第62話 アメリカ1日目。


アメリカに来てから、我々はまだ寝てない。


そして先生はまだ起きていない。


生きているか不安になる。






食事がおいしいのがせめてもの救いだ。


フィンガーフードを摘みながら、絶えず書類を処理していく。


全て音楽関係で、先生の指示と先方の指示が書いてあるので、とりあえず作って後で先生のチェックをもらうところまで持っていく。

英語でもいいといわれたので私は全部英語で書きこんでいく。



まず先生から振られた仕事を

時間がかかりそうな作曲関係と、時間がかからなそうなチェックと、楽譜起こしに分けて、まず時間がかかりそうなものから処理していく。



ざっくりと三つに分けた後、

おそらく一番時間がかかるであろう作曲から取り掛かる。

それと並行して、自分が曲を作っている間に、

まだ机の上に乗っていない大量の書類が入った段ボールの方を秘書さんが分けていく。




作曲の理論は学んでないが、すでに骨組みはできていたり、肉付けをしていくだけだったり、なんだかんだで先生は少しずつヒントとなるようなものをたくさん残してくれているので、自分なりの遊び心も付け加えながら、作曲と楽譜起こしを同時にこなしてフルスコアを仕上げていく。


ダメなら後で先生が削るなり変えるなりすればいい。


ゼロから作るよりよほど楽だろう。




ちゃんと、先生が私用の飴を用意してくれていたのがありがたい。


あるとないでは作業効率が天と地ほど違う。


ちなみにそちらも書類が入っていたものと同じほどの、大きな段ボールにぎっしり詰められていたのだが、この量があるということは…?




考えるのはよそう、血の気が引く。








~~~~~~side アシスタント~~~~~~



私は弓先生の制作アシスタントを務める秘書のうちの1人です。


先生は今を時めく売れっ子音楽家のため、仕事の依頼は尽きることがない。

特に今年はいろんな理由が重なって年末にそのしわ寄せが来た。


一定の期間に詰まってくるのは毎年のことではあるが、今年はニューヨークで詰まってしまった。

日々追いつめられる先生を見ているのはこちらも心が締め付けられてしまう。


先生は今年は助っ人呼んだから!というが

今回は、初めて見る先生の2人目のお弟子さんも来られている。


正直使い物になるのかどうか不安だった。

先生は彼ならなんとかなるわよと言っていたが、どうだろうか。






いざ、仕事が始まると、最初こそ操作方法など少し教えたものの、

異常な速さと集中力で大量に仕事を処理していく。


口の中に大量の飴を詰め込みながら、絶え間なく曲を作り続けていく。

普通の人間にはできない。

頭の中どうなってるんだ…?

というか、こんなことができる人間は見たことがない。

あ、飴の在庫がみるみるうちに減ってきてる。

補充しなきゃ。



むしろ私の仕分けの方がだんだんと追いつかなくなってくる。




怖い、この人怖い。


だって鼻血出しながら黙々と大量の曲を作っていくんだもの。


集中しすぎて、鼻血出てること気がつかなくて、キーボードに赤い血の滴が落ちて初めて気づいていた。


私も気づいて、慌ててティッシュペーパーをお渡しすると

無造作に鼻に突っ込んでまた作曲を続ける。




こわい、多分この人は人間じゃない。








~~~~~~side 柳井実季~~~~~~




おー、吉弘くん頑張ってるなぁ。




私も頑張んなきゃね。


私もとりあえず早く終わらせることができそうなやつと、難しそうなやつに分ける、




私なりの判断基準を秘書さんに伝えて、仕分けてもらう。


その間に私も私ですぐ終わらせられそうな仕事をこなす。




何も速弾きは吉弘くんだけの特許ではない。


私も速弾きに関してはだいぶ自信がある。


チェックだけなら、先生の指示テンポの倍速で全て一回弾いてみて、後で全部書き込む。


なのでだいぶ楽だ。




あ、今回意外と楽かも。


いつもは先生と2人だったから、どっちも寝られなかったけど、今回は3人だから交代で睡眠とれそうだし。




先生は、もうショービズの第一線から退いたとはいえ、未だに人気演目の権利をいくつも抱えているし、いまだに仕事の依頼も大量に来る。

それは一線を退いたとは言わないのでは…?


そのほとんどを断っているのは知っていたけど、それでも時々仕事を受けるのよね。




それがたまたま重なるとこういうことになってしまうのだ。


締め切りを聞くと嫌になるから聞かないけど、多分相当締め切りが迫っているはずだ。


最悪、過ぎてる可能性まである。




こうなる前に言ってよね…。





~~~~~~side アシスタント2~~~~~~





柳井先生は、先生の一番弟子。


先生がこうなるといつも呼ばれるかわいそうなお弟子さんだ。

たぶんニューヨークまで連れてこられるのは初めてなのではないだろうか。


今日はさらに道連れが1人。

最近新しくお弟子さんになった方もいらっしゃってる。


正直もう1人のお弟子さんの担当じゃなくてよかった。


あれは怖い。

私の同僚も泣きそうな顔でサポートしている。


あっ!鼻血だ!


脳がスパークしてるのだろうか。

怖い…。

柳井先生を初めてみたときも結構怖かったけど、新しいお弟子さんはその比じゃない。




柳井先生は、だいたい普通のピアニストの2倍以上のスピードで仕事をこなしている。


正直異常だ。そして今回は集中力がいつもよりだいぶ高い。

もしかして、柳井先生、もう1人のお弟子さんにいいとこ見せたいのかな…?


なんてね。




お二方が異常なスピードで仕事を終わらせていくため、先生の決裁待ちの楽譜がみるみるうちに増えていく。


お二方がこの屋敷に来てからそろそろ24時間ほどが経つだろうか。

弓先生はさっき起きて、ご飯を食べてお風呂に行った。


1日24時間労働で気絶したら休憩という、ブラック企業も真っ青な労働環境である。


黒なのに青とはこれいかに。


当局に見つからないようにしなくては。






~~~~~~side 弓天音~~~~~~




ほんっとに助かるわ、あの子たちが来てくれて。


あの子たちのおかげで、私は50時間ぶりに睡眠をとることができた。


どうしても断れない仕事ってあるのよね…。


あの子たちがしっかり独り立ちする迄は切りたくない人もいるし、

勉強させるという意味でもいろんなことは経験させてあげたいし。


私がお世話になっている人からの依頼だったり、単純に面白そうな依頼だったり。




今やってもらってるのも、私の先生から回された仕事だし。

このせいでこの前ボイトレ藤原くんにやってもらったし、

弟子で教え子の晴れ舞台も行けなかったし、結局ニューヨークまで呼び出したし。




昔お世話してあげた子たちが軒並み偉くなるというのも考えものね…。

よかれと思ってまわしてくれてるんだろうけどさ…。

今週いっぱいで終わるといいけど…。






しっかり睡眠をとって、万全の状態でスタジオに戻ると、私の見覚えのないビルが建っていた。




「これは?」




「お二人がすでに終わらせて、先生の決裁待ちの書類と楽譜です。データはすでにいただいておりますので、先生がゴーを出せばそのまま先方に送付できるようになってます。


演目ごとの仕分けは我々で行いますので、先生は決裁とチェックだけで大丈夫です。」




「……は、早い…。」




「先生、この調子で行くと当初十日はかかると見込んでましたが2〜3日で終わるかと…。


終わった後のクリスマスプレゼントの方を心配した方がいいかもしれません…。」




そうだった、睡眠不足の変なテンションで変な約束をしてしまった。


なんでも買ってやるとか、なんでも連れてってやるとか言ってたような…。




当初の予定ではそんなことは二日間だけだったので、大して散財することもないだろうと思っていたが、もしかすると私の一本分のギャラくらいは全部飛ぶかもしれない…。


まさかね…。


このスピードが持続するはずはないわよ。


うん、ぜったい。






ちなみに2人が一度1時間休憩を挟んだ後、作業スピードは加速した。


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