第73話 留学手続きの交渉とお土産渡しの日。



今日は年明け一発目の授業だ。


車も新しくなったことだし(新しくはない)、心機一転あらたな気持ちで今年も頑張ろうという気持ちが湧いてくる。




amgのサウンドを響かせながら学内の月極駐車場に車を止める。

いつ見ても、ここの駐車場には学生の高級外車がちらほらと見受けられる。

噂によると、他大学ではあるが、学生身分ながらフェラーリで通学する奴もいるらしい。




「あれ?藤原、車変えたの?」


声をかけられて振り返ると、この駐車場で知り合った他学部の生徒がいた。

こいつとは初対面の時、車の話で盛り上がって、今では会えば話をするくらいの間柄になれた。


しかも私の数少ない男友達の1人だ。




「おぉー、下田ぁ。まぁ実家の車だよ。

持ち主が海外に行って私が管理することになったから、前の車売ってこっちにしたんだワ。」

何故か下田と話すとイニシャルDみたいな口調になる。



「なるほどね。いい車だよね、G63。

しかも限定のチャイナブルーじゃん。」




「そういうお前こそ車変わってんじゃん。

いつのまにかポルシェだし。」




確か前はアウディの速そうなやつだったはずだ。




「サーキットでちょっとクラッシュに巻き込まれて大破しちゃって…。」



「サーキット遊びだなんてお金持ちだねぇ。」



「まぁここだけの話、自分で起業してるからね。」




「あぁ、そうなんだ。

いい車乗ってるってことはなかなかうまく行ってんの?」




「うん、ポルシェ買ったのも、まるごと企業に売却したから

そのまとまったお金が入ってね。


ポルシェ買って、残りはまた新しい起業の起業資金にする予定。」




ほぉー、賢い奴もいるんだな。

身近でそういう話を聞いたのも初めてだった。




「その起こした会社長く続けるつもりなかったの?」




「うん、なんかうまく行き始めちゃうと興味失っちゃうんだよね。

その次の新しいことしたくなるっていうか。」




「ほぉー、それなんとなくわかる気がする。

次から次へ新しいことやりたくなるって。」




「あ、ほんとに?

だよね、たくさんやりたいこと、実現したいこと頭の中にあるのに、

一つのことにじっくりなんて、そんな風に腰据えられないんだよ、僕。」




「うんうん、なんとなくだけど私も似たところある。」




「ね。

きっと、続けることで見えてくるものもあるんだと思うんだけどねぇ。」




「ねぇ〜。」




そんなことを話していると分かれ道に差し掛かったので彼と別れる。




「じゃ、僕こっちだから!」




「はいよ、またね〜。」




そのあとはちゃんと普通に授業を受けた。




「あ、ひなちゃん!」




「あ!ひ、ひ、ヒロくん!久しぶり!」


今ヒロくん呼びに間があった気がするが、

ちゃんとヒロくんと呼ばれたので全然問題ない。




「はい、これお土産。」




「えぇ!いいの?」




「うん、ひなちゃんに。」




「う、嬉しい!

開けてみてもいい?どこ行ったの?」




「うん、ニューヨークに。

これはそのニューヨークで見つけたお菓子屋さんのクッキーだよ!」




「やった!クッキー好き!大好き!」


ん?今なんか変な意味が込められた気がする。

クッキー大好きってあんま聞かないよな。




「よかった!じゃあしっかり食べてね!美味しいから!」




「わかった!ありがとう!大事に食べるね!」

ひなちゃんはアクションのひとつひとつが可愛くてみているだけで癒される。

こんな人と付き合える人は幸せ者だなぁ。




おっといかんいかん、私にはピアノという恋人が…!

そもそももうすぐ留学する予定なのに恋人なんか作ってる暇ないよなぁ。

一応向こうは9月始まりだから8ヶ月弱あるのはあるんだけども。




「ありがとう!

じゃあ私学務相談行ってくるねー!」




「はーい!」




ということでやってきました、留学のための学務相談窓口。



「すいません、一年生の藤原ですが留学についてお聞きしたいことがありまして。」



「はい、今答えられることでしたらお答えできます!」



この窓口でかくかくしかじか、先生と相談したことや先輩に教えてもらった交渉の進め方などに基づいてお話をした。


結論から言うと、私が在籍しているのは外国語学部なので単位は基本的に全て認められることとなった。


しかし、いかんせんジュリアードに留学した生徒がいないため、カリキュラムのやり取り等の問題が発生したので、のちのちメールで回答することで決着した。



またジュリアード留学に際してオーディションがあるのでそのオーディションの結果次第ではあるが、留学できることとなれば学務係は全面的にバックアップしてくれることになった。



また面倒な大学側とのやりとりも基本的には学務が代行してくれることになったのでありがたいことこの上ない。



学費全免の成績優秀特待生やっててよかったぜ。

もし留学できませんとか言われたら私費になるから休学しないとだし、来年から学費全部払わなきゃいけないとこだったよ。



途中からは学部長なども話し合いに参加してくれて、とんとん拍子で話が進んでくれたのが大きかった。

やっぱりネームがある大学だとウチも支援したいのね。





とりあえず留学する体制は整ったということで、オーディションに向けた練習もスタートする必要がある。


ジュリアードから来た通知によると日本オーディションは2月が第一次予選ということで、それを通過すると、2週間くらいのスパンで第三次予選まである。


三次まで突破するととりあえず留学資格が付与される。


ちなみに一次予選は古典派、ロマン派、近現代の指定された作曲家の中から異なる時代区分で二曲だ。


私はロマン派からリスト、近現代からショスタコーヴィチをチョイスした。


リストは私の決め球カンパネラ、ショスタコはセカンドワルツという映画「アイズワイドシャット」でも使用された曲をやる予定だ。



もともと自分のレパートリーをクラシックに極振りしようとは思っていないので、

この選曲によって、自分は広く学びたいという意思を伝えようと思う。

いつものように練習室に向かおうとして、家にもうピアノがあることを思い出す。

習慣とはなかなか変えられないもので、苦笑が漏れる。




「お、幸祐里。」




「おぉ、吉弘。」

ちょうどいいところでみつけたのでお土産を渡しておこう。




「はい、ニューヨーク土産。」



「おぉ?ニューヨーク?」



「そう。ニューヨーク。

ちょっと用事で行っててね。」



「ほーん、ありがと。」

幸祐里は特に細かいことも聞かずに、丁寧に封を開ける。



「おぉ!レターセット!」



「別に深い意味はないんだけど、

路地をちょっと入ったところに文具屋さんがあってね。

そこで見つけたレターセットを見ると何故か幸祐里を思い出したから買ってきた。」




「何そのロマンチック。」




「いいでしょ?ロマンチックで。」




「でも素直に嬉しいわ。

しっかり使わせてもらう。」




「あいよ。」




今日の学内での済ませたかった用事は全て済ませたので帰ることにする。

みんな喜んでくれてうれしいな。

おじさんにもお土産もって行かなきゃ。








〜〜〜〜〜〜望月緋奈子の場合


「ヒロくんからクッキーもらっちゃった!!」




やばいやばい!

これはもうテンション爆上がりだよ!

きっと、私が食べたことがあるクッキーの中で一番美味しいに違いないよ、絶対!




わー、楽しみだ!

早く家に帰って食べなきゃ!




その日に抱えてた仕事は爆速で終わらせて家に帰った。

その時の様子を友達は鬼神の如くって言ってたけどよくわかんない。




家に帰って、めちゃめちゃ可愛いカンカンを開けて幸せがいっぱい詰まった中身を覗き込む。




「やばぃ…もったいなくて食べれないよ…。

でも、ひとつだけ、ね?一つだけだよ…?」




…声にならない美味しさが頭の中を駆け回る。

幸せって多分こういう味なんだね。




ヒロくんありがとうございます。







〜〜〜〜〜〜〜弓削幸祐里の場合




なんだあいつレターセットなんかお土産って。

ググってみよう。




なになに?

2人の思い出を記す…?


おいおい、積極的じゃないのよ。

選んだ理由もロマンチックじゃないかい。えぇ?




しかも、私のこと思い出すとか。

もう私のこと大好きじゃん?

時間の問題か?ん?





……うん、やばいわ、好き。

旅行先で思い出してくれるとかやばい。

キュンポイント高すぎ。




時間の問題なのは私の方だったわ…。

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