは、マジなのか?」

リーダーさんの声も震えている。


「本当です。ですので、この情報は決して、外に漏らしてはいけません。

それだけ本気で、わが社も取り組んでおります。

だからこそ先生の曲を使わせていただきたいということです。」




これだけの情報、外に漏らせるわけが無い。


この情報を知っている民間人はおそらく我々だけだろう。




「貫田常務…。」




「発表予定の36は、34の正当後継車です。


丸目4灯テールライトの、34の血統を受け継ぐ、目産自動車の粋を詰め込んだ、社運をかけた、最高の車です。

快適じゃない乗り心地かもしれません。

もしかしたらデートには向かないかもしれません。

音はうるさいし、ガソリン臭い車かもしれません。


でもサンヨンのように走りで魅了し、たくさんの人が、世界が熱狂したあの車をもう一度作りたいのです。


どうか、先生の曲を使わせてください。」




貫田常務の車に対する思いと、私の曲に対する想いがひしひしと伝わった。




「貫田常務…。わかりました。

色々と条件がありますが、使っていただけるのでしたら、ぜひよろしくお願いします。」




「ありがとうございます!先生!」






その日、名刺と連絡先を交換して、後日正式な契約をすることに。






その後日。




集まったのは、私の家のピアノ室。

この日のために掃除もして、ピアニストらしさを整えた。




あと家に案内した時に、誰も驚いてなかった。

さすが大企業の重役とその部下さん。

教育がしっかりなされている。






ピアノ室で成された契約は以下の通り。




作曲者の氏素性は明らかにしない。

著作権の一切は藤原事務所に存在する。


藤原吉弘によって作曲、演奏された当該楽曲を使用したCMの著作権とそれにかかる全ての権利は目産自動車が所有する。




以上が主な内容である。


早い話、CM自体の著作権は目産が持つけど、曲自体の著作権はうちね。


という契約である。


また、私の名前が明らかになっても仕事を受けられないことが多いので、氏素性は明かさないという契約になった。




そして正式に契約がなされ、契約金と著作権使用料が振り込まれることになった。

まずは半年分である。

半年後に契約を更改、更新するかどうかはまた話し合いによって決める。




せっかく契約してくれたのでサービスでもするか。



「せっかくなので聞いて行きますか?」



「ぜひ!」


常務の食いつきは凄まじいが部下の若い子たち(と言っても私よりは年上だが)の反応はイマイチ。

こういうあんまり興味ないですといった聴衆を感動させられたときが、一番ピアニスト冥利に尽きるんだよ。



最近はEDMなどの台頭でシンセサイザー音が若い子たちの間でポピュラーになりつつあるので、きっと受け入れてくれるだろう。


元々の予定通り、シンセで弾く。






弾き終わった時にそこにあるのは、感情の嵐だった。


あるものは姿勢を正して静かに涙を流し、またあるものは思い出に浸っている遠い目をしていた。




「ありがとうございました。」



その言葉にはッとしてみんなが拍手してくれた。

その拍手にはいろんな思いが込められていて、

その場にいたのは私を含めて五人だけだったが、

私が今までもらってきたたくさんの拍手と同じくらい、みんなの拍手が響いて聞こえた。








数日後


ある有名動画配信サイトの広告で、私の曲が流れた。


曲のタイトルもなく、CMなのに台詞もない。


車が夜道走っていて、運転手がカーステレオのスイッチを入れると、私の曲が流れて、首都高に灯りが灯り、車の全体像がわかり、企業ロゴで締めるという、無駄をとことん削ぎ落としたCMだった。




貫田常務からメールが来た。


内容は”全国の目産自動車ディーラーに問い合わせが殺到している”とのこと。




昔からのファンは涙を流して喜び、昔のスカイラインを知らない世代はその感動を新しく知ることができたことを喜んだ。




動画配信サイトにupされたスカイラインR36のCM動画は配信から3日で2500万再生を突破した。


日本のみならず、世界中のスカイラインファンが待ち望んでいたのだろう。




私も新型スカイラインが街を走る姿を楽しみにしている。


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