第68話 なおちゃんに会いに行く。


我々御一行は先生のチャーター機でロサンゼルス国際空港に降り立った。




なおちゃんはまだジムでトレーニングしているようなので、タクシーでも捕まえようかと思ったら、またしてもリムジンが飛行機の横に横付けされた。




「さぁ!行くわよ!」




先生のやる気はマックスだ。




運転手はボブではなかったが、なおちゃんのいるジムの場所を伝えるとすぐに向かってくれた。




車で3〜40分でジムに着く。


なおちゃんに連絡するとすぐに出てきてくれた。




「あけましておめでとうございます。」


という日本人の年明けに使われる定型文のような挨拶をするとなおちゃんが横に目を向ける。




「あ、こちら師匠の弓先生と、姉弟子の実季さん。」




「えぇ!?!?

すみません、ご挨拶が遅れまして、愚弟がお世話になっております。」




なおちゃんは腰を深くおり挨拶をしてくれる。




「とんでもないことでございます、

吉弘くんには非常にお世話になっておりまして…。」




大人同士の挨拶が始まったので、姉のコーチやトレーナーと話をして時間を潰す。




「今年どんな感じなんですか?」




「非常によく仕上がってますよ。

今年はアメリカ移住1年目なので無理に試合には出ずに調整メインで小さい大会に出ました。

やはりメジャーの壁は厚く勝ったり負けたりという感じですが、確実に手ごたえを感じています。


そういえば、前吉弘さんに負けたのが相当悔しかったみたいで、フィジカルの強化にものすごく力を入れてます。


多分ドライバーの飛距離負けないんじゃないですか?」




「おっ、それは負けてられませんね。」




トレーナーと盛り上がっていると、実季先輩が疑問を持つ。




「吉弘くんゴルフできるの?」




「柳井さん、吉弘さんはなんでプロにならないのか不思議なくらいゴルフが上手なんですよ。


今でもスポンサーになりたいっていう企業がポツポツあるくらいで。」




「えぇ!?!?ほんとに!?!?」




「特に、飛距離に関してはプロのお姉さん、ナオさんを凌ぐほどの実力ですよ。」




「えっ!見たい!」




「せっかくなのでやってみましょうか。

なおちゃん!やろうよ!」

私もなんか気分が乗ってきた。



「よっしゃ!今回はやったらぁ!」

なおちゃんはさっきからちらちらとこちらをうかがっていた。

リベンジの機会を探していたのだろう。



ということで、勝負事が大好きな先生も乗り気で、飛距離を測ることができるブースに向かった。




飛距離の測定条件は前回と同じで、実家のものよりもさらに高性能なものを用意してある。




「自分道具持ってきてないんで、Xシャフトのでなんかありますか?」




「こちらで良ければ!」


なおちゃんのスタッフさんが持ってきてくださったのは、なおちゃんが契約するメーカーのドライバー。


シャフトの硬さはプロ用なので求めていたものより少し硬いがちょうどいいくらいだろう。

私も努力していなかったわけではない。




これからはじまる姉弟対決に姉をサポートするチーム藤原がにわかに沸き立つ。






調子を確かめるように何球か軽く振って体を温める。

しっかりと柔軟することも忘れない。




軽く振っても250ヤードを超えそうなスイングと打球音にあたりがどよめく。




「何賭ける?」


毎回毎回、我々の勝負には何かがかけられる。

前回は服を買ってもらった。

ついでに財布も。




「なんでもいいわよ。」




「じゃー、実家にある、なおちゃんの車!」




「この前と桁が違う…。


まぁ、あんたが持ってたら日本に帰ったとき、私が使いやすくなるからいいけど。」


※ゲレンデヴァーゲンG63 AMG

参考価格2200万円 




どっちにしろ保管地が実家から私の家に移るだけである。

勝手に持っていくのは違うよねと思ったのでこちらを商品に希望する。




「じゃあ、私が勝ったらボッテガのバッグ。あとロエベの新しいやつ。」


※ボッテガ マキシ ザ・アルコ スラウチ

参考価格 82万5千円 (税抜)


※ロエベ スクイーズバッグ ミディアム(ナパラム)

参考価格 56万2千円 (税抜)



ネットで調べてみた。


「これが弟に要求するものか?」


車と違って、私がどれくらい稼いでるのが知ってる上で、

約140万弱という値段が微妙にリアルなのが嫌だ。




「そのセリフあんたにそのまま返すわよ。

その時計つけといてよく言えるわね。」


ぐうの音も出ない。

でも!これは先生がくれたやつだから!



「じゃあ先行はもらうわよ!」




「どーぞ。」




姉がブンブン振り回すドライバーの音が怖い。


完全にやる気できてる、


対抗するために、寸暇を惜しんで柔軟する。




チャンスは3球。


一球目。


わずかに芯を外れた音がする。


それでも表示された結果は298ヤード。


完全に前回より飛ばしにきてる。

知っている限り姉の最高飛距離よりよく飛んでいる。

でもこの伸び率は、そんな短期間で伸ばせる距離ではない。


こういうところを見ると姉がプロなのだと思い知らされる。


二球目。


完全に芯を喰った。

これは飛んだ。

結果を見ると310ヤード。

ギャラリーがどよめく。


おそらく女子プロ最強の飛ばし屋なのではないだろうか。


三球目。

二球目で調整してきた芯を全くぶれずに捉えた。

319ヤード。


これはもう化け物だ。

冬にここまで伸ばせるわけがない。

冬は体が固まるので飛距離は伸びにくいとされている。

むしろ心配にすらなる。


おそらく女子プロ最高飛距離ではないだろうか。

測定器メーカーの人もいいデータがとれたと大喜びしている。




「やってやったわ。超えられるもんなら超えてみなさい。」




姉の一言がよくなかった。

自分の中で完全に火がついた。




「じゃ、超えさせていただきます。」


さらに沸き立つギャラリー。

先生も先輩も大興奮だ。




一球目。


わずかにネック寄りか。


軌道も少し思ったものと外れる。

279ヤード。

なおちゃんが鼻で笑ったのがわかった。



二球目。


確実に調整されたが、まだなおちゃんには遠く及ばず。

299ヤード。

大丈夫。次で仕留める。



三球目。


打った瞬間の打感はかつてないほど芯を喰った。

球を打った感覚すら無いほどに振り切れた。


一瞬全ての音さえ置き去りにしたような感覚さえある。


球を飛ばすための筋肉を全て使った。

腕、肩、腰、首、体幹。

全てが噛み合った。

どちらかというとボールに当たる前というより、

ボールに当たった後の方がスイングスピードが速いイメージがあった。

これは飛んだはず。



「…335ヤード。」

誰かがつぶやいた。

自己最高飛距離更新。


正直、ここまで飛ぶとは思ってなかった。


これが筋肉の力だ。




沸き立つギャラリー。

膝から崩れ落ちるなおちゃん。


「ま、負けた…。

またアマチュアに負けた…。」


実際なおちゃんと一日プレーしたらぼろ負けするのは確実に私なので

そこまで気に病む必要はないように思える。




「なおちゃんの持ち味は飛距離よりも精密なコントロールだよ。

じゃ、実家のベンツもらってくね。」




そもそもなおちゃんは元々、日本の試合でもコントロールとパットのうまさで去年日本一を獲得したプロゴルファーだ。

それを指摘すると、付き物が落ちたような顔をしていた。



「そっか、たしかにね。


私は飛距離よりもミドルアイアンのコントロールとかパットで鳴らしてたのに、あんたに負けたこと考えすぎてたわ。


でも、メジャーではこれくらい飛ばす選手もいるから、いい武器拾ったってことにしとくわ。」




たしかに、今年からメジャーに挑戦することを考えると、これくらいの飛距離の武器が無いとダメかもしれない。


私はなおちゃんの助けになれただろうか。




「姉弟対決に感動した!」


感動屋さんの先生らしいコメントだ。


実季先輩も涙を浮かべている。


「お父さんに報告しとかなきゃ!」




ちなみにこの年からなおちゃんのスポンサーが2社追加されたとかされてないとか。






対決の後は、なおちゃんセレクトのカリフォルニア料理屋さんでみんなで仲良くお食事会。




カリフォルニアの有名な観光地なども周り、途中見つけたボッテガのお店とロエベのお店で、なおちゃんが欲しがっていたバッグがあった。


明らかに確信犯的な匂いを感じるが、先生からのお年玉が米ドルで入っていたのを思い出したので、買ってあげた。




なおちゃん今年もがんばってね。

きょうだい愛に涙する2人は視界に入れないでおく。




そのあと私はなおちゃんちに。


先生方はハリウッドのお家に帰った。






「まさかあんたがプロピアニストになるとはねぇ。」




「ほんと。

逆に私からしてもなおちゃんがメジャーに行くとか信じらんないよ。」




「まぁ、アスリートなんか消耗品なんだから稼げるうちに稼がないと。」




「多分、なおちゃんは引退しても仕事なくならないと思うよ…。」

多分稼ぐ方法は山ほどあるよ、なおちゃんなら…。

今だってスポンサーのゴルフメーカーのモデルやってんじゃん…。

この前女性誌の表紙だったの見たよ…。



「あんたも頑張んなさいよ。

あ、そうだ、ピアノ買ったから弾いてよ。」




「えぇ!?買ったの!?弾かないのに!?」




「うん、買った。メンタルトレーニングに使おうかなって。」




「な、なるほど。」




そのあと、なおちゃんちで、ひたすらなおちゃんのリクエストに応え続けるという接待ピアノを弾いておいた。

なおちゃん、今年も頑張ってね。

も頑張るからさ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る