第94話 初めての楽曲提供


ナビの案内を頼りに着いたスタジオはなかなかに入り組んだところにあり、何度かスルーしてしまい、たどり着くのに難儀した。






「ここか…。」


さすが芸能界でも力を持つかリーダーさんや、売れっ子のアーティストが来ているだけある。


スタジオの駐車場に止まってる車がすごい。




おそらくリーダーさんのであろうベントレーやら、メンバーのであろうポルシェ、レンジローバーといったはやりのSUVが止まっていた。


というか、ポルシェ流行りか?

なんか最近よく見るぞ。




適当に空いてるスペースに車を止めてスタジオに入る。


受付でリーダーさんに呼ばれたんですけどと伝えると、一番上の5スタだよと教えてもらった。


外部のレコーディングスタジオに入るのは初めてなのでなんか緊張する。




STUDIO5と書かれた防音扉を開けると、調整機材などが置いてある部屋があった。




「おう、兄ちゃん。よう来たな。」


「あ、おはようございます。今日はお招きありがとうございます。」



「なんのなんの。作曲家先生なんだから。

今回は曲ありがとな。ちょっとみんなに紹介するから。」




リーダーさんはパンパンと拍手をして注目を集める。




「聞けー。

こちら、ピアノの兄ちゃん。

今お前らが夢中になって弾き倒してる曲の作曲者だ。挨拶。」


楽譜とにらめっこして楽しそうに楽器で唄っている皆さんに声をかけるリーダーさん。


「おはようございます!今回は素晴らしい曲、ありがとうございます!

自分リーダーのSyunです!」

こちらに気づいたイケメンのお兄さんが挨拶してくれた。



「あ、おはようございます。

リーダーさんにお誘いいただいて曲作らしてもらいました、藤原です。

今日はよろしくお願いします。」




「こちらこそよろしくお願いします!

こんな素晴らしい曲ありがとうございます!」




「じゃあさっそくやってみようか。」

リーダーさんが音頭を取って、いきなり披露してくれることになった。

なんでもこれが初合わせらしい。

私はリーダーさんからヘッドホンを渡されて、その初合わせのサウンドを聴く。



自分が書いた曲を今から違う人が弾いて、それを聴くことができるというのは不思議でもあり、楽しみでもある。


楽譜を渡した、gone wind以外の19曲の曲名はまだ未定である。


とりあえずタイトル未定の一曲目、「①」を弾いてくれるようなので聴いてみる。

①とは渡した楽譜にとりあえず書いていた番号だ。


演奏が終わってリーダーさんが感想を求めてきた。

「どう?」



「自分が作った曲を弾いてもらって、それを聴けるって幸せですね。

ほんとにいいと思います。」



「いいだろ?音楽って。」



「はい。改めて感じます。」




「ところでアドバイスとか無いのか?」




「そんな!言いにくいですよ!」




「ここは言わなきゃいけねぇんだよ。

みんな遊びに来てんじゃねぇんだから。」




「たしかに。ちょっと行ってきます。」

とりあえず防音室の中に行けばいいのかな?



「待て待て待て、ここのマイクのスイッチ入れたら声伝わるから!」




「あっ、はい!」

ちょっと恥ずかしくなったのでごまかしつつ、スイッチを入れて指示を伝える。




「えー、まず演奏ありがとうございました。

ここまで完成度高く仕上げてくれて大変うれしく思います!

強いて言うならなんですけど、ベースのKennさん、12小節目からの8小節のリフなんですけど、もう少しアタック速めで、その後のリフと対比をもっと鮮明にお願いします。」




「はい!」




「あと、ドラムのリョースケさん、全体的にバスもう少し強目でお願いします。

各練習番号の終わりあたりのクラッシュもう少し鋭く、余韻残さない感じで締めてください。」



「わかりました!」



「ギターのSyunさんはエフェクターのクリーンの音もう少しクリアにできますか?


あと、カッティングもう少し柔らかくていいです。


でもアルペジオの音もう少しはっきりめでお願いします。」




「クリーンわかりました。

カッティング、アルペジオもやってみます!」




「ピアノのYUIさんもう少し柔らかめで。

もう少しクラシック弾きに近いほうがイメージ合うかもなんで、やってみてもらっていいですか?」




「わかりました!」




「じゃそれでもう一回お願いします。」






「「「「はい!」」」」




こういうことしてると、パート練してたの思い出す。

やべえ、楽しくなってきた。

昔の血が騒ぐなぁ。パート練の悪魔と呼ばれた昔の血が。




「なかなか言うのな。」

意外そうな顔でリーダーさんがつぶやく


「あ、すいません。」


「いや、それだけはっきりしたイメージで曲作ってくれてたっていうのがわかって嬉しいよ。」


「すいません、ありがとうございます。」


「その調子でガンガンやってくれ。」


「わかりました!」




リーダーさんはわかってなかった。

私に任せてガンガンやると言うことの意味を。


結局、20曲すべての合わせが終わったのは夜の2時。


最後のあたりのメンバーからは表情が抜け落ち、まるで壊れた人形のように曲を弾き続けていた。


おかしいなぁ、昼ごはんみんなで食べてたときはまだまだ余裕っすよ!みたいな感じだったからギアを上げてみたんだけどなぁ。


「お疲れ様でした!

まだ初合わせではありますけど、だいぶいい形が見えてきましたね!」



「お、おつかれ、おつかれ、さま、おつかれさまでした…。」


涙を流してるメンバーもいる。


「リョースケさんどうしたんですか?涙流して。うれしかったですか?」


「もうずっとおうちかえれないかとおもった…。」


リョースケさんはクラッシュの音が気に入らなくて2〜30分ずっとクラッシュ叩いてもらったのだけど、その時がピークでやばかったらしい。



そのクラッシュのやり直しの横で、Syunさんには8小節×2のリフをひたすら弾いてもらってた。

どうしてもリフとリフのブリッジが納得いかなかったんだよね。


ブリッジうまくいくようになったと思ったら今度はリフと中身が気になり出したし。


うまく行ったときはSyunさんも泣いてたなぁ。




「まぁ、なんだ、その。みんな勉強になったな!」


「はい!ありがとうございました!」

みんなからは感謝の気持ちがもらえたので、よかった。


もっと糾弾されるかもと思った。


「こちらこそありがとうございました。

それでは次は2週間後でいいですか?」



メンバーが固まった。

YUIさんの目からは大粒の涙が溢れ始めた。




「あのー、なんだ。

さっき藤原先生と話してたんだけど、しばらく裏方のサポートで入ってもらおうかなと…。」



「私としては9月まではこれといって用事もないので月2〜3回はご一緒させてもらえたら嬉しいなと。」




「「「「ぜひ、お願いします……。」」」」


「じゃあ2週間後、楽しみにしてますね?」


私はスタジオを後にした。


メンバーは夜も遅いのでスタジオに泊まって明日の朝帰るのだと。


何はともあれみんなおつかれさまでした!



〜〜〜side バンドメンバー




「藤原先生、やばかったな。」


ドラムのリョースケが呟く。


最初は藤原さんと呼んでいたみんなも、先生の指導を受けるうちにだんだんと藤原先生と呼ぶようになった。


今日一番叩かれたのは多分リョースケだった。


「やばかった。俺先生の方見れなかったもん。」


ベースのKennが言う。

大丈夫だ。俺もギター弾きながら先生の方見れなかった。


「途中こっちのブースきて、私のピアノ指導してくれてたじゃん?」


「あぁ、アレな。俺緊張してやばかった。」


「私の方がやばかったわよ……。

でも確実に私の弱点えぐり潰していったわ……。

明らかに指導受けた後の方が良かったもん…。」


「ほんと先生凄まじかったわ…。」


藤原先生は怒るわけでも無いし、ましてや出来ないからといってばかにすることなんか全くない。

ただひたすらに出来るようになるまで付き合ってくださるのだ。


淡々と、淡々と。


先生はいらつかないし、優しい。

でもめちゃくちゃ怖い。

後そもそも譜面が鬼のように難しい。


こんなの手が動くわけねえよと思ってもいつの間にかできてる。


先生の指導すごい。


「先生、2週間後だってね。」


「うん、私たち2週間延命できたね…。

練習しなきゃ。」


「二週間後全然進歩してなかったらナニされることか。」


他のメンバーが少しは震えたような気がした。


「練習しよっか……。」


「「「はい…。」」」


幸いスタジオはまだ数日間は借りている。


とにかく2週間後は先生の度肝抜かなきゃ!




私たちはさらに進化できるかどうかの瀬戸際なのだ。

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