第66話 大みそか。

あの後も先生はかなり気前良くいろんなものをおごってくれて、

色んなおいしいものをたくさん食べさせてくれた。

今は円安なのですべてのものが高く感じてしまうが、いつもそんなもんらしい。



この、信じられないようなことが山のように起こった一年も、いよいよ今日で終わると思うと感慨深い。




まさか大学一年で将来進むべき道を決めるとは思わなかったし、業界人としての様々なことを教わる師匠を決めるとも思わなかった。






しかし、今ではそのすべての選択が正解だと思っているし、

たとえ今、私が選んだその選択肢が正解に見えなかったとしても私はそれを正解だったと思えるだけの努力をするだけの話だ。




常に、今の状況が最善だと思え。




と言う言葉は父の言葉なのだが、私はその一言がどうしても忘れられず、今では私の考えの根源にあるもののうちの一つだ。


だから、私は正解しか選ばないし、正解しか選べない。


長い目で見れば全部正解だ。








なぜ今そんなことを再確認しているのかと言うと、原因は朝にある。




朝起きて、いつも通りストレッチをしていると、先生が部屋に来た。






「ねぇ、散歩行かない?」




「行きます!」




と言うことで散歩に来た。


その時に先生といろんな話をしたのだが、その時に、物事の考え方などいろんな話をした。


もちろん先生の考え方にも参考になるところはたくさんあったし、私が、演奏面然り行動面然り、至らないところも先生にたくさん教えていただいた。




気持ちが良い朝の空気を堪能していたとき、とんでもないキラーパスを先生から放られる。




「ところでね、藤原くんは誰を選ぶの?」


ん?????


選ぶ????




「選ぶってなんですか?」




「とぼけちゃって。


私は藤原くんをめぐる、血を血で洗うような女たちのバトルロイヤルを知ってるのよ?」




「あぁーーーーー。

あぁ、アレですか…。」




意図的ではないにせよ、それなりにモテるということは自覚している。


それこそストーカーに悩まされる程度には。




男なのにストーカー?


と言われたこともあるが、それは確実に存在する。


自分で言うのも悲しいが、数少ない私の男友達でも時々聞くくらい。

ストーカー被害にあってる男というのは意外に多い。



最近は法律も変わって、確実に社会に認知され始めている事象ではあるが、まだまだ社会的には認知されづらいし、男であるという心理的社会的バイアスから

被害を、声を大にして言うことはまだまだ難しい。




「正直、私は誰か特定の方を作るつもりはありません。」




「えぇ!?なんで?」




「まぁ、いろんなことがありまして。

具体的な関係に進む気になれなくて。


人並みか、それ以上には関心はあるんですけど、そんなめんどくさい関係になるくらいなら、みんなのものでいる方が安全というか。」




「ほう。続けて。」



「特定の人を作ると、角が立つって言った方がいいんですかね。

みんなに愛想を振りまいて互いに牽制し合ってくれた方が私が静かに生きられるという気持ちですかねぇ。」




「理解できないということはないけど、諸手を挙げて賛成もし難いわね…。」




「まぁもう心の整理はついてますけど、普通の恋愛もしたいし結婚願望もあります。

でも、それをほっといてくれないんですよね、みんな。


この顔のせいでって恨んだこともありますけど、今では朝この顔を見るたびに幸せになります。」




「幸せって。」




「いい作りでしょう?

この顔のおかげでファーストコンタクトで信頼を取れるというのは大きいですよ。」




「なかなか歪んでるわねぇ。」




「拗らしてるんですよ、私。」




「単純に好きな子はいないの?」




「みんな好きです。

みんな可愛いし、みんな好意を向けてくれてるし。

みんなと仲良くしたいです。」




「そうなのね。」




「でも今は正直、そんな面倒なことは考えたくないですかね。

人生かけて、どうしてもやり通したいこと見つかっちゃいましたし。」




「じゃあ、今のあなたの恋人はピアノってことかしら?」




「うん、そうですね。

ピアノが恋人です。

女の子よりも音をはべらせたいってとこですかね。」




「なんかうまいこと言ったみたいな顔してるけど、全然うまくないわよ。」




「うっ…。


まぁ、そんなわけで恋人を作るつもりはないです。

でも、もし心の壁突破してこられたり、私の考えてることとか全部どーでもいい!って思えるだけの出会いがあればわかんないですけど。」




「そんな出会いなんてそうそうはないわよ〜?」




「まぁそうですよねぇ…。」




「実季ちゃんなんてどうよ。」




「実季先輩は…。

ぶっちゃけ、ナシでは無いです…。」


たしかに実季先輩はかわいいし、音楽の話もできるし、いろいろと好みドンズバの要素を持っている。



「あら!じゃあいいじゃない!行っちゃいなさいよ!」




「いやいやいや、ちょっと…。」




「絶対待ってるわよ!あの子!」




「自分から行きたいんですけど、なんか既成事実を作ろうとしてる感が怖いというか…。」




「あぁー、たしかに男の子はそういうのひいちゃうもんよね。」




「この前送られ狼されそうになりました。」




「あの子は本当に…。」

先生は頭を抱えていた。



「まぁ、無いっていうのわかってるんですけど、

自分にそういうことするってことは他にいい人出てきたら

同じようにすんのかなとか、変な邪推しちゃうというか。」




「あの子はああ見えて結構人のこと見てるから、

なんとかして藤原くん落としたいんじゃないの?」




「そうなんですかねぇ。

まぁ、自分が煮え切ってないのに、一線超えちゃうのは心が咎めるというか。

もし、私が他の人だと多分ガッツリ喰ってるでしょうけどね。」




「まぁその気持ちもわかるけどねぇ。」




「さすがに、惚れた腫れたで先生のもとを去るようなことにはしたくないですから、私。」




「そういうとこに若さがないのよ…。」




というやりとりがあった。






正直、実季先輩も、幸祐里も、ひなちゃんも、自分に好意があることはわかる。

自分も憎からず思っている。

でも、最後の一線超えちゃダメでしょ…。


友達として大切に思うからこそ、手は出さないというスタンスでいきたいのが正直な自分の心だ。


相手の気持ちに精一杯応えた結果として手をつなぐくらいで許していただけたら嬉しいな。

それこそラッキースケベくらいの感じで

友達以上恋人未満くらいの感じで長く付き合っていきたいのが本音である。


それで向こうの好きが、『異性としての好き』から『友達としての好き』にシフトしていってくれたら良い。


そうなる前に私が「そんなのどうでもいい!好き!ずっと一緒にいたい!」と思うようになったら私からアタックしたい。






うん、なんとなく自分の中で結論出た。


とりあえず第一優先はピアノだ。


そもそも、私の予定では、来年1年間留学するつもりなのに、

彼女なんか作ってのんびりしてる暇はない。

どこでどんな出会いがあるかもわからないのに、

あえて自分自身のフットワークを重くする必要はないよね。



頭がスッキリしたところでそろそろ昼ごはんだ。



今日は夜からニューヨークフィルのコンサートがあるため、夜練ができない。

だから、それまでにしっかりと練習をしておく必要がある。




幸い弓先生も例のデスマーチを仕事納めにしていたので、たっぷりとレッスンをしてもらうことができる。


午前中は実季先輩、そして午後は私のレッスンだ。




昼ごはんを食べた後、いつも使わせてもらっている練習室でウォームアップをしつつ、先生を待つ。



「おまたせ〜。」


「お疲れ様です〜。」


先生とのレッスンはいつもこんなゆるい感じで始まる。

1時からたっぷり5時間のレッスンを受けたところで、解散。

弓先生のレッスンは毎回新しいものが見えてくる。



「今日の夜、一応私たちは招待席だからドレスアップするけど、服持ってきてるの?」



「はい、一応スーツがあります。」




「色は?」




「ダークネイビーの無地です。」

このスーツはこの前先輩に見立ててもらったお気に入りのスーツである。




「まぁそれならいいか。

一応タキシードでもあればよかったんだけど。」




「タキシード?」


タキシードといえば結婚式で新郎が着るものとして頭に浮かぶ。




「一応夜のパーティーだからね。

タキシード持ってないなら作っときなさいな。

これから使うこと多分多いわよ。」



日本にいるとタキシードなんて使うことは滅多にないが、演奏家としては使うことは多いようだ。

これを機に、テールコートなども発注しておこうと思う。




「わかりました、日本に帰ったら作っておきます。」



「一応経費で落ちるから領収書忘れずに。」

そうだった、来年の税金を払うために、

諸先輩方のお知恵を拝借して会社を作ったのだった。

細かいことは全然わかんないけど。

社員は私1人の完全な個人事務所だけど。




「わかりました。」




そのあとは軽く軽食を摘んでから、スーツに着替えてコンサート会場に向かう。

先輩も先生も素敵なイブニングドレスをお召しになっていて、ただのネイビースーツの自分が一段安く見えることに恥ずかしさを覚える。


先生の顔に泥を塗るような真似はしたくないので、しっかりとしたものをオーダーしようと思う。


会場についてみると実際タキシードとスーツの人の割合は半々程度だったためすこし安心感を覚えるが、先生に挨拶に来る人はみんなタキシードだった。



席は二階の最前列ど真ん中の来賓エリアだった。

私でも知ってるようやハリウッドスターや政治家がそこかしこに座っていて緊張しかない。


その彼ら彼女らが先生に挨拶に来るものだから私としては非常に肩身が狭い。

先輩もなかなかに顔のようで、ちょこちょこ挨拶をして回っている。



やっぱり先輩は先輩で、姉弟子だ。



コンサートは市民も多く来ることから、耳馴染みのある曲が多く、

エンターテインメント的に聴衆を楽しませるというのことについて

深く考えるきっかけになった。

私が好きな曲がイコール必ずしも聴衆の聴きたい曲ではないということもあるだろう。




「素敵だったわね!」




「「はい!」」




コンサート会場で過ごした数時間はとても素敵な時間だった。




「ほら見て!花火が上がってるわよ!」




ニューヨーク恒例のニューイヤー花火だ。




「「「あけましておめでとうございます!

本年もどうぞよろしく!」」」




3人の声が車内にこだまし、なんかおかしくなって、大笑いした。




今年はもっと飛躍の年でありますように。

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