第72話 帰国してから。



早速日本に帰ってきてすることといえば、車の入れ替えだ。


せっかくなおちゃんに許可を得たのだから。

朝から昼過ぎまでみっちり練習してから、最低限の荷物だけ持って実家へ。


両親はすでに日本に帰国している。

最近は1日に何時間かはピアノに触ってないと気持ち悪くなるようになってきている。

もはやほとんど病気だ。




自分の演奏だけを録音したCDを流しながら高速道路で約2時間とすこし。

関東の外れにある我が実家へ。



自分の演奏を聞くとやっぱりまだまだだなと思うところの方が多い。

うまくやれたというだけで、うまくいってはない。

あれ?こんな曲だったか?


とか、


あれ?ここ音抜けてない?

とか思うことがまぁなんと多々ある。

機械の演奏ではないのだから、どれだけ人を感動させるか、とかそういう言葉ももちろんあるけど、それはあくまでも確実な基礎の積み重ねがあってこその話。


私にはまだ基礎が全然足りない。

次の練習にはこんな練習をしてみようとか、この曲のこの部分であんな表情を見せるにはどういう練習が効果的なのか、そんなことばっかり考えていると実家にすぐ着く。




「ういーす、ただいまー。」



「あら!帰ってくるなら言いなさいよ!」


いや、確実に言ったんだけどな。


「ごめんごめん、忘れてた。」


なんと言っても母は言うことを変えないので適当に自分が折れる。


「あんた晩ご飯は?」



「あるなら食う。ないなら食わん。」



「じゃあ食べていき。」


毎回実家の晩ご飯はあり得ないほどの量が出てくる。

これを食べて、適度に運動して育ったのだから、

私もなおちゃんもフィジカルに関しては一時期、日本トップクラスを誇った。はず。

小さいころにたくさん運動したおかげか、私は結構背が高い。

私の身長は180ちょっとくらい。

なおちゃんの身長は忘れた。


なおちゃんが外国の選手に負けないのもこのフィジカルが土台にあるからだ。

私は途中で脱落した。

ゴリマッチョから卒業してモテるために細マッチョになりたくて。


でもなぜか、なおちゃんはどれだけ食べてもどれだけ鍛えてもすごく華奢に見える。


きっと筋繊維がカーボンファイバーでできているのだろう。


一度私が高校の頃、鍛え上げた筋肉に自惚れて肩パン対決を挑んだが、なおちゃんの一発で肩の筋肉が陥没したのはいい思い出だ。


先行を死守すればよかった。






実家のご飯は今でも出されたら出された分だけ食べるのが我が家の流儀だ。

残したやつは…。

いや、やめておこう。



でも実家のご飯ってなんでこんなに美味しいんだろうね。

本当に母の力は偉大だ。




「ただいまー」


私が一心不乱に晩ご飯と格闘していると父が帰宅してきた。




「おお、吉弘、帰ってきてたのか。」


フィジカルモンスターこと、父だ。


身長は私より高く、体重も私より重い。


最近アマチュア格闘技を始めたらしく、体のキレはもはや私の知る父のそれではない。


父も母も習い事とか新たに何かを始めることが大好きで、ある程度のところまでは極めないと絶対にやめない。


私の多趣味はたぶん、両親譲りだろう。

なおちゃんはとにかく一つのことを極めるのが好きだ。




「で?突然帰ってきて何事。」




「なおちゃんから車こっちに持ってきといてって。」




「あぁ、いまお前なおちゃんの家だもんな。

俺もいちいちバッテリー上がらないように車動かすのめんどくさいから早く持ってってくれ。」

元々うちの家は、たくさん車を持っていたのだが、

なおちゃんが試合で勝つたびにもらっていた車を、この度すべて売って集約してベンツのGクラスにしたのは記憶に新しい。

そうしたら1台だと不便なので結局2台中古で買ったらしく

父はアメ車、母は軽自動車を買った。


「あら?持ってってくれるの?

あれ大きいから邪魔なのよねぇ。運転しにくいし。

あんたのと交換して。」




母は小柄な人なので小さい車の方が好きだし、父はアメ車以外は車と思ってないような人間なのでなかなかに理解しかねる。


父はもともとアメ車以外は車と思ってないくせに、なおちゃんからプレゼントされたベンツは嬉々として乗り回していた。


強面の父も娘には勝てない。

いまはプリマス バラクーダというクラッシックカーみたいなのに乗っている。

父曰く、アメリカンマッスルというジャンルらしい。


「うん、交換して、今乗ってるの置いて行くけど、なおちゃんそれ売っていいってさ。」




「そうか。今日泊まって行くんだろ?」




「うん。風呂入りたいし。」


自慢なのだが、我が家の実家の風呂は一見の価値有りだ。

総檜造で、20人は一度に入れる。

DIYにハマった父と母が精魂込めて作り上げた手作り風呂である。

ここまで来るとDIYじゃないな。本業大工だよ。




食事を終え、自慢の檜風呂に入りながら、来年の留学の話をいつしようか悩む。

とりあえずサウナに入るかと思い、サウナで考える。


すると父が入ってきた。




相変わらずすごい筋肉だ。

いや、かつての筋肉量を遥かに凌駕している。

大きく発達した広背筋には憧れすら覚える。




「なんか悩んでるんだろ。」


驚いた。頭の中まで筋肉に支配されていると思ったらしっかり息子のこと見てたんだな。



「うん、まぁね。」




「いってみろ。」

ぶっきらぼうなところが父らしいなと感じる。



「今年留学しようと思ってる。」



「いいじゃないか、金はいくらでも出す。

お前が一回りでかい男になって帰ってくるなら金は惜しまん。」


そこまで言い切れる父を男として尊敬する。


反面、人間としての成長をしっかりと念押しするところが、大事なツボを抑えてる大人の男というところか。




「一応もし、学費の面とかで世話になる必要が出てきたらお願いする。

でも1年間外に出るわけだけど、文句ないの?」




「かまわん。母さんには俺が強く言っておく。」


何が強くだよ。

母さんの尻に敷かれてるの知ってるんだからな。

でもそこまで息子の成長を期待してくれているところにありがたみを感じる。




「わかった。どこに留学するかとか聞かないの?」




「きかん。男が決めた道を問いただすのは野暮だからな。」




「武士かよ。」




「お前が一流の漢になったときに思い出話をしてくれ。


親の助けが必要になった時は遠慮なく頼れ。


お前も男だ、詳しくは聞いて欲しくない時もあるだろう。」




「わかった。」


父の多くは語らないが、親として男として最大の支援を約束する姿勢には感服せざるを得ない。


私も父のような男になりたい。




「先に上がる。」


父はサウナを出ると水風呂に一気に浸かる。

私はまだそこまで男らしく水風呂に浸かれるほどの域には達していない。




そのあとも風呂で父と無言の語り合いを続けた。








翌日、父のロードワークに付き合い、母の朝食を食べて東京の家に戻る。


唯一違うところは車がでかくなったところだけだ。




「やっぱでかい車は運転しやすいな。」


母と違って私はでかい車が好きだ。

景色が見やすく、死角が少なくなったように感じるからだ。



なおちゃんがあてがってくれた東京の自宅の駐車場に車を止めても、

なんとか見栄えがするし。


ロールスやフェラーリに比べると多少の格落ちは否めないが、これ以上張れない見栄を張っても仕方がない。


今でさえギリギリの見栄を張っているのに。






契約している駐車場に車を止め、部屋に戻る。

運転に疲れたのでしばらく休んでからピアノだ。

もうそろそろ学校が始まるので近日中にやることを整理しておこう。


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