第64話 アメリカ4日目5日目。
「うーーーーーん、、、、」
大きく伸びをすると、全身の骨が軋み、身体中のあちこちからバキバキという音がする。
時計を見てみると朝の6時。
あれ?泥のように寝たはずなのに、あんまり寝てないなと思ったが日付を見て驚いた。
アメリカ生活の4日目は丸一日寝過ごしたのだ。
「どうりで全身の関節が軋むわけだわ…。」
ゲストルームのクローゼットに備え付けのヨガマットを引っ張り出し、ストレッチを始める。
これは毎日の習慣のようなもので、これをしないと頭が覚めてこない。
下半身のモモのあたりをほぐすところから初めて
全身を余すとこなくほぐしていく。
いつもより入念に、1時間ほどかけて全身の筋肉を緩める。
そこから軽めの筋トレをして、全身くまなく汗をかくまでで、ワンセットだ。
最近、モーニングルーティンというものが流行っているらしいから紹介してみた。
汗をかくと、そのまま備え付けのシャワールームに入り汗を流す。
お風呂とは別にシャワールームがあるなんて、豪華なお家だこと。
汗を流した後は、ピアノを弾く。
荷物から一応持ってきていたウォーミングアップ用楽譜を持ち、部屋を出て、最初にすれ違ったお手伝いさんに今空いてる練習室の場所を聞く。
するとどうやらまだ鍵が閉まっている部屋を開けてくれるとのこと。
いくつ練習室あるんだよ…。
お手伝いさんに案内してもらったピアノ室で、いつも通りの練習を始める。
30分ほどいつものハノンを弾いて、指がだんだんと温まったところで、ショパンエチュードに切り替える。
12の練習曲作品10と呼ばれる小曲集なのだが、
私はこれが好きでいつも最初に弾く。
この中の10-4や黒鍵などなどはライブや演奏会でも弾くことが多い。
今日の調子を確かめるためにゆっくりと、ゆっくりと弾く。
一音一音の響きを丁寧に確かめるのだ。
ピアノがなんと言っているのか、部屋がなんと言っているのか、それを聴こうとする。
それを1時間ほど続けると、お手伝いさんが朝ごはんの時間ですよーと部屋に訪ねてきてくれた。
防音扉をがちゃっと開けて入ってきてくれた時には、
部屋にあふれる音の奔流で驚いていた。
朝ごはんなので、ピアノを拭いて、楽譜をケースにしまったところで、この部屋は滞在中好きに使っていいとのことなので、ありがたく荷物は全て置きっ放しにさせてもらう。
食卓に向かうと、大きな窓からは綺麗で手入れのよく行き届いた英国風の庭が見えた。
太陽の光を一身に吸収しようとする植物が愛らしい。
「おはよう、藤原くん。」
「吉弘くん、おはよう。」
「おはようございます。」
みんなはもうちゃんとお出かけの準備も整って、すぐにでも外に行ける格好で食卓についていた。
トレーニングウェア姿の自分が恥ずかしいが、なぜかみんなうっとりとした目で私の体を眺める。
実季先輩は私の腹筋の辺りを見つめ、先生は首筋から上腕二頭筋辺りを眺める。
お手伝いさんや秘書さんもみんなそれぞれ違うところを見ている。
共通しているのは誰1人として私の顔を見て挨拶をしないというところだ。
筋肉に挨拶してんのか?
そこから朝食会が始まる。
どうやら昨日はみんな一日中寝ていたようで朝食も昼食も夕食も部屋で食べたらしい。
呑気に一日中寝てたのは私だけのようだ。
「今日は何かしたいことあるかしら。」
「私お買い物ー。」
先輩が完全にオフの声でいう。
「私は、今日じゃなくてもいいので、どこかの日程でジュリアードに行ってみたいですね!」
私は朝から運動してピアノ弾いて今なので既に元気のある声になっている。
「あら。そうなの?」
「はい、私はジュリアードに留学を考えてますし…。」
「あら、それは知らなかったわ、来年?
それとも再来年?」
「そういえばお話ししたことなかったですね。
一応、私は音楽でご飯を食べていきたいと考えているので、2年か3年のうちには
絶対1年間かそれ以上の留学を考えてます。
それでその後、私は音大出身ではないので、本格的に音楽の勉強を、音楽教育だったり商業音楽だったりですけど、するために海外の音大か院に入学したいと考えてます。」
「あら、じゃあ本当に私が歩いてきた道とあんまり変わらないわね。」
「えっ!そうなんですか?」
「そうよ、私はもともとこっちの音大出身だから顔は効くわよ。
いいわ、顔繋いであげる。」
顔が効くだろうことは、この家とあの仕事を見ればわかる。
「ありがとうございます!」
「それで、留学中とか院に行ってる間はこの家をお使いなさいな。
あとで鍵あげるわ。」
「えぇ!いいんですか!」
「一度も断らないものね。
そんなとこばかり実季ちゃんに似て。」
「私も吉弘くんも、しっかり先生の弟子に育ちました。」
「まぁ音楽家を目指すなら、この家ほど恵まれた環境もないでしょうし、
私もこの家に住んでるのは年に数えるほども無いわ。
せっかくだから下宿しなさいな。」
「ありがとうございます!」
「お家賃もいらない代わりに私の代わりに仕事してもらうけど。」
「あの量を毎日はちょっと…。」
「そんなことしないわよ。
藤原くんの力でこなせそうな仕事割り振るからやっといてちょーだいってくらいよ。」
「わかりました、頑張ります!」
「じゃあ今日は後でジュリアードに行ってみましょうか。
その後お買い物という流れで。」
「「はい!」」
先生は秘書さんに後で行くのでアポを取っておいてということを言っていた。
朝食は伝統的なアメリカンブレックファストで、お抱えのシェフさんが作ってくれているらしい。
日本産の食品も数多く使われており、本気でほっぺた落ちるかと思った。
朝食を済ませると、部屋に戻ってトレーニングウェアから少しはおしゃれで上品に見える服に着替える。
髪も、ちゃんとして見える程度にセットすると、玄関に向かう。
「お待たせしました!」
「大丈夫よ、みんな今きたところだから。」
「あ、車来たわよ。」
車止めに現れたのは真っ黒のロールスロイス。
私が知っているロールスロイスの一番大きなモデルよりもドアが多く、そして長い。
近くで見ると本当にバスくらい大きい。
「……先生、ロールスロイスってこんな長かったですっけ?」
「あぁ、ロールスロイスに頼んで昔作ってもらったのよ。
移動用というよりは、車内で打ち合わせができるように、後部座席が一列増えてるわよ。」
「そんなことできるんですね…。」
「今はどうかわからないけどね。
私の時にはできたっていうだけよ。」
このとんでもなく長いロールスロイスに乗ってジュリアードに向かう。
ほぼ無音と言ってもいい車内環境で、実季先輩と先生は絶え間なくおしゃべりしている。
時々話を振られるので、ちゃんと聞いておかないといけないのが面倒だ。
車で30分くらいだろうか。
ハドソン川とセントラルパークにちょうど挟まれる形で建っている大学についた。
大学正門に、みたこともないほど大きなロールスロイスが横付けされる。
連絡は既に入っているのだろう。
詰所から警備員が飛び出してきて敬礼している。
ボブがドアを開けてくれて私が最初に出て、実季先輩、先生と続いて出てくる。
先生はとても雰囲気のあるエルメスのロングコートを着てトムフォードのサングラスをかけている。
すると大学の中から偉そうな人が息を切らしながら走って出てきて、一言。
「先生!」
「あら、お出迎えがないから私のこと忘れたと思っちゃったわ。」
「それは言いっこなしですよ〜。
こちらが例の?」
「そ。藤原くん、こちらが今のジュリアードの学長。元私の教え子。」
「えぇ!?
お世話になっております、弓の弟子をやらせていただいております、藤原です。」
「先生のお弟子さんということは、私にとって甥っ子みたいなものだ!
任せておいてくれ!」
「はい!よろしくお願いします!」
「調子のいいこと言っちゃって…。
実季ちゃんの紹介は大丈夫ね?覚えてるわね?」
「もちろん!ぜひ彼女にもきて欲しかったのですが、先生が手放してくださらないから。」
「人聞き悪いわよ、この子は私が育てるの。
ねー?」
「そうですね、先生。
私が先生から免許皆伝を受けたらそのときにはよろしくお願いしますね。」
「もちろん!任せてください!」
そこから、学長さんの先導で音楽院のなかを見学して歩く。
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