第69話 年明け三日目。


「あれ、どこ、ここ」




そうだそうだ、なおちゃんちだ。

昨日来たんだった。




賃貸なのに一軒家で、しかも広いしすげえなアメリカ。


昨日ピアノ弾いてたら、隣の家の人も差し入れというか、なんかみたこともないような大きさの肉持って来てなんかパーティーみたいになってたし。


なんか止まってる車見る限りその隣の人も大金持ちっぽい。


アメリカには高級住宅街しかないんか?




リビングに行ったらなおちゃんはロードワークをしてくるとのこと。

することもないのでリビングのピアノを弾く。

置いてあるピアノはヤマハの小ぶりなグランドピアノ。


やはりヤマハは初めて触るピアノでもとっても弾きやすいし、音も綺麗に響く。

本当に素直なピアノだと思う。

小さいくせに懐が深くて本当にいいピアノだ。


プロだなんだと言わないならこれほどコストパフォーマンスに秀でたピアノはない。


もちろん最上位モデルは世界の超一流メーカーと同じくらいにいい音だし、どの演奏家に聞いても、もはや日本のヤマハではなく世界のヤマハと認識されているのは言うまでもない。




ピアノを弾いていると小さい子がやってきた。

昨日きてくれたお隣さんのお子さんだ。




「どうしたの?」




「きれいな音がしたからきた!」




「あら!ありがとうねぇ!」


小さい子に話しかけるときはどうもオネエっぽくなる癖がある気がする。




「何か聴きたい曲ある?」


これで知らない曲でもきたら少し恥ずかしいところだ。




「マザーグース!」


おぉ、なかなか教養がしっかりしている…。

さすがはお金持ちの子女といったところか…。




「じゃ、この歌知ってる?」


私が弾いたのはハンプティダンプティ。




「わー!ハンプティダンプティだ!」


そのあとも私の弾くピアノに合わせて、歌って踊ってくれたりして朝のひとときを過ごした。




そろそろ私のアメリカ童謡レパートリーが尽きるかどうかといったところで、お隣さんが迎えにきてくれた。




「ごめんなさいね。」




「いいえ、私も楽しい時間が過ごせました。

またきてね!」




「うん!わたしソフィアっていうの!

ソフィーまたお兄さんのために歌ってあげるね!」




「ありがとう、わたしはヨシヒロだよ。

ヒロって呼んでね!」




「うん!ヒロ!またね!」


ソフィアという名前に運命的なものも感じたが、アメリカでは流行っている名前なので、気のせいかと流しておく。






〜〜〜〜〜〜




余談だが、この後ソフィーはヒロのお嫁さんになると大騒ぎして、面白がったご両親がじゃあ歌姫にならなきゃねと焚きつけた。


その結果、約12年後18歳になるソフィーはグラミー賞を最年少(17歳10ヶ月)で主要4部門を含む6部門を受賞した。これは12年ぶりの快挙である。


その時の受賞スピーチにて、ある1人のためにここまできたと発言して、その1人が誰なのかが世界中で捜索された。


そして、その受賞を記念した世界ツアーのピアノに、当時すでに世界的ピアニストであった藤原吉弘氏を指名する。


このとき、もしかするとスピーチのある1人とは藤原吉弘のことなのでは?と推測するメディアは出始めていたがいわゆるゴシップの域を出ることはなかった。


そして、アメリカから始まった世界ツアー。ラスト会場の、日本の東京ドームにて、ソフィーは吉弘にキスをした。


この時の写真は世界中の新聞の一面を飾ったのは読者諸兄の知るところであろう。


このソフィーの12年のロマンスはその後映画化されるが、ソフィーのキスの真意、またその後を知るものは当人たちのみである。




(グラミー賞珍事件簿「世界の歌姫の恋」より抜粋。)


〜〜〜〜〜〜




お隣さんが帰った頃なおちゃんも帰ってきた。




「あら、ピアノ弾いてたのね。」




「うん、弾いてたらお隣さんのちっちゃい子が踊りにきて可愛かったよ。」




「えー、見たかったー。」




「また来るっていってたから、多分また来るんじゃない?」




「そのときはわたしも呼んでね。」


自分で音聞きつけてこいよと思わなくもないが、それでは私はハーメルンの笛吹きなので、その時はちゃんと呼んであげることにした。




2人で朝食を食べていると、唐突になおちゃんが聞いてくる。


「あんたどうなのよ?」




「どう、とは?」




「いろいろよ。計画は進んでるの?」




「そっちは進んでるよ。

この年末にジュリアードに挨拶に行ってきた。」




「え!?あんたジュリアード行くの!?」




「うん、そのつもりだよ?」




「い、いけるの!?」




「たぶん。試験落ちたら終わるけど。」


半笑いで言う。

試験に落ちたら本当に笑うしかない。

弓先生の顔に泥を塗るだけでなく、今後の演奏家人生の未来にも影響してくる。


いくら弓先生の後ろ盾があるとはいえ、

弟子のために便宜を図るよう要求する師匠ではない。

むしろ、そんな要求をする必要がある弟子なら演奏家なんて辞めてしまえというタイプだ。


あの人意外にもドライでストイックなのよ…。

そのおかげで成長できてるけどね。




「ま、まぁそうよね。」




「あと、来年公開の映画のエンドクレジットに名前が載る。」




「えぇ!?!?」




「弓先生の助手で参加してきた。」




「もうそんなことまでしてるのね。

どうりで動画の更新が遅れてると思ったわ…。」




「それはたぶん編集が遅れてるだけ。

一応演奏動画送ってるし。」




「あ、そう…」




「そんなことよりなおちゃんの方こそどうなのよ。」




「うーん、普通…?」


なおちゃんは良くも悪くも、プレー中は感情の起伏が少ない。


雨が降ろうと槍が振ろうといつも通りのゴルフをする。


笑いもしないし怒りもしないので、最初AIゴルフなどと呼ばれていた。


しかし、一度家族が来ている時だけ少し笑顔が出る。

そして絶対勝つ。誰がつけたか、幸運の必勝スマイル。

そのスマイルにやられた日本中のおじさんの数は数えきれない。


また、その美貌と並外れたスタイルのおかげで女性ファンも多く、

なおちゃんにあこがれた女性ゴルファーの数が急増したともいわれている。


なおちゃんの日本ツアーラストの試合はおじさんたちの涙と一緒に語られるとか。




「なおちゃんが普通っていうなら心配ないね。」




「再来週フロリダで開幕戦なんだけど来る?」




「えぇ…。」




「来てよ、暇でしょ?」




「来て欲しいの?」




「うん…。」


なおちゃんがたまに見せる弱いところは弟の私から見ても本当に可愛い。




「じゃあチケット送ってね。

あとホテルはピアノがあるところじゃないと嫌よ。」




「!!!わかった!!!」




私は24時間以上ピアノに触れられないと死んでしまう体になってしまったので、今後どこへ行くにもこの制約がついて回るだろう。


実際死ぬことはないが、1日弾かなかった場合、勘が鈍るので取り返すのに1週間かかる。


これが効率を悪くする。




そのあとはなおちゃんがトレーニングする中でずっとピアノを弾いてあげてた。

誰がインストのスポティファイやねん。


また、この時に弾いていた曲はちゃんと録音していたので

なおちゃんは試合中ずっと聞いとくと言ってくれた。

今後も定期的に演奏動画とか、録音データ送るね。

だれか詳しい人にスマホに入れてもらってよ。

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