第77話 オーディションの時。


~~~~~~side ある受験者たち~~~~~~



「あれだけ大口叩いたあいつの演奏がどんなもんか聴いてやろうぜ。」




「そうだね、しっかりと聞いてあげなきゃ。」




僕たちはすでにオーディションの演奏を終えた。


控室であそこまで挑発された時は倒れそうなほど怒りに打ち震えたけど、

そんなことはコンクールの場では良くある話。

足の引っ張り合いなのだから。



外に出て気分転換をすればすぐに元どおり。




一次オーディション本番での演奏は、

僕もこいつもなかなかに手応えのある演奏をできたと思う。



次はいよいよ、散々に挑発してくれた彼の番だ。



彼が袖から出てくる。

ピアノ椅子に座り、手をピアノに置く。




「仕草だけは一人前だな。」


曲目はカンパネラだった。

素人がやりそうな演目だよと心の中で毒づく。



でもそれは彼が1つ目の音を出すまでだった。

僕はこれまで自分が築いてきたものが崩れ落ちていく音を聞いた。



「嘘だろ…?」

カンパネラの出だしの、鐘の音をイメージした、あの印象的な音を聴くと、もうすでに負けを認めざるを得ない。



「なんでだよ…」




彼の演奏は紛うことなく本物だった。

彼に比べれば僕たちの演奏など児戯にも等しい。


認められなかった。

あれほど自分たちがこき下ろした彼の演奏が

自分のものよりはるかに優れているということを。


認めたくなかった。

あの瞬間、最も滑稽なピエロだったのは我々であったということを。




「これじゃいい笑い者だ…。」



彼の演奏は僕に嫌なことを思い出させる。



昔からピアノをやっていた僕は、小さな頃からコンクールなどにも出て、かなり優秀な成績を収めていた。


隣にいる石田もそうで、僕ら2人が日本の若手ピアニストを牽引していくとまで言われていた。


石田とは小さな頃からコンクールで一緒になることも多く、ほとんど腐れ縁みたいなものだ。




その後、僕は藝大受験のため、しばらくコンクールから離れる。

その後コンクールに復活したのは藝大の一年になってからだった。




そのときに知ったのは、

日本のコンクールシーンはすでに僕らを必要としていなかったということ。

ほんの数年僕らがいなかったときに、とんでもない超新星が現れていたのだ。




それが「柳井実季」。

彼女の演奏を聴いた時も僕は愕然とした。


同い年にもかかわらず、彼女の演奏はすでに僕ら2人よりも遥かに高い次元にいた。

比べることすらおこがましい。

同じレベルで勝負しているだなんて恥ずかしくて言えやしない。


そんなレベルの演奏だった。

彼の演奏は、そのレベルだ。

いや、聴く人によってはそれより上という人もいるかもしれない。


僕らからすれば比べる気力さえ奪われる。


今まで生きてきた自分の世界が、

どれだけちっぽけで無意味な、空虚な世界だったことか。



僕たちがコンクールで足の引っ張り合いをしている間に、

きっとこういう人たちは練習していたんだろう。


天才だなんだともてはやされていたけど、結局僕は天才でもなんでもないただの凡才だ。


僕たちみたいな凡人は音楽で勝負をする前の音楽以外のところで勝負を決めてしまおうとしていた。




そして、審査員のひそひそ声が耳に入った


「彼はまだピアノを始めて1年も経ってないそうです。


元々はサックス奏者だったと、プロフィールに書いてあります。」




「ほう、これはこれは…。


さすが…。といったところですかね。」






この日を境に僕は音楽を辞めた。








~~~~~~side 藤原吉弘~~~~~~






うん、よくできたんじゃないだろうか。


カンパネラはともかく、ペトルーシュカは少ない練習期間であったにもかかわらずちゃんと弾けてたと思う。


あくまでも「弾けてた」というレベルだが。




でも、もし次のオーディションで曲を変えなくてもいいなら

ペトルーシュカを残してカンパネラを変えてもいいかもしれない。

今はペトとちゃんと向かい合いたいとさえ思っている


まぁどんなオーディションを課せられるかわからないけどさ。


引き終わって立ち上がって礼をする。




するとオーディションではまずあり得ない、拍手が起こった。


内心「こんなもんで拍手起こる!?」と驚きもあったが、素直に嬉しいので、また礼をしてはける。





いよいよ全ての参加者のオーディションが終わって結果発表だ。

テストや試験ではないので、全員が一箇所に集められて、その場で合格者の受験番号が読み上げられる。




読み上げられたものはその場に残り、呼ばれなかったものは帰る。




いよいよ運命の瞬間だ!




「皆様、大変お疲れ様でございました。

どなたにも素晴らしい演奏を披露していただいたので大変審査に苦労しました。

まずはご参加していただけたことに厚く御礼申し上げます。」


この言葉には多少疑問が残るが、

まぁ日本だからそういうお世辞も言うか。

と納得する。

私としては結構レベルわかりやすかったと思うんだけどな。



「それでは、合格者の方の番号を読み上げます。


…。


…。


16番 藤原さん


…。


以上です。本日はご参加いただきまして


ありがとうございました。」





おぉ、呼ばれた。

まぁ呼ばれてもらわないと困るのだけれど。

さすがにこのレベルだと負けたとは思ってないよ、私も。


30人弱ほどいた参加者は8人まで絞られた。


ここからまたさらに何人か振り分けられるのだから恐ろしい。

オーディション特有の緊張感がミスを誘発する。



そのあとは、合格者だけ別室に案内されて、今後のスケジュールを説明されるようだ。



係の人について、会議室に案内される。


「まずは、みなさま、合格おめでとうございます。

皆様には次回の審査に進んでいただきます。


次回審査は二週間後、今日と同じホールに来てください。

今スタッフがお配りしております資料が次回審査の要綱でございます。


ここまでで何かご質問は?」






「はい。」




「えー、と、藤原さんどうぞ。」




「この審査は、規定回数まで行われますか?

それとも、一定の人数になったら終わりですか?」




「規定回数行います。

もし、その結果、合格者が0人になった場合は仕方ないということで。」




「かしこまりました、ありがとうございます。」

さすがは世界のジュリアード。

別にこちらから頼んできて欲しいというわけでないということだ。

私としてもそう来なくっちゃ!という感じである。





「それでは、質問もございませんようですので、解散とさせていただきます。


本日はありがとうございました。」




その言葉に呼応してありがとうございましたという声がちらほらと聞こえる。






「よし、帰るか。」




「あの…。」




消え入りそうな声が私の後ろから聞こえてきた。


「ん?」


振り返ると誰もいない。


「ん??」


「し、下です…。」




目線を下ろすとちびっ子がいた。




「おぉ、こんにちは。お疲れ様??」




「あ。どうもお疲れ様です。」




私は確かに180よりも190と言ったほうがしっくりくるほど背が高いし、さらに今日はブーツのような靴を履いているのでさらに背が高い。


靴によってペダルの踏みやすい踏みにくいがあると思うが、私はあんまり気にしないタイプの人間だ。


裸足かそれ以外という区別しかしていない。




今私の目の前にいる少女は久々に見る程の小さい子に見える。


140〜150くらいか?実季先輩くらいの身長。

私とはまるで大人と子供ほど差がある。




「ごめんね、私が無駄にでかいから見えなかったよ。」




「私が小さいのもあるので仕方ないです。


中途半端な身長の方に言われるより、藤原さんにいわれるといっそ清々しいので気にしてません。」




ふむ、初対面であるが好感が持てる人物だな。

会話を切り上げても良かったけどしばらく話してみよう。



「あぁ、そう。で?どうしたの?」




「あの、ピアノ弾きませんか?」




「ん?弾くけど???」




「あ、そういうことじゃなくて…。」




「ん???」




「藤原さんのピアノが聴きたいです!聴かせてください!」




「いいよ。君もう成年?」




「やった!!!

はい、こんな形ですが成年してます!」

目の前の少女はなぜか顔を赤らめている。



「あ、そう。じゃ夜バーでピアノ弾いてるからおいでなさい。

お店ここね。」




「えっ!?あっ!あれっ?」




お店の名刺を渡して速攻で帰った。

ややこしいことになりそうだったから。

ややこしいのは笹塚で間に合ってます。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

※本作のジュリアードのオーディションについては完全に想像で書いてます。

実在の団体、人物とは一切関係ありませんので、フィクションとしてお楽しみください。

いつも本作を読んでくださりありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る