第63話 アメリカ2日目と3日目。


もう何時間たったかわからない。




窓から入って来る光から察するに、太陽が2度沈んで、今3回目の日の出だから3日目か?


終わりが見えてきた。




この太陽が昇る前、昨日の太陽が沈んでから、追加される書類が無くなった。

最初は机に積まれた書類で向こう側が見えなかったが、今は見晴らしが良くなった。




昨日の夜くらいから先生がしきりに睡眠休憩を入れることを勧めて来る。


正直、私からすると3日4日くらいの缶詰なんてたいしたことはない。

ほっとくとそれくらい平気でこもってピアノを弾き続けるような人間だ。


それで実季先輩を何度泣かしたかわからない。




しかも今寝ると、絶対に効率が落ちる。

今だんだんと冴えてきている。


ヤバい薬キメてる感覚って多分こんな感じなんだろうな。


ランナーズハイみたいな、脳内麻薬ドパドパ状態というか。

マルチタスクで仕事ができてる。


こうやって考え事をしながら、手は動いてるし、

脳の違うスペースでまた別の仕事してる気がする。


脳内をアパートのように言うと101号室は仕事をしてるし、102号室は今みたいに考え事している。

103号室はオーケストラ譜の編成を考えてたりしてる。

ちなみに104号室は手足を動かしている。


こんなこと考えてる時点で多分脳内はやばいと思う。




今処理している山を終えると、先生から差し戻った山を処理して、終了だ。




実季先輩はまだもう少し山がありそうなので、多分私の方が先に睡眠に入るかな。


ちなみにこの屋敷にお風呂は4つ、ゲスト用ベッドルームは7つあるので好きなタイミングで寝て良い。


荷物も、お手伝いさんが、着いたその日に部屋に運んでくれていて

着替えなども全てクローゼットに入れてくれていた。


せっかく入れてくれたので、きっとこれからも来ることになるであろうこの家用に服は置いて帰ろう。


先生何でも買ってくれるって言ったから、服たくさん高いの買ってもらおう。


腕時計も高いやつ買ってもらおう。


こう言う時は変に遠慮するとよくないからね。


バカ高いものなら先生も断りやすいだろうし。


変に高いものの方が、断るのも断りづらいものだ。




まぁ、しかし私の時給は高いのだ。

今回は先生のギャラを食いつぶすつもりで甘えてしまおう。








腹の減り具合を見るに、お昼を回った頃だろうか。


とうとう山を処理しきった。


差し戻しの書類も意外と少なく、この分なら2時間くらいで終わるだろう。


長い戦いだった。


年内に睡眠を取ることができてよかった。


多分丸々60時間ほど起きている。




我ながら気が狂っていると思う。




最後の書類を提出し終わったところで先生に呼び出される。




「藤原くん。こっちに。」




「はい。あ、これ最後のやつです。」




「あ、ありがと。


一応、もう差し戻しはなしね。


お疲れ様でした。


実季ちゃんもだけど、あなたのおかげで、ほんとに早く終わったわ。」




「自分としても職業音楽家がどれだけ大変かわかりました。

いい経験させてもらえました。」




「あ、普通の音楽家はこんな生活してないから大丈夫よ。

あとね、聞きたいことがあるんだけど、作曲って初めてよね?」




「?もちろん。

だから先生の真似して作ったんですよ?」




「はぁ〜…。

あなたはほんとに規格外ね。」




「いや、あれだけ詳しい指示書いてあったら、かけますよ。


骨子できてましたし。


先生のところで練習見てもらったり、先生の曲弾いたりしてるんだから、先生の曲と丸々同じは無理でも、先生が手直ししたらまぁ合格のラインに届くくらいのものは作れます。」




「あなた、機材の順応も早かったし、

編曲家とかサウンドプロデューサー向きかもね。


とにかくありがとう。

ゆっくり休んで頂戴。」




「そうなんですかね?じゃあ、そっちも考えてみます。


ありがとうございます。


とりあえずお風呂いただきます…。」






あぁ〜、肩も腰も、首も目も、全部バッキバキ。


さっき腰まわしたらボキボキボキボキってすごい音がした。


すれ違ったお手伝いさん振り返ってたもんね。




仕事中はジップロックに入れたタブレット片手にお風呂入って、

そこでも作曲してたから観察する余裕なかったけど、ほんとに豪華な家だなぁ…。




お風呂も数あるうちのお風呂の一つなのに、えっらい豪華だよ…。

アメニティもブルガリだし…。

ホテルみたいだ…。




「あぁーーーーー。」


思わず声が出る。


たまんねえわ、ほんとに。




風呂でしっかり疲れをとったあと、フッカフカのベッドに倒れ込む。




「あぁー、やべえ、落ち…る…。」




そのあと泥のように眠った。










〜〜〜〜〜〜side 柳井実季~~~~~~




吉弘くんから遅れること数時間。

私も全ての仕事を終えた。

先生にデータを提出し終わると、呼び出しを受ける。




一通り労われたあと、先生から聞かれる。




「ねぇ、どう思う?」



「どう思うって、吉弘くんですか?」



「うん。」



「あぁ、先生知りませんでしたよね。


先生が眠りこけていた時、彼鼻血吹き出しながらものすごいスピードで曲書いてましたよ。ね!」




吉弘くん担当の秘書さんに話を振る。




「あ、はい。

集中力も異常で怖かったです。

途中から私も知らないようなコマンドとか機能使い始めますし。」




「彼みたいな多彩な人、ほんとに久々に見た気がするわ。」

ぽつりと先生がつぶやく。




「多分彼は、音楽の天才なんじゃなくて、努力することに関して天才なのかも。


本人曰く好きな方しか努力できないって言ってましたし、好きなことに関する努力は努力じゃないとも言ってました。」




「彼のインスピレーションってすごいわよね。

ほんと枯れることない泉みたいにどんどん溢れ出て来る。

私でもハッとさせられるようなフレーズをいくつも見つけたわ。」




「ここまで隔絶したものを見せつけられると嫉妬とか湧かないですもん。

次元も違うし、見えてるもの聴こえてるものが多分私とは違うと思います。」




これはほんとにそうで、むしろその天才の覇道を私の力で押し広げたいとすら思う。

出来る限りのサポートをしてあげたいと思う。




「私は初めてあなたを見つけた時、心が震えたわ。」




「えっ?」




「この子を磨いて私の全てを託したいとすら思ったし、今でもそれは変わらないわ。」




「そ、そうなんですか?」




「えぇ、そのためには音大でわけのわからない音楽教育を受けることを考えたら、そこに行かせることすら無駄に思えた。


あなたが一般大学に入学を決めてから一旦師弟関係は切れたけど、ある程度のところであなたは私のところに帰ってくるっていう変な確信があったわ。


しかも新しい何かを持って、ね。


そして、もし本当に戻ってきたらその時にはもう一段上に引き上げてあげようと思った。」




「そ、そんなことが…。」




「それで、私は彼を見つけた時、あなたとは別の震えを感じたわ。」




「別の?」




「職業人としての、私の地位が脅かされると思ったの。」




私は絶句した。

先生にそんな感情があっただなんて思いもよらなかった。




「でも、その彼を自分の手で育てられたら、と思って武者震いもあった。」




「そ、そうなんですか。」




「いろんな子を見てきた私からするとあなたは十分天才。

彼は天才的な側面もあるけど、鬼才的な側面が強いような気がする。


でもあなたにも彼にも、共通した才能を感じるの。」




才能なんて私は自分自身に感じたことはなかった。




「才能なんて感じたことないです。」




「才能に驕らないのもあなたの武器ね。

でも1番の才能は彼もあなたも、その底が知れないということよ。」




まぁあんなのが近くにいたら驕ることなんてできやしない。

それにしても底が知れない、か。




「底、ですか?」




「ええ、あなたはなんでも吸収して、すぐに自分のものにして、いつも私にあなたの新しい顔を見せてくれる。


毎回毎回あなたの新しい顔を見せてくれるのがほんとに楽しいの。

だから、多分これからもいろんな無茶振りをするけど、よろしくね。」




「無茶振りは勘弁してくださいよぉ…。

でも、先生がどんなこと思ってるのか知れてよかったです…!

なんか、やる気出てきました。」




「今日はもうお風呂入って寝なさい。」




「はぁーい。」


やる気はあるがきっと酷使し過ぎた脳のせいだろう。


もう動かない。




「あと、彼は難しいわよ?

せっかくニューヨークまで2人で招待してあげたんだから

何かしらアクションしなさいよ?」




「ひぇ!!!!


そんな、吉弘くんとは、まだ、何も、、、」

酷使されて動かない私の脳は一瞬で再稼働し始めたが

墓穴を掘った。



「あら、私吉弘くんとは何も言ってないわよ?」




「〜〜〜!!!!お風呂行ってきます!!!」




そうやってすぐ先生はからかう…。


私だってなんとかしなきゃって思ってるのに…。




でもライバル多すぎるんだよなぁ…。


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