第70話 なおちゃん家からニューヨークへ。そして帰国。


先生と先輩がなおちゃんちに迎えに来てくれた。

なおちゃんは二人を家に上げると大人同士でなんか話をしていた。

私たちはその間暇なので適当にピアノを弾いて、先輩が歌っていた。




先輩の歌って聴いたことなかったけどめっちゃうまくて、私は音感はあるのに歌は微妙に音痴なんだよなぁ。

あんまり得意ではない。

歌える曲もあるけど。


最初サックス始めた理由も歌が上手くなるといいなっていう希望的観測もあったりなかったり。




リビングの窓を開けてそんなことをしていたらやってくるのはもちろんお隣さんのソフィア。




「何この子!?超可愛いんだけど!?」




「お隣さんの娘さんのソフィア。」




「ソフィアです!ソフィーてよんでね?」




先輩の心臓が何かで撃ち抜かれたような音がした。

そこからはもう、おゆうぎ会だ。

私がピアノを弾き、先輩とソフィーが歌い、さらにソフィーは踊る。




そんな夢のような時間を過ごしていると、ソフィーにはお迎えが来て、大人たちの話し合いは終わったようだった。




「ソフィー。私はもう帰ってしまうけどいい子でいるんだぞ?」




「えぇ…帰っちゃうの…?」




ソフィーの目には涙がみるみるうちに溜まってきて、今にも溢れそうだ。


罪悪感を刺激される。




「きっとまた会えるよ!ほら、泣かないで!」




ソフィーは目をごしごしこすり、涙を拭くと、両手を開いて、

私にだっこを要求した。


仕方ないので抱っこしてあげると少し落ち着いたのだろう。

絶対にまた会おうと約束をして別れた。




「吉弘くんモテモテね。」


先輩が皮肉げにいうものだから少し腹が立つ。


「あんな小さい子に妬くんじゃないよ。」


「べ、べつに妬いたりとかは…、そんな、別に」

仕返しに軽めのジャブを打ってやると思った以上にあたふたしていた。






「じゃあ、日本での留守は頼んだわよ。」



「うん、綺麗にしとくね。」



「車も壊さないでよね?車検もメンテナンスもちゃんと行くのよ?」



「それくらいはわかってるよ。」


なおちゃんの車を使わせてもらえるのが一番楽しみかもしれない。

車体色が限定のチャイナブルーというカラーなのだが、この色がたまらなく美しい。



なおちゃんの家に住んでいる以上、大家さんの言葉は絶対だ。

家も車も綺麗に使わせていただこう。






そんな挨拶を交わして、我々御一行は一路ニューヨークへ。

行きとおなじく、チャーター機での旅路だ。



「いいお姉さんね。」



「そうでしょう。両親家を空けがちだったこともあって、私にとっては姉が親代わりみたいなとこもあります。


親よりも先に姉に話を通した方がうまく行くことも多いです。」




「さっきお話しさせてもらったけど、あなたのことを本当によく考えてくださっているわよ。」




「えぇ。いつも頭が上がりません。」




私にとって、なおちゃんの存在は単なる姉で語れるものではない。

姉であり、母親であり、父のようでもあって、親友だ。

私のたった1人の姉弟で、永遠のライバル。


そんな大事な姉である。




「そういえば、隣の家の子ナンパしたの?」



「逆ナンですよ。向こうから来たんですから。」


「あなたどこまで女の子はべらすのよ…。

いつか刺されるわよ?」




「まぁ、死ぬときはそうかもしれないですね。」

客観的に今の状況を考えると、そう言われても何の反論もできない。




「先生、しかもその子ものすっごい可愛いし、美人なんですよ!」



「先輩、相手は子供ですから…。」



「あんな小さい頃からこんな男にハマっちゃうなんて、将来が心配だわ…。」




確かに私も大丈夫だろうかと心配になる。

しかしダンスと歌には光るものがあった。

私は素人なので詳しいことは何もわからないが。






しばらくするといつものニューヨークの街並みが見えてくる。

やっぱり飛行機だと早い。

地図上はもっと離れてる気がするのに、実際に飛行機だとすぐだ。



何事もなく着陸し、まるで普通であることのようにリムジンが飛行機に横付けされ、普通に豪邸に帰る。


先生が努力した結果、掴み取ったこの日常。


私も、ここまでお膳立てしてもらっておいて何も結果を出せないというのは寂しすぎるだろう。




先生を超えるほどの結果を出したい。




このとき初めて力を渇望した。

明確にどうなりたい、どうしたいという目標を感じたことさえ初めてだったかもしれない。





先生の家に帰ると

その熱意が冷めないうちに、ピアノに打ち込む。

久々に心配されるほど弾き込んでしまった。





明日の午前中の便で日本に帰ってしまうため、ニューヨークで丸一日使えるのは今日がラストだ。



私にとってはニューヨークは、今年中に留学で移住する予定なのでわざわざ観光することもない。




となれば、することなどただ一つ。

練習だ。

先生がいるのだから、こんな最高の練習環境はない。

今日で最終日なのだから、思う存分レッスンしてもらおう。





朝からずっと、付きっきりで練習を見てもらううちに、先生もだんだんと熱が入ってきて、昼ごはんを食べるのも忘れて夜になってしまった。




そうなると黙ってないのが実季先輩だ。



「いい加減にしなさい!」



「「はい…。」」



「いい歳した大人が!

何時間も部屋にこもって!」




「「ごめんなさい。」」




「お昼ご飯は私1人だったんだよ!」




「「ごめんなさい。」」

先輩の言うことはいちいち的を射ていて、心をえぐってくる。




「その上晩ご飯まで私1人!?」



「「ごめんなさい。」」



「いい加減にしなさい!」



「「はい…。」」




晩ご飯の時間になっても一向に食卓にこない私達に、業を煮やした先輩が殴り込みにやってきて、1時間ほどして、ようやく先輩の怒りがおさまった。






「晩ご飯食べるよ!」




「「はい。」」




晩ご飯はシェフが作ってくれた和食だった。

別に和食なら帰ってからいくらでも食べられるから、いいっちゃいいんだけど。

と思ったが、やはり別物。


所詮アメリカの和食でしょ?と思っていた自分を恥じる気持ちでいっぱいだ。


下手な日本の和食屋さんより、よほどおいしい和食が食べられた。




「もう明日の準備はしたの?」




「はい、とりあえず私は服何着か置いて行こうと思ってますんで、荷物は軽いです。」


何着かとは言っているが、実際は全部置いていく気だ。




「そうね、日本で困らないなら置いてっていいわよ。実季ちゃんは今回は服持ってきてないんじゃない?」




「そうですね、替えの下着何枚かくらいしか。

でも私はお土産がだいぶ多いので…。」




やっぱりそうなんだ。

まぁその方が楽だし。




「実季ちゃんはほんとにいつもたくさん持って帰るわよね。

藤原くんはお土産買ったの?」




「いえ、そんな大量ではないですけど買うは買いましたよ、一応。」




叔父さんと、オーナーと、幸祐里、ひなちゃん、一応癸美香も。




「そう、なら大丈夫ね。

あと、去年の年末の仕事ぶりを見ると、年明けからは、実季ちゃんも藤原くんもバンバン仕事回しても大丈夫そうだから、そのつもりで。」




「えぇ…。」




「ちゃんとお金は払うわよ…。」




「いや、その心配じゃないです…。」


あの年末のデスマーチは勘弁していただきたいところである。




「まぁ量は調整するわ。」




「「はい。」」




もし、スケジュール的に厳しいようならゴルフの方のバイトは辞めるのを早めさせてもらうことになるかもしれない。






「じゃあせっかくだし、最終日ということで、発表会やりましょ。今から。」




「「今から!?」」




「せっかくホールもあるんだし!」




「ホール!?」




そうして案内されたのは、個人宅ではあり得ないほどの大きさのホール。

ピアノはファツィオリのフルコンサートピアノF308。




「さ、308がある…。」


どうしても欲しくて欲しくてたまらなかったが、部屋のサイズ的に諦めた308。




この広さのホールなら十分に音を響かせることができるだろう。




「じゃあ実季ちゃんから!」




先輩はため息をつきつつ、今回のニューヨークで通して練習していた曲を弾く。

曲目はパガ超。

私がよく弾くのはパガ大の第3番。

先輩が弾くのはパガ大の元になったパガ超の全曲。


パガ超とは、パガニーニによる超絶技巧練習曲のことで、誰も弾けないから改訂されてパガ大ができた。パガ大とはパガニーニによる大練習曲集のこと。



もちろん両方全編アホみたいに難しい。

先輩がそれを弾き切った時自然と拍手が出た。




「うん、よく仕上がってるね。


あとはもう少し楽譜に忠実に。付点のつきかたとか表情作りが少し甘いところがあったわ。


はい。次藤原くん。」




なんか変に緊張してきた。

まぁなせばなるし、なさねばならぬので、やれるだけやろう。




曲目はショパンの枯葉。




これは本当に指使いが鬼。

我流でやってしまった運指を一度叩き直すという意味でも本気でぶつかる必要があったし、自分としてもぶつかりたかった。


途中なんどもとちりそうになったが力ではねのかしてきた。


演奏はなんとか及第点と言ったところか。




終わった後、先生からの講評。


「具体的に大きな問題は見つかりませんでした。 唯一のもうすこし、あえていうならすこし棒引きだったかも。」




「かしこまりました。」


そのあとも練習は続く。




天辺を過ぎた頃で解散となり、翌日みんなで朝食をいただいて、ボブの送迎で空港に向かう。


車はもちろんロールスロイス。

先生はそのままドイツに向かわれるようで大荷物だった。

ちなみにみんなの荷物は随伴車のキャデラックに積んである。あの、来るときに乗ったでっかいやつ。




「じゃ、みんな!元気でね!」




「はい、期間中お世話になりました!」




「お世話になりました!」




「2人はまた今度ドイツにも呼び寄せるから!」




「たのしみにしておきます!」




そう挨拶を交わして、先生はルフトハンザのターミナルへ。

我々はANAのターミナルへと向かう。




「楽しい期間でした、先輩ありがとうございます。」




「こちらこそ。

ちゃんとバッグも時計も大事にするんだぞ!」




そんなたわいもない話をしながらチェックインを済ませ、飛行機に乗り込む。

ちなみに座席はビジネスに変更した。

お年玉もあったし。




ビジネスってあんなに快適なのな。

もうエコノミー乗れないかも…。



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