第76話 なおちゃんのシーズン開幕戦



航空チケット自体は、日本に帰国して割とすぐ家に届いた。


きっとなおちゃんの方からスポンサーさんに根回しして送ってくれたのだろう。




席種はビジネスクラス。

こちらが気を使うことを案じてかファーストじゃないところがありがたい。

せっかく来てくれるんだからエコノミーというのも味気ないというなおちゃんの気遣いも感じる。

チケットが入った封筒には重役さんからのお手紙なんかも入ってて逆に恐縮した。



万難排しまして、フロリダ、行きますか。



「ちゃんとピアノ付きの宿にしてくれたかなぁ…。」




ホテル好きの私からすると、旅行の楽しみはむしろホテルにあるとさえ感じる。


一応、こちらも同封されていたコンファメーションスリップによると、ホテルの名前はあまり日本ではなじみのない名前だったが、調べてみると五つ星の非常に期待できそうなホテルだった。


まぁ、ゴルフ場のある地名的にも日本じゃそこまで有名じゃないしね…。

ホテルのこと知らなくてもしょうがないか。



今回の旅程は、金曜の夜現地入りをして、土日観戦して、日曜の夜日本に帰る予定だ。


自分もオーディションが近いので、あまり長居をするつもりはない。


羽田からシカゴオヘア空港を経由してパームビーチ国際空港に向かう。

乗り換えは面倒だが仕方ない。直行便がないから。

いや、むしろビジネスクラスの旅程だからもっと長くてもいいかも…。

快適だし。






頭の中で旅程の再確認と持参物、諸々の準備を終えたところで、出発だ。


いつも通りすごくラフな格好で空港に向かう。


日程も短いので、最低限の着替えを詰め込んで、この前ニューヨークで買ってもらったバッグのみで飛行機に乗る。

練習中のペトの楽譜も忘れない。

なにか足りなければ現地で買えばいい。




ビジネスクラスはご飯もうまいし、

寝る時はシートがフラットになるのが最高に快適だ。

常に寝ていた。




そして、着きましたパームビーチ国際空港。

飛行機を降りる前にちゃんとした格好に着替える。

一応人前に出るし、選手から招待されてるからね。

誰が見てるかわかんないし。


ホテルはここから車で30分くらいなので、Uberを利用してタクシーでホテルまで向かう。






「うわ、すごいホテルだ…。」




一応五つ星ホテルだったので、と思って着替えてきてよかった…。


コンファメーションをホテルの受付で見せてチェックインする。


すると何故かラウンジでのチェックインとなり、あれよあれよという間にウェルカムドリンクやらウェルカムフラワーやら身に余るセレブレーションを受けてしまった…。




部屋に案内されて全てが納得できた。




「大スイートルームじゃ…。

部屋の中なのにグランドピアノがあるんじゃ…。

こかぁヨシキの家か!?」




たしかにピアノが弾ける部屋とは頼んだけども。




ピアノが弾ける部屋→ピアノが置いてあるホテル→ピアノが部屋に置いてあるホテルというふうに、きっと伝言ゲームのように尾鰭と忖度で変化していったのだろう。

だって天下の大航空会社がなおちゃんのスポンサーについてるんだもん。




なおちゃんにありがとうメールと無事着きましたの連絡だけ入れて、ピアノを弾く。

長時間弾いてなかったから指やら腕やら足がムズムズする。

ある程度で納めて今日は寝るけども。






翌日。


朝食ビュッフェの前に少し弾き込んでおく。

そして、朝ごはんを食べ、なおちゃんの待つゴルフ場のクラブハウスへ。




「おはよー。」




「あぁ、おはよ。昨日は寝れた?」




「ホテルがよかったからもうぐっすり。

ピアノもあったし最高。航空券もありがとね?」




「まぁ無理いって来てもらったのはこっちだからね。」




「大丈夫よ。

今日明日しっかり応援するから任せといて。」




「よろしくね。」


近しい身内が仕事風景を観に来るなんて言われたら結構緊張しそうなものだがむしろ力に変えていくというのがなおちゃんらしくて素敵だなと思う。




結論から言うと、木曜金曜は予選通過ギリギリのラインという、取り立てて良い順位でもなかったが土曜日から猛チャージ。


さすが我が姉、有言実行の女だ。


必勝スマイルも健在だった。


3日目は1ボギー、7バーディ、1イーグル。


8打縮めて一気に4位につけた。トップと2打差である。




「今日めちゃくちゃ調子良くなかった?」




「うん、めちゃくちゃよかった。」




終わってからインタビューもあったが、なおちゃんは、

弟が来てますんで接待しないと。と早々に切り上げた。

私のことをええように出汁に使うな。

マスコミは是非弟さんもご一緒にとおっしゃったが、

私が「私の事務所通してください」と言うと沈黙した。



「あんた事務所持ってんの?」



「うん、先生からの仕事受ける専門の事務所。あとは映像の権利関係?」



「私のマネジメントも依頼しちゃおうかしら。」



「それは荷が重いよ…。」


そのあと姉弟水入らずでマイアミ料理を食べ、

なおちゃんの夜練に少し付き合ってあげた。


そのあと、なおちゃんは私のピアノが聴きたいからと私の部屋に来て

そのまま泊っていった。

そうですよ、私がインスト専門の生演奏音楽配信サービスです。






4日目、最終日。

なおちゃんは十分優勝を狙える位置につけている。


昨日の夜の練習では、普段よりもさらにもう一段研ぎ澄まされたゴルフをしてたような気がする。

ようわからんけど。




試合内容に関しても、昨日がめちゃくちゃすごかったからと言って、今日もうまくいくとは限らない。


それでも、持ち崩さずに、堅調を維持して、さらに好調まで引っ張ってきたなおちゃんの姿勢、メンタルコントロールは見習うべきだ。

昨日の夜の私のピアノが少しでもいい方に作用したのならうれしい。




18番まで終わって、結果はノーボギー、6バーディ、1イーグル。

本日だけで4打伸ばした昨日までのトップと並んだ。

なおちゃんは昨日から合計で16打伸ばした。


つまり18番ホールを終えて1位タイ。


この猛チャージはすさまじい。十分である。

逆に1位の選手もこの空気でよく4打も伸ばしたものだ。

プロとはこういうものなのかと身震いした。

この三日間を終えてトップだった選手もスコアを伸ばしたが、なおちゃんそれに並んだため、プレーオフ対決にもつれ込む。


プレーオフとは、最終日1位が同じスコアで並んだ場合の延長戦だ。




ちなみに、なおちゃんは鋼のメンタルなのでプレーオフにしこたま強い。

ガンガン打ち込む。攻めのゴルフで押せ押せだ。

多分プレーオフまで持ち込んだら負けたことないんじゃないかな?

今日もとてつもない勢いで伸ばしてきたからきっと勝つはず。

流れは来ている。



なおちゃんがプレーオフラウンドのティーグラウンドで、

第一打を打つために構えようとする。



あ。目があった。

あ!ちょっと口角あがった。




こりゃやる気だな。




このプレーオフ1回目の1番ホールはなかなか難しいコースレイアウトだ。

コース長も長いロングホールだったが、第一打。

なおちゃんは攻めのゴルフでかっ飛ばす。

カリフォルニアの姉弟対決を彷彿とさせる。



完全に相手選手の心を折りにきている。



しかし相手もさるもので、メンタルは強靭だ。

ミスのない堅実なゴルフでくらいつく。


しかし5打が基準のホールの第3打。

三打目はまさかのグリーン外からのチップイン。

グリーン上のカップに入ってしまった。

まさかのイーグル。


もしこれで勝てなかったとしたらしょうがない。

それくらいの素晴らしいゴルフだった。

なおちゃんはメジャーデビュー戦で鮮烈な印象を残した。


私もヒヤヒヤしながら、見守っていた。

相手選手がどのように出るか、ドキドキである。

しかしこのチップインイーグルで完全に心が折れたようだ。

結局相手は第3打目でカップに入れることができなかったので、

この瞬間なおちゃんはメジャーデビュー初戦優勝という偉業を成し遂げた。






「なおちゃんおめでとう。」




「あんたがきてくれたからよ。」


そんなぶっきらぼうなことをいうくせに

口角は隠し切れないほどあがっており、嬉しそうにしている。




このあとはインタビューが立て込んでいるらしい。

そりゃそうだ。

久しぶりの日本人女子選手のメジャー優勝。

マスコミがほっとくわけがない。


なおちゃんは私に、後でホテルに行くねとだけ伝えて、すでき出来上がってしまっているマスコミの輪にもどった。



私は私で、なおちゃんの勝利を伝える連絡を両親にしてからホテルに戻り、ピアノを弾いて時間を潰すことにする。


しばらく弾き込んでいると、なおちゃんがきた。




「おつかれ。優勝パーティーはいいの?」




「このホテルでやってるから。ちょっと抜けてきた。」




「なんと。」


たしかに一番近い高級ホテルなのでさもありなんと思う。




「とにかく、デビュー戦、優勝おめでとう。」



「ありがとう。」




その後なおちゃんと少し話をしてから、翌日、私は帰国の途につく。

自分もスケジュール的にそこまで余裕が有り余っている訳ではなかったが、オーディションを前に英気を養うことができてよかった。

それに、プロアスリートのデッドヒートを目の前にして、いい刺激をもらうことができた。


私もなおちゃんに続くことができるようにオーディションでは大暴れしてやろう!

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