第93話 モチベーションの低下
留学も決まり、諸々の手続きを終えたことでここ最近ずっとモチベーションの低下に悩んでいた。
そんな折に、下田からレースに誘ってもらって、高速でサーキットをぶっ飛ばしたことで頭のもやが晴れてきた。
私はモチベーションの低下に悩まされる時期というのが年に何回かある。
ゴルフの時もそう、サックスの時もそう。
ピアノももちろんそう。
このモチベーションが下がっている時期に何をするのかが一番大事なのではないかと考える。
まず一つ考えられることはモチベーションを上げる何かを考える。
私だとピアノを発表する場、コンサートなどがそれに当たるね。
もう一つ、とことん遊ぶこともモチベーションアップにつながる。
仲間とゴルフをしたり、この前のサーキット遊びもそう。
自分の中に溜まっている澱を吐き出すことが大事だと思う。
今でいうと、この前サーキットに行ってスッキリしたし、今度は何か発表する場がないかなぁと。
と言っても、そう簡単に発表できる何かがあるのかと言われると、無いと答えるほか無い。
「なんか無いかなぁ。」
いかんいかん、独り言が外に出ていた。
バイト中なのに気を引き締めないと。
そう、今はバイト中である。
1ステ目が終わり、2ステが始まるまでの休憩タイムである。
ふと客席を見ると見知った顔が。
某有名ロックバンドのリーダーさんである。
名前はよく知らないので、リーダーさんとお呼びしている。
「こんばんは、リーダーさん。」
「おう、ピアノの兄ちゃんじゃねぇのよ。どうしたよ。」
リーダーさんは私がここでライブをし始めたごろからちょくちょく顔を出してくださっている人で、私も可愛がってもらっている。
「たまたまリーダーさんが見えたんでご挨拶しとこうかと。」
「なに殊勝なこと言っちゃって。」
「いやぁ、リーダーさんと話したらインスピレーション湧くかなっていうのもありますけどね。」
「インスピレーション?」
「今ちょうど狭間の時期なのでお仕事がひと段落ついてまして。
今がちょうどモチベーションが低下する時期なんですよ。」
「ふむ…。兄ちゃん楽譜かけるかい?」
「?
まぁそっちも本業なんで、全然かけますよ?」
「ちょっとバンド譜かいてみねぇか?」
「バンド譜?」
「おうよ。
今俺が面倒見てる若い子らがいるんだが、
どうしても新しい風を入れてみたくてな。
どうだい?」
「面白そうですね。いいですよ。
書いてみます。来週お渡しでもいいですか?」
「ありがとう、恩に着る!
一曲描いてもらうのにどれくらいもらってんだ?」
「気まぐれでやるんですからタダでいいですよ。
売れたらお金ください。」
「かっこいいこと言うねぇ!よっしゃ!前祝いだ!」
そういってリーダーさんは、なんかの折にとオーナーが仕入れて、たまたま店に置いてあったリシャールのボトルを入れた。
オーナーはキリッとした顔でサムズアップしていた。
「ふーむ、バンド譜か。」
幸い、時間はたくさんあるので、明日1日考えてみよう。
ということで夜が明けて翌日。
朝から頭の中はバンド譜のことでいっぱいだ。
朝食のご飯と味噌汁を食べてる時からどんなのにしようかアイデアが湧いて湧いて止まらない。
「あ、まだそのバンドのこと全然知らなかった。」
急いで昨日リーダーさんから聞いたバンド名でネット検索をかける。
すると結構な件数がヒットする。
「へぇ、若いのになかなか売れっ子なんだねぇ。」
何曲か聞いてみると大体の雰囲気はわかった。
「つまりこれらとは全然違うような曲を書けばいいのか。ライブの映像とかも見てどの人が上手いのかとかも考慮しつつ。」
ふむふむ。
練れてきた練れてきた。
さっそくピアノ室に閉じこもってピアノと睨めっこ。
こうでも無い。ああでも無い。
もう少しアルペジオ聴きたいなとか。
ここはシンコペーションでとか。
普段の曲作りとは違って、もっと近いところでの曲を作れるというのが楽しくて楽しくて止まらなかった。
作ったはいいが捨てるには惜しすぎる曲が何個もできてしまい、まぁいいかと出来上がった曲は19曲。
一番推してる曲は、ちょっと悲しい雰囲気の「gone wind」という曲だ。
ミュージカルの風と共に去りぬにインスピレーションを受けて、その去った風はなんなのか?という視点に立った曲である。
きっと何をいっているかわからないと思うのだけど安心して欲しい。
私もわからない。
「なんか、曲作るのって楽しいな。」
小さい頃にブロック遊びしてたのを思い出す。
お気に入りのパーツを作って組み合わせて、壊して新しいものを作って。
気づいたらとんでもないものができてるというような。
私はブロックで車を作るのが好きだったんだけど、気づいたら城が出来てた。
まぁそんなことはさておき。
そんな何十曲も、何百テイクも作ってたらいつの間にか夜だ。
昼を抜いてしまっていたようだが気づかなかった。
「飯にしよう。」
業務用かと思うようなバカでかい冷蔵庫を開けて食材を確認する。
すると、賞味期限がそろそろ切れそうだなというものがそこそこ出てきたので、半分は微塵切りにして炒めてチャーハン。
もう半分は煮込んで煮物にする。
「ほい、完成。」
プロジェクターのスイッチを入れて、ネット動画を見ながら晩ご飯を食べる。
チャーハンの具はもはや白米よりも多い気がしたが旨い。
多分2度と作ることはできないと思うが、旨い。
今回は当たりだ。
煮物は、まぁ煮物の味だ。
甘辛く煮付けりゃ大概同じ味だ。
腹に入れば終いの話よ。
濃けりゃ、濃いほど旨い。
ご飯を食べ終わって、食器を洗っているところで、知らず知らず鼻歌を歌っていた。
「お、このメロディ好きだな。覚えておこう。」
そのとき浮かんだメロディも、そのあと曲にして残した。
1週間後。
いつものように1ステを終えるとワクワクして待ちきれない様子のリーダーさん。
「おぉ!どうなった??」
「ちゃんと持ってきてますよ。」
そう言って控室から紙束を持ってくる。
「あれ?多くねぇか?」
「なんかいっぱいできたんであげます。
好きに使ってください。20曲あります。」
「ちょ、おま…」
紙束をめくりながらクオリティを確認していくリーダーさん。
「すげぇクオリティじゃねぇか…。是非レコーディング来てくれ!」
きっとリーダーさんは飲みの席の戯れで、気分転換に曲作ってみ?と言っただけだと思う。
でも、その予想の遥か上をいくクオリティだったため目の色がプロの目になっていた。
リーダーさんは滅多に渡さない名刺を私の手に握らせ、私の名刺もカツアゲした。
そしてタクシーを呼んでくれといい足早にタクシーで帰った。
きっと弾きたくて弾きたくてたまらないんだろう。
翌日、日曜日。
さっそく名刺に書いてたメールアドレスにリーダーさんから連絡が来た。
今日港区海岸の海が見えるスタジオでレコーディングするからよければ来ないか?と。
プロのレコーディングなんてそうそう見れるものじゃ無いので、喜んで伺う。
昨日の今日でよくフットワーク軽く集まれるな。
愛車のゲレンデを駆り、港区海岸のスタジオに駆けつける。
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