第65話 アメリカ4日目5日目。2


案内していただいているときの学長の説明で知ったのだが、

ここは日本のように明確に学部と院で明確に別組織として分かれているのではなく、カリキュラムをそれぞれの分野でプログラム通りに履修することによって博士まで学位を取ることができるらしい。


中にはあまり耳馴染みのないアーティストディプロマなんていう学位もあった。

すでに他の学位を持っている人のためのコースらしい。

よくわからんから今度誰か教えてくれ。



学生の数に比して、講師陣の数も多く、ほぼマンツーマンに近いような状況でレッスンを受けることができるというのも非常にメリットとして大きいと思う。




「今日彼女いるの?」



「もちろん。休みなんですけど、先生が来るよと伝えたら絶対行く!って言ってたので来てると思いますよ。」



「あら、悪いことしちゃったわね。」




そうしてその先生が言う彼女?のオフィス?に行く。



「今から会う人はね、私が最初のころに受け持った弟子の1人。

実季ちゃんと会うずっと前の話ね。まだ私が20代前半の頃かしら。」




先生は一体幾つなんだろう…。

想像もつかないけど、多分若い、はず。

多分私のお父さん世代くらい…?




彼女の部屋に着いたのだろう、学長が防音扉のレバーを上げた瞬間、あの重たいドアが弾けるように開き、中から背の高い女性が飛び出してきた。


そして先生を思い切り抱きしめた。




周りの学生がざわついている。




鉄の女が…


とか


氷の…


とか、例の彼女とやらは、なかなかに怖い先生なのかもしれない。

しかし、今先生に飛びついている彼女はとってもチャーミングであどけない少女のようにも見える。




「マリア、久しぶり。」




「先生!先生だ!先生!!!先生がいる!!!!」




「マリア、久しぶり?」




「あっ、お久しぶりです先生!」

意識がトリップしていたのだろう、この世に戻ってきて会話ができるようになった。




「あなたは本当に変わらないわね、昔から。」



「私だって少しは大人になったわ!

こう見えても最年少でジュリアードの講師になったのよ?私が初めてあった時の先生の年齢はもう追い越しちゃったけど…。」




「それでもたいしたものよ!

自慢の教え子だわ!」




「ありがとう、先生。

それで今日はどうしてここにきたの?」




「私の今の弟子がジュリアードに留学したいんですって。

だからせっかくだし、紹介しておこうと思って。」




「先生の元でお世話になっております、藤原です。

よろしくお願いします。」




「よろしくね?

今日はちょっと弾いてく?」

マリアと呼ばれた先生はにっこりと笑って進めてくれた。

私としては是非もない。

もちろんこのチャンスに飛びつく。



「いいんですか!!」




「いいも何も、私はもう卒業しちゃったけど

先生の弟子だったことに変わりはないわ。

と言うことはあなたは私にとって弟みたいなものよ!」

さっきも似たようなことを言われたなと思いだす。



「ありがとうございます。」




「じゃあ私あれ聞きたいわ、黒鍵。」

先生からリクエストがあったので、もちろんそれを弾く。




「では、黒鍵、弾かせていただきます。」




朝ちゃんとさらってきてよかった。

もしかして、さらってたの聴いててくれたからリクエスト出してくれたのかな。




たまたま、防音扉を開いたまま弾いてたので、どんどんと人が集まって来る。




弾き終わる頃には黒山の人だかりで、拍手を頂けた。




「さすが先生がニューヨークまで連れて来るだけあるわ!

とっても最高よ!

ねぇ、先生!この子がジュリアードにきたら私が見たい!」




「もちろんそのつもりで連れて来たのよ?

よろしくね!」


とんとん拍子で先生が決まった。


これはなんとしてでも留学権を勝ち取らなくては…。


うちの大学は提携校でもなんでもないはずだから、まず単位が出るかどうか心配だけど、年明けたら交渉してみないとな…。

最悪一年休学してもフル単で3年間やり切れば卒業はいけるか…?


その時は学外の単位として認定される試験や資格も活用して単位拾って行こう…。




先生がよろしくねと言って、私のアメリカでの先生が決まった瞬間、人だかりが一斉に歓声を上げた。


よくわからないがお祝いというムードを察したらしい。


どこからともなく楽器隊が現れてファンファーレまで演奏が始まる始末。






そして、どこから聞きつけたのか、舞台芸術を学んでいる生徒たちが

先生が来ていることを知り大挙して押し寄せて来てサインや握手を求められる先生。




てんやわんやとなりながらも、押し寄せる学生たちを何とかさばいて

マリア先生の部屋に避難して、防音扉を閉める。




「すごい熱気ね、相変わらず…。」




「まぁそれは、ね?

いつも通りというか…。」




「先輩、うちの大学ってココと提携ないですよね。」




「ないわね、多分留学したら吉弘くんが最初だと思うわ。」




「単位大丈夫ですかね…?」




「ここまでネームがある大学なら嫌とは言えないでしょ、大学としても。

もし突っぱねられても一年の休学くらいだったら単位取り切れるから大丈夫よ。

就活しないんだし。」




とりあえず自分の考えている通りであったことにホッとする。




「それで、藤原くんはどうする?

しばらくこっちにいるなら弾きに来るかい?」




「もし許されるならお願いしたいですけど、基本的には先生のお家に住んでいるので先生に見ていただこうかと。


もし先生の都合が付かない日があれば連絡しますので、お願いしてもよろしいですか?」




「よし、じゃあそうしよう!連絡先を教えておくね!」




マリア先生は元気いっぱいでとってもチャーミングな先生だった。

好きになれそうな先生でよかった。




「じゃ、忙しいと思うけどマリアよろしくね。」




「先生の弟子の面倒見られるなんて、そんな面白いことないよ!

私の方こそ頼ってくれてありがとう、先生!」






マリア先生の部屋を出る時、もう一度ガッチリとハグをして我々は部屋を出る。




「よし、じゃあお買い物行きましょう!」




「「やったぁ!!!」」




この後、先生の付き添いでニューヨークの高級店を軒並み回って、大散財した。


主に先生が。


いや、我々の買い物で先生が大散財してくれたわけではなく、

先生自身が気に入ったものがありすぎたらしく、我々が引くほどお金を使い倒していた。

そのおかげでなんの気兼ねもなくこっそりと会計に紛れ込ませることができた。




私は先生から、60時間徹夜の労いの意味とこれからの未来を祝して、ずっと使える一生モノと言われる部類のランゲ&ゾーネの腕時計を贈ってもらった。

フラッグシップモデルでムーンフェイズと呼ばれる、月の満ち欠けがわかるお高い機構が搭載されている。


今の時代、月の満ち欠け、そんなに知りたい…?


スーツに合わせても、少しカチッとしたおしゃれ着に合わせてもどっちも素敵だ。


200万円を軽く超える代物で、大変恐縮してお断りしようと思ったのだが、

私のピアノバーでの時給的に、60時間完徹で残業代込み年末年始手当込みで換算するとちょうど同じか少し足りないくらいで、なんとなく複雑な気持ちだった。




実季先輩は先生と一緒になってエルメスやらボッテガやら気に入ったものはなんでも買いまくっていた。私の仕事としてあるのは、買ったものを私が一旦引き受けて、ボブに引き渡して、どんどん車に積んでいくという大変重要な作業だ。




何故か頭にはずっと天国と地獄が流れていた。






「そういえば、吉弘くんバッグボロボロじゃなかったっけ?」




「あぁ、高一の時から使ってるんで結構くたびれてますね。」


いつか買い換えよう、いつか買い換えようと思ったまま、数ヶ月が過ぎたままだ。


「それも買わなきゃね!先生!」




「あんた早く言いなさいよ、いくわよ!」




何故か先生も変なテンションになっている。


ブランドは先生がイイ男になるならここが一番!というので、先生の勧めに従ってお店に入る。


中でもあーでもない、こーでもないという、先生と実季先輩のアドバイスを聞きつつ、最終的に一つのバッグにした。




男はシンプルなのが一番派の先輩と、シンプル路線でありつつも少しの派手さが色気を生む派の先生が激しくぶつかりあったが、最終的にラルフローレンのダッフルバッグをプレゼントしていただいた。

しかしこのラルフローレン、私が知っているラルフローレンではなく、パープルレーベルという上位ラインのものらしく。

想像とは商品の値段の桁が2つ3つ違った。

先生曰く、上質で上品なレザーのバッグなので使い込めば使い込むほどに味が出て、色気が出るらしい。



しっかりとしたつくりで、楽譜を何冊入れようとへこたれなさそうだ。

値段は怖すぎてみていない。

40万とか50万とか言われたが、怖すぎる…。


時計もあるし日本に入国の時の税金どうなるんだ…。




まぁタダでニューヨークに行けたのだから、その分と思えば高くはないけど…。


周りに金持ちが多すぎで自分の金銭感覚がバグる…。




ほんとは今住んでるマンションも自分には身分不相応だと思うし、車も大学生のくせにベンツなんて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


便利だから使うけど。


でも、初めて車で大学に行った時、意識してみると大学構内に外車がたくさん停まっていることに気づいた。


やっぱり私立大学は金持ちが多い。



そのあとも先輩と先生の買い物にたくさん付き合わされて、家に帰った。







その晩。


「いやぁ、あれくらいで済んでよかったわよ…。」


「ほんとですね…。」




「ほんとならもっとエグいもの要求されるかと思った。」


バカなフリして、1億くらいの車とか。


バカなフリして、この近所の城みたいな家とか。




「本当に欲がないですよね、皆さん。」




「まぁハリウッド系のギャラって初めてもらった時私もゼロの数3つくらい間違えてませんか?って聞いたし。」




「あ、それ私も覚えてます。


そしたら先方が、すいませんこれが限度ですって、先生のギャラの小切手にゼロ一つ増やしたんですよね。」




「そうそう、そっちかよ。って思ったわ。


やっぱりアメリカでのショービズでは動く金額の桁が日本とはいくつも違うってこと思い知ったものね。」




という話がされたとかされてないとか。

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