第82話 ロシアへ。3
日が開けて、ホテルのおいしい朝ご飯を食べて、
Uberタクシーを手配して、着きましたロモノーソフ。
ロモノーソフには大した物は何にもない。
オラニエンバウム宮殿とかしか。
でもオラニエンバウム宮殿は、サイズこそ小さいものの美という概念が凝されていて、フルサイズの宮殿より豪華に見える。
「なんか、ちっちゃいのにすっごい豪華だよね。」
「うん、凝縮されてる。」
まぁ目的はロモノーソフでワイキャイ観光するのではなく、
ストラヴィンスキーが生まれたこの街の空気を感じる事だ。
特に何かするわけでもなく、ちょこちょこ観光して、気になる建物があれば入り、気になるお店があれば入る。
ただそれだけのことである。
だが、気合を入れて早朝に出発して、ロモノーソフに来てみたが、お昼ご飯を食べたところで飽きた。
2人でスタローバヤと呼ばれるロシアの食堂でご飯をつつきながら話す。
「飽きた。」
「まぁ見るところだいたい見たもんね…。
ストラヴィンスキーの生家が博物館みたいになってるわけでもなかったし。」
ひなちゃんのフォローが胸に突き刺さる。
「じゃ、中心部のほうに帰ろうか!」
「そうだね。」
苦笑いしながらひなちゃんも同意する。
タクシーをUberで呼んで、サンクトペテルブルク中心部に帰る。
明日の朝の便で帰国するのでお土産も今日まとめて買っておかないとな。
「スパシーバ!」
「СПАСИБО!」
タクシーを降りるときに、同じ言葉を言っているはずなのに、ひなちゃんと私の発音は明らかに異なる。
私は一応、英・西・日のトライリンガルと呼ばれる人種だが、ロシア語はそのどれとも言語形態が違うのでどうしても覚えにくい。
まぁ、覚えにくいのは覚える気がないからだろうね。
だって隣にひなちゃんがいてくれるんだもん。
サンクトペテルブルクはロシア文化の中心。
昔は今の首都のモスクワは田舎者の集まりで、サンクトペテルブルクこそ正義だったらしい
サンクトペテルブルクでの立身こそがエリートのあるべき姿!とかなんとか。
そんなくらいだから、サンクトペテルブルクには見応えのあるものがたくさんある。
エルミタージュ美術館や、マリエンスキー劇場、夏宮殿、カザン大聖堂。
カザン大聖堂ではちょうど司教が歌を歌っているところを見学できたので感動した。
エルミタージュ美術館は広すぎてまともに回ることはできなかった。
絶対また来る。できればアメリカ留学前に。
ネフスキー大通りは帝政ロシア時代の建物も多く、あのビーフストロガノフの名前の由来のストロガノフ伯爵家も見ることができた。
サンクトペテルブルクはモスクワがロシアの首都になる前の首都なので、共産主義の面よりもロシア帝国の荘厳で輝かしいイメージがしっかりと伝わってくる。
私がロシアに持っていた暗い怖いのイメージがぶっ壊された。
「お!あったあった!」
「やったね!」
実は前もって調べておいた。
なんでも、近く、このサンクトペテルブルクにおいて新設のピアノコンクールが行われるらしく、そのキャンペーンの一環として、宮殿広場にグランドピアノのストリートピアノが置かれているらしい。
旅のお供といえば、やっぱりストリートピアノでしょ。
ということで、ロシア最後の夜をストピで締めることとした。
曲目は、本当はオーディションで披露するはずだった
ショスタコーヴィッチのセカンドワルツ。
グランドピアノの蓋は外されているので少しうるさいかも知れない。
なかなかに有名な曲なので、知っている映画通が、おっ?という感じで足を止めてくれる。
つかみは上々。
一曲を引き終わる頃にはなかなかの人数が集まってくれ、拍手もいただけた。
「じゃあせっかくロシアに来たので…」
こっそり人知れず暖めてきた曲、チャイコフスキーの悲愴、くるみ割り人形、眠れる森の美女をメドレーでお送りしよう。
この辺から聴衆も作曲家に気づいてきた。
そう、ロシアの作曲家縛りである。
なかなかに疲れたが、くるみ割り人形と眠れる森の美女は元が元なので少し手抜きさせてもらった。
「イーゴリ!」
イーゴリは聞き取れた。
多分リクエストだと思う。
よしよし、ちゃんとわかってるじゃないか。
イーゴリ公の作曲者はボロディンで、
彼はサンクトペテルブルク生まれのサンクトペテルブルク育ち。
没もサンクトペテルブルクなので、生粋のサンクトペテルブルク人だ。
なのでリクエストをくれた人の方を見ながらイーゴリ公で一番有名な、管楽器のソロを弾いてみる。
するとパァ!っと顔が綻び、大きく頷いていた。
よかった成功だ。
すると、どんどん興が乗ってきたのか、ロシアのちびっ子が集まり始めて、バレエを踊り出してくれた。
こんなことってある?
サンクトペテルブルクはロシアの中でもバレエが特に盛んだからかも知れない。
あと、ちびっこと踊ってる大人の人、本業の人っぽい。
サンクトペテルブルクにも大きなバレエ団があるからかな?
せっかく踊り手がいるんだから、最後はこの曲で締めなきゃね。
ストラヴィンスキーのペトルーシュカ。
これを完成させるために来たんだから!
最初の和音の連打で、ちびっ子たちはぽかんとしていたが、少し年上の女性は目を輝かせた。
そうだろうそうだろう。
ペトルーシュカもバレエ音楽だからな!!
最終的にたくさんの人が踊り狂っているカオスな宮殿広場になったが、楽しむときはとことん楽しむロシアっ子が本当に大好きになった。
いつだか、カンパネラを完成させるために行ったウィーンのストピ弾きの人くらい、街の人から愛されるピアニストに少しは近づけただろうか。
弾き終わってひなちゃんと合流する。
「ロシア、好きかも…。」
意識したわけじゃないがポロリと口からこぼれ出たひと言。
「ほんとっ!?
いいでしょ!?ロシア!!」
「うん、ロシア最高!」
ひなちゃんはすごく嬉しそうだ。
ロシアは私がこれまで行ったどの国とも匂いが違う。
複雑な歴史があった国だから、不思議な匂いがして。
帝政ロシア時代の香りがまだほのかに残っている気がする。
私はロシアに来て、何か変わっただろうか。
自分ではわからないが、きっと何かが変わったはずだ。
ロシアに来ることができてよかったと心から思う。
「ねぇ、ひなちゃん。」
「ん?どうしたの?」
「一緒に来てくれてありがとう。」
「こちらこそ、ロシアに来てくれてありがとう。
って言っても私純粋なロシア人じゃないんだけどね。」
ひなちゃんは笑いながら言う。
「ううん、ロシアを知れてよかった。
ひなちゃんのおかげ!」
「嬉しい。絶対また一緒に行こうね?」
「それはわかりません。」
「えぇー!なんでよぉー!」
ひなちゃんに意地悪すると面白い。
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