第85話 オーディションの結果
「お、きたきた。」
家に届いた封書。
思ったよりも大きく、きっといろんな書類が入っているのだろう、重量もある。
「ふむふむ。」
一人暮らしは独り言が増えていけない。
多分ピアノ弾いてる時とか独り言の量がすごいと思う。
「お、合格か。まぁそうだろうな。ん?」
何やらコッペンハウアーなぞという教授のゼミに入るように強く勧めるなどという手紙も同封されていた。
なんだこれ。
あ。そういえばマリア先生がメールでなんか言ってたな。
誰がどのゼミに入ろうが勝手だろう。生意気な。
絶対入ってやらんからな。
入学すりゃこっちのもんよ。
それまではせいぜいごますってやろう。
絞れるだけ絞ってやれ。
とにかく、合格したので先輩に電話を。
「先輩、お疲れ様です。今時間大丈夫ですか?」
「お疲れ様〜。うん、大丈夫よ?」
「ジュリアードから封書が届きまして。
無事合格しました。」
「まぁ当然ね。とにかくおめでとう。
むしろ落ちてて怒られなくてよかったよね。命拾いしたというか。
わかってると思うけど、これはゴールでもなんでも無いから。
スタートする権利を与えられただけということをよく肝に命じるのよ?」
「ウッス。
で、なんかコッペンハウアー?とかいうやつのゼミに入れみたいなこと言われたんですけど無視でいいですか?」
「誰よそいつ。聞いたこともないわ。
無視無視。もらえるものだけもらっときなさい。」
さすが先輩は頼りになる。
「ウッス。」
「じゃ。」
「あ、先輩、合格したのにリアクション薄くないっすか。」
「この前、前祝したじゃんか。」
「一応合格したんで合格お祝い会みたいな…。」
「この前のお祝い会の会計、うちの大学の上期の学費くらいだったんだよね、そういえば。」
まじかよ。
「お祝い会みたいなものをささやかですが家でやろうと思うんですけd…」
「それは行くよ!!!!!絶対に。」
先輩は食い気味にかぶせてきた。
「いつ?まあいつでも行くし予定空けるんだけどさ。」
「えっと、それは後で詰めましょう。」
この食い付きの良さにはこっちが不安になる。
「そうやってさ、うやむやにしようとしてるでしょう。いつにすんのよ。」
「じゃ、じゃあ、明後日の夜とか…。」
「わかったわ。お祝いだし私もなんかテイクアウトできるご飯持っていくね。
でも吉弘くんの手料理も食べたいからさ、手間かけさせて申し訳ないんだけど、なんかご飯作ってくれたらうれしいな。多分もう知ってると思うけど私ってばアレルギーも特にないんだけど、ニンジンだけどうしても苦手でさ。あ!今子供っぽいと思ったでしょ!?!?そんなこと言っても知らないんだからね!
あ、そうそう、そういえばもし迷惑じゃなければなんだけどお泊りしてもいいかな…?なんてまで気が早いか。でももし酔っぱらっちゃったりして迷惑かけたら、なんてね。キャッ。もしかしてなんか始まっちゃったり?みたいなみたいな!
そういえばみたい映画もあってさ。ブルーレイ持っていくね。吉弘くんちブルーレイデッキないんだっけ?大丈夫大丈夫、私ポータブルのプレイヤー持ってるから、これ吉弘くんのお家のプロジェクターに繋いじゃおう!大画面で見る映画楽しみだなぁ。ちょっと怖いやつだからもしかしたらくっついちゃったり…?なんてそんなことあるわけないか!映画だし!これ実は私と先生が音楽監督で入って」
「じゃ、明後日の夜19時で。解散21時の予定です。
よろしくお願いいたします。」
ガチャ切りしてやった。
とりあえず、これで9月から留学することが決定したので、ビザの取得などに動き始めなくてはいけない。
春休みが明けたら学務でいろいろ聞いてみなくちゃな。どこまでを私がして、どこからを大学がしてくれるのかを決めなくては。
「ちょっと実家行くか。報告しなきゃな。」
適当に荷物をニューヨークで買ってもらったお高いバッグに詰め込んで駐車場に向かう。
車を駐車場から出して、高速を使ってしばらく。
関東あるはずなのになぜか田舎な我が実家に到着した。
「ただいまぁー。帰ったよー。」
「あら!あんた帰るんなら言いなさいよ!」
この人の挨拶はこの言葉しかないのだろうか。
まるでRPGの村人の受け答えくらい毎回同じ言葉を言う。
「飯。」
「はいはい。」
朝から何も食べてないので、実家にある食料をこれでもかと食ってやる。
毎回実家に帰ると何キロか太って、帰る気がするのは世の中に私だけではないだろう。
世の親はどうも子供に飯をしこたま食わせないと気が済まないらしい。
私の場合はフィジカルモンスターの父の影響で実家で強めの筋トレもするため、筋肉も増えてしまうが。
「で?どうしたの?」
「実はさ。」
「えぇ!?」
「何よ。」
「いや、何か用事があって帰ってきたと思わなかった…。」
「なんそれ。実はさ、今年の9月から一年留学するから。その報告。」
「あんたねぇ、そういうのは前もって言っておかんとだめよ。
留学するにも試験があるんじゃないの?」
「もう留学先の試験も合格して、大学とも単位認めてもらえるように交渉もして、向こうの家も抑えた。
ちょこちょこ日本には帰ってくると思うけど、とりあえず一年は向こうで過ごす。」
「何の口も挟めない…。」
「外堀から埋めんとね。気付いた時には手遅れよ。」
「まぁそこまで自分で動いて権利を勝ち取ったなら何も文句は言わないわ。
むしろそこまでちゃんとできる子に育ったのを誇りに思うよ。」
「ありがとう。」
「で?どこに行くの?」
「ニューヨークのジュリアード音楽院。」
「はっ?」
「ニューヨークのジュリアード音楽院。知ってる?」
「いや、音大…。」
「うん、ピアノ科。
たぶん留学オーディションはトップの成績で通過したよ。」
封書には各オーディションの成績と順位も書いてあったのでその言も間違いではない。
「あんた、ピアノなんかできたの…?」
「練習した。」
「練習したからってそんな簡単に…。」
「うん、だから簡単じゃないくらい練習した。」
「そ、そう…。まぁあんた昔からそういう子だったもんね…。」
おい、引くな。
これを育てたのはあんたや。
「まぁということで9月から留学してきます。」
「はい、わかりました。許可します。」
そういう話をしたあと、お祝い事だということで、その晩は盛大にパーティとなった。
近隣のじじばばも呼んできて飲めや歌えやの大騒ぎだ。
ご祝儀ご祝儀と言って、とんでもない額の祝金を渡されたのはびびった。
海外に行くということで、なにかと入り用だろうとさらに上乗せしてくれてたのも祝儀がとんでもなくなった原因だろう。
とても恐縮して受け取れないような額だった。
しかし、この地域の風習で、祝事は山を売ってでも祝えというものがあるので、断ったり遠慮するのは大変失礼にあたる。
なのでありがたく受け取った。
まぁ祝い金という名の留学準備資金ですな。
次の日、大人たちはリビングで大いびきをかいて屍となっていたので、起こさない程度に挨拶をして東京に帰る。
「じゃ、母さん帰るね。」
「はいはーい。ニューヨーク遊びに行くからね。」
「いいよ、部屋は腐るほどある。」
「えっ?」
「んっ?」
「あんたどこに下宿するつもり?」
「まぁまぁ。それはいいじゃん。またね。」
「ちょっと待ちなさい!」
「バイバーイ」
めんどくさくなりそうだったので、速攻で車を出す。
「ふう。つかれた。」
いや、疲れてはないのだが。
母が先生のとこに挨拶に行くとかなると絶対めんどくさいので、最悪の事態は回避できた。
よーし、帰ったらピアノ弾こうか!
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