第61話 アメリカ0日目。



「長かったねぇー。」




「ほんっと。体バッキバキよ。」




着きましたのはJ・F・K Airport。

夜に日本を出たので、現地着も夜だ。

なんか不思議。




到着ゲートを出ると迎えの人がまってるから。

と、先生に言われたので、迎えの人を探す。






「ねぇ、吉弘くん、迎えの人ってあの人じゃない?」




「あ、そうだ。」




するとそこには、

2mはあろうかというガタイのいい黒人の、クラブのセキュリティみたいな人がスケッチブックを抱えて人を探している。




スケッチブックには、


「柳井さん、藤原さん

ようこそN.Yへ!by 弓」


という文言と、ピアノの絵が書いてある。


可愛らしいピアノの絵と、スケッチブックを持っている人のいかつさのギャップでだいぶシュールだ。




「こんにちは、弓先生の迎えの方ですか?」

一応英語で話しかけてみる。

実季先輩がおー!って顔してるわ。



「あぁ!ようこそ!


やないさんと、ふじわらさん?


ゆみせんせいの、うんてんしゅのBobです!!」




驚いた、英語で話しかけたら日本語で返ってきた。




「あ、日本語で大丈夫なんですね。

よろしくお願いします。」




「よろしくお願いします。」




ボブにはなかなか興味をそそられる。

ボブと話をしながら車を停めてあるところまで歩く。


「はなしはきほんてきに、日本語で大丈夫ですよ!

わたし、日本の大学行ってました!」




「そうなんですね!ちなみにどちら??」




「留学生なのでたいしたことはないですけど、東大です!!物理の研究で。」




ガチガチのインテリの頭いい人だった。用心棒とか言ってごめん。




「そうなんですね!すごい!」


「すごいですね!」


先輩と顔を見合わせて驚く。




「そんなことないです。日本の学生の方がすごいね!

わたし今も学生で、MITの博士やってます!」




MITとは、マサチューセッツ工科大学のことで、こちらは世界の頭脳が集まると言われている。

東大より数段格が違う。


どうしてそんな人が弓先生の運転手を…。




「そうなんですね!じゃあアルバイトで?」




「そうです!

ゆみせんせいとは研究もいっしょにしてます!

私の専門は音響工学で、スピーカーの開発を今研究してます!」




「なるほど、そのツテで先生と。」




車を停めてあるところに案内されると、どれが先生の車かわからない。

まさか目の前のこのとんでもなくデカい車だろうか。




「これが先生の車?」

私が思わず聞いてしまう。

あの華奢な感じでこんなの乗ってるのか…?


「イエス!」




「デカすぎない?」




「先生でかい車好きなのよ。

一番好きなのはデカい四駆。」




「いや、これシークレットサービスが使ってるような車よ?」




「藤原サン詳しいネ!

これシークレットサービスの車と同じデス。

それを先生の趣味で特注してますネ。」




「しかも大統領が乗る方じゃなくて、護衛する方。」




「ほぇー、そうなのね。」




「ちなみに、窓も防弾ネ!」




「「すごっ!」」




「ふたりはあまり知らないかもだけど、

先生はハリウッドでも有名な音楽家デスネ。

アメリカのセレブリティはこれくらいするの当たり前ネ。」




「そうなんだぁ…。」




「私もそんなにすごいとは知らなかった…。」




日本人が運転席に座ると、滑稽なまでに浮いてしまうが、ボブが乗り込むと、むしろ車が小さく見える。


そして非常によく似合う。

おそらく自前だろう、SPみたいなサングラスをかけた

これはもう本職にしか見えん。




ボブが開けてくれたドアから我々日本人組は

後部座席によじ登るようにして乗る。

先生カスタムなので車高が少し高くなっているのだ。

実季先輩は難しそうだったので抱っこして載せてあげた。


実季先輩は恥ずかしそうにしていたが、そうでもしないと

相当乗りにくいので仕方ない。



すると先に座席に乗り込んだ実季先輩が

先生からの、今日は来てくれてありがとう。というお手紙を見つけた。




「先生のお手紙だ。」




「先生が迎えに来れない時は、

だいたいお手紙で来てくれてありがとうってくるわよ。


律儀よねぇ。」




「筆まめなのな。」




内装は、快適性能に重きを置いて大改装されていた。

感覚としては6畳くらいの部屋がそのまま移動してるのに近いかもしれない。




「7人乗りのはずなのに、4人乗りに改装されてる…。」




「快適ねぇ。」




車に揺られて、約40分。


スカースデイルという街だ。




「めちゃくちゃな高級住宅街じゃん…。」




「うわー、豪邸ばっかり…。

なんだかんだ私先生のアメリカの家始めていくから楽しみなのよね。」


先輩はそう言うが、先輩の実家は多分こんなもんじゃないのでは…?




「ここ、ムカシ、マダーナが住んでた家ネ〜。」


発音良すぎて誰か一瞬わかんなかったけど、あの人ね、歌姫の。


「…うぉっ、まじか!」




「おおきーい!」




「あれはムカシ、大統領が大統領なる前に住んでたネ〜。」


歴史がある高級住宅でも指折りの高級住宅がそこにはある。


「先生すごいとこに住んでるんだな…。」




「先生はハリウッドヒルズにも家があるネー。


そっちの家は多分ハリウッドヒルズで一番デカい家デス。」


ハリウッドヒルズといえば、有名DJや、ハリウッドスターなどが数多く住む、そちらも全米屈指の高級住宅街だ。


「えぇ…。」




「先生すごいね…。」




「先生のすごさは、わかりやすくいうと、MITが先生という個人に頭下げて

どうにか研究手伝ってもらってもらってるくらいのスゴイ音楽家デス。


でも先生全然自慢しないからスゴイ。」




確かに先生は全然自慢しないし、どんな仕事をしてきたとかも一切言わない。

今日は何の意味があって呼んでくれたのだろう…。




「すごすぎてわかんねぇよ…。」




「ねぇ、もしかしてなんだけど…。」




「ん?」




「さっきから横ずっと緑なんだけど…。」




「うん。」




「もしかして?」




「まさか。」




「そうネ。


今左に見えてる木、全部先生の庭デスネ。


ハリウッドヒルズで一番大きい家持ってる人が、こっちで小さい家に住むわけない。


もちろんこっちでも一番大きい家デス。」




「「どっひぇー。」」



それから少しして、やっと見えてきためちゃめちゃデカい門扉を車で抜けて、

そのまままた少し車で進む。


そこにあるのはもはや宮殿かと思うほどの大豪邸。


なんでも、昔某国のやんごとなきお方がお忍びで滞在するための邸宅だったとか。


母屋らしき邸宅には車止めのロータリーがあり、そこから離れたところに車を止めるだけの家のような車庫も見える。


シャッターが開いていたので、少し見えただけでもでっかい黒い四駆が3台と、バスみたいに長い黒のロールスロイスとベンツがあった。




ボブが、エントランス前に車を横付けして、


ドアを開けてくれて、トランクスペースから荷物を下ろしてくれる。




「じゃ、頑張ってネー!」




「ありがとうございます!」


「頑張ります!」




先輩はなんの気負いもなく頑張りますと言っているが、私は頑張ってネという言葉に引っ掛かりを覚える。




「…頑張ってネー…?」




スーツケースをゴロゴロ引いて、

これまたバカでかいドアと、

それについたバカでかいドアノッカーをゴンゴン!とやると

小さい声でどうぞーと聞こえたので、ドアを開けてエントランスに入る。


すると目の下に酷いクマを拵えた弓先生が出迎えてくれた。




「えっ!先生どうしたんですか!?」




「あぁー、このタイプか…。」


先輩は1人納得している。




「よく来たわね、早く荷物置いてこっちにいらっしゃい!」

とてつもなく調子が悪そうだが先生は元気だ。



「これ、どういうことですか?」

思わず先輩に聞いてみる。



「先生が締め切りに追われてるの。」




「締め切り…?」




「ニューヨークにいるということは、今回はミュージカルだと思うけど、作曲依頼されて終わらないんじゃないかしら…。」




「今回は映画も2本抱えてるわよ…。」




「吉弘くん、私たちは今年もう寝られないという覚悟を今決めてください。」

先輩は今にも泣きそうなほど悲壮感にあふれた顔をして私に伝えた。


眠れない…?


「わ、わかりました…。」



人間は悲壮感を通り越すと、淡々とするのだということを知った。

先輩はすでに覚悟を決めたのか目のハイライトが消えている。




「無茶お願いして申し訳ないわね、毎年毎年…。




でも!そのかわり!


終わったら、終わったら、いくらでも美味しいとこ連れてくし、いくらでもお土産買ってあげるから!


私からのクリスマスプレゼントよ!」




「ほんとですか!?」


先輩の目に活力が漲る。


「やった!」


何を買ってもらおうか。

今から楽しみが止まらない。

私はまだこの時、この先に待つ絶望を知らなかった。






そして案内されたのはグランドピアノが1台と人数分の電子ピアノがある大規模な音楽スタジオ。


そのどれもに、ヘッドホンを繋げられている。そしてすぐ横に、キーボードに繋がれたパソコンがある。




「キーボード弾いたらそのまま楽譜になるようにしてあるから。


横に操作方法教えてくれるスタッフつけるから。


指示通りに曲作って頂戴…。


私は少し寝るわ…。」




「よし、吉弘くん、やるわよ。」




「えぇ!?指示は!?」




「先生の指示通りに曲を作るだけよ!


あと先生がもうすでに作った曲は、ミスがあるかないかをチェック。


オーケストレーションも指示が書いてあるから、それ通りにチェックして、ミスがあるかないか。




他にも指示がパソコンのメモ帳とか、手書きのメモとか、そこに積み上げてある楽譜の中にもいろいろ書いてあるからチェック!」






「は、はい。」




「とりあえず今日の分は終わらすわよ!」




「はい!」


目の前には50cmほどの高さまで積まれた書類。


3人いる先生の秘書さんが、我々のサポートをしてくれながら、我々は課された仕事をこなす。




クリスマスなんてとんでもない。

どうやら我々はとんでもない修羅場にやってきたようだ。

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