第60話 年の瀬のある日。

冬といえばクリスマスだね?




ありがたいことに、今年はたくさんの方からご予定を頂くことができた。


先日のボイトレ(トレーニングできてたかどうかは不安が残るが。)のお礼で頂いたミュージカルのお誘いや、先日のクリスマス合同コンサート。

バイト先のピアノバーでワンマンコンサートなんかも開くことができた。

ピアニストとして本当に素敵な経験を積ませてもらったといっていいだろう。




プライベートでも、ひなちゃんや幸祐里、実季先輩、あと何故か笹塚も誘ってくれた。




友達はみんな、

ご飯行こうとか、買い物行こうとかそういう可愛らしい予定なのに、

笹塚だけ、楽器の修理工房について来いって。




なんだそれ、お前のだけクソ興味惹かれるじゃねえか。笹塚のくせに。

まぁ、そのためにイタリアまで行くっていうんでお断りしたんですけどね。

泣く泣く断念。




幸祐里とひなちゃんの予定はちゃんとこっちの予定を抑えた上で

予定を後組みしてくれたので、喜んで行きました。




もちろん、女の子に財布出させるような真似してませんよ?

プレゼント用意してなかったからせめてそれくらいはね?




帰りにこっそり、一輪だけイメージに合うお花を買って渡したら喜んでくれました。


花はおすすめだぞみんな。


数百円の一輪なのにかなり与える印象が違う。

コスパがいい。





さて、じゃあお前は何をしてるんだと。

このクリスマス当日、お前は誰と何をしてるんだという話なんですけどね。




私、今飛行機に乗っております。


先輩と。

実季先輩と。


まぁチケットをいただいたのですよ。

そしたら、そのチケットエコノミーだったんで、勝手にプレエコにアップグレードなんかしちゃってね。

流石にビジネスにするだけのお金はなかったけども。


ピアノ買ったばっかりだし…。


少し前まではゼロがたくさんあった通帳も、ね…。

ゼロどころか、いろんなとこからかき集めてきたおかげでむしろマイナスというか…。


みんなありがとう…。






まぁ長旅なので、そうしてたら、先輩がずるいずるいいうもんだから。

先輩にもアップグレードのやり方教えてあげて。

先輩と隣同士で。だいたい約18時間。20時間は行かないくらいかなぁ。


ほら、羽田は出発までが長いから。






そんな長旅どこいくのー?って。

そんな長旅どこいくのー?ってみんな思うと思うんですよね。


実はね、ニューヨーク。

私たち、ニューヨークに向かってるんです。




なんで!?って。

驚く人もいるかもしれない。

理由を説明するとね、先生がおいでーって。


先生はもう先に行ってるんだけど、おいでーって仰ってくれたから、

じゃあ行こうかと。


チケット先生がとってくれたから日付見てみたらクリスマスイブ。

イブから当日にかけてのフライトですよ。


まぁ日付変更線あるから、イブからイブなんですけどね。

何と滞在期間は2週間弱!



なので、今年は帰りません、実家に。



もともと父母はデートで、年末年始ロンドンで年越すって。

さらに爺婆は基本日本には居ません。


なんでも、高速道路ができるって言うんで

山売ったら一財産どころか十財産くらいできちゃって。


親父も山の相続税かからなくて良かったーって。

で、基本的に1年間とかのスパンで世界各地を転々としてます。


なおちゃんはアメリカにいるから、行くよーって言ったらニューヨークまで来てくれるって言うから、一応姉弟の家族では過ごせるかなと。

独り者のさみしい者同士。




え?なんでこんなことしてんのかって?

18時間も飛行機の中缶詰だといよいよやることないんすよ。


やりません?みんなも。


アナザースカイごっこというか、情熱大陸ごっこというか、

自分の行動にナレーション付けるというか。




ふと右肩に重さを感じたのでそっちを向くと、

先輩がぐっすりとお休みになられてました。

こてんって私の方に頭図けて。

相変わらずめっちゃいい匂い。


あれあれ、肘掛に置いてた私の右手もいつの間にか固められてますよ?


ガッツリホールドじゃないっすか、先輩。


かーわいーなぁ、先輩〜。


私トイレ行けないじゃん(絶望)

結構やばいんだって。



行くには先輩起こすしかねぇ…。



どうしよう…。

やべぇ。


先輩の天使の寝顔見たら起こせねぇよ…。


どうする!?私!!



~~~~~~side 柳井実季~~~~~~


吉弘くんに肩をたたかれて目覚める私。

ん?あぁ、お手洗いね。


ん?離せって?


腕?




……。


ああっ!ごめん!!






多分しばらく我慢してたのだろう、駆け抜けるようにお手洗いに向かっていった。


申し訳ないことをした。


機内が暗くて助かったよ…。


今顔真っ赤だよ。腕ガッチリホールドして恋人繋ぎまでして肩もたれかかってたし…。






私はプレミアムであろうとなかろうと、

エコノミークラスの飛行機に初めて乗る。


高校の時の修学旅行では、行き先が選べた。

その選択肢は、

飛行機で北海道or船と小型飛行機で東京の離島という謎な学校で、

私はその二択で、きっと今後の人生で二度と行くことがないであろう離島を選んだため、人生通してジェット機のエコノミーに乗るのは今日が初めてだ。




常々存在すら疑問に思っていた。


エコノミークラスなんてなんのためにあるのかと。


特に長旅なんて体がバラバラになりそうで恐怖すら感じていた。


先生の演奏旅行について行く時、先生はもちろんファースト。

私はビジネスに乗っていた。


音研のみんなと演奏旅行に行く時でも私は基本ビジネスだった。

周りもそういう子、結構いたし、そんなもんだと思ってた。


そもそも私は自腹で飛行機に乗ったことがないので、

きっといつも誰かがなんとかしてくれていたのだと思う。


今回は吉弘くんがやってくれたので、

隣でずっと見ていたが、これまでの自分の行いを恥じた。

なんと私は無知だったのだろうと。


申し訳ないので、もちろん差額のアップグレード代はお父さんから渡されているカードではなく、ちゃんと自分で稼いだお金でお支払いした。


お父さんお母さん、友達のみんないつもありがとう。




そして、そのエコノミークラスの存在意義を私は初めて実感している。




なんと素晴らしい席なのだろうか。




エコノミークラスは席が狭いので、合法的に吉弘くんと密着できるのだ!

もう!ここぞとばかりに密着してやった!


これはあれだね?カップル席ってことでいいね?


その結果がこれだ。


目が覚めると恥ずかしい。


でも、これだけ密着してしまうのにも二つ理由がある。




一つは


夜出発のフライトなので、吉弘くんが家に迎えにきてくれたのだけど、彼はもうお風呂に入ってから迎えにきてくれたの。


髪もワックスなどがついてない状態でうちに来てくれた。


つまり洗いたて。


めちゃめちゃいい香りする。




めちゃめちゃいい香りするのよ、彼。




猫とまたたびの関係性がよくわかった。

そりゃ猫もまたたび追うわ。


こんだけええ匂いやったら、そらもう。


たまりませんわ。


これが一つ。




あ、帰ってきた。



はいはい、どうぞ。






でね、もう一つ。


何かというと、この前のコンサート。


その打ち上げ。


癸美香がもう吉弘くんにベタベタベタベタ!

なんですのん?もう!

酔ったふりして膝枕なんかしてもらってもう!ほんまに!

吉弘くんも吉弘くんでええよええよみたいな。

頑張ったからこいつも。みたいな。


なんなん!?


いや、まじでなんなん!?


私も頑張ってるし。

てか、こいつはこいつが頑張ったんやなくて

吉弘くんが頑張ったんやし!みたいな!!!




しかもあの子こっち見てニヤって。


ニヤァって!!!!!


なんなん!思い出しても腹立つ!




せやから言ったったわ!

インスタのストーリーに二人分のフライトチケット載せて

「ニューヨーク行ってくるぅ〜」

って。


秒で電話かかってきたよ。


「はぁ!?!?!?」


言うて。




「お先に〜」


言うたら、


「そんなん阻止したる!」


言うからできるもんならどーぞ言うて切ったったわ。

吉弘くんもなんか癸美香にイタリア誘われたって言ってたからぁ、多分イタリアに楽器見に行こうとか言ったんじゃないかなぁ?




吉弘くんは先約反故にするような不義理な子じゃありませんくてよ!




あ、眠くなってきたあー、よしひろくんのみぎかたぁーー……。

この枕お買い上げで~………








~~~~~~side 藤原吉弘~~~~~~


先輩はまた私の左肩を枕にして寝始めた。




あー、完全に目覚めちゃったなぁ。


乗ってすぐ寝て、最初の機内食食べ損ねて。


腹も減ったし。




散歩しよ。


さっきトイレ行ったけど、ちょっと外の感じも見たいし。

先輩のがっちりホールドを、するっと蛇のように抜け出し、

代わりにブランケットを丸めて物を抱かせておく。





散歩がてらとことこと歩き、トイレ近くの窓から外を覗く。


「おー!外まっくらだ!なんも見えん。」




外を見てたら小声でCAさんに話しかけられた。




「何も見えないですよね。

雲の上だから一応晴れなんですけど。」




「うぉっ!」




「あ、すいません驚かせちゃって…。」




「あ、あぁ、どうも…。」


正直誰からも話しかけられると思ってなかったので今でも心臓がバクバクである。




「着陸までまだもう少しありますから、狭い機内ですがどうぞごゆっくり!」




「あ、お気遣いすいません。今お休憩中ですか?」



「そうなんですよ。

わたしはだいたい、いまくらいの時間にストレッチタイムですね。」




「なるほど。たしかに今ストレッチしてますもんね。」


たしかに、話しながらストレッチをしている。


 


「すいませんこんな格好で。」




「いえ、邪魔してるのこちらなので…。」


そう、気づかなかったとはいえ、CAさんがストレッチしている場所にカチコミをかけたのは自分の方なのだ。




「今回ニューヨークに行かれるのはご旅行ですか?」




「まぁ仕事半分旅行半分ってとこでしょうか。」




「あら!多分まだだいぶお若いですよね。

それなのにお仕事…?」




「そうですね大学一年です。

今ピアニストも並行でやってまして。その師匠のお手伝いというか。」




「まぁ!ピアニスト!すごいですね!!!」




こんな感じで話は弾み、こちらもストレッチをしながら、長距離フライトでの過ごし方のコツなどいろんな話していた。




「藤原さん、はい、これ!」




「ん?これは?」




「藤原さんとの出会いを一期一会のものにしてしまうのは

どうしても惜しかったので、私のお名刺です。」




「えっ、いただいていいんですか?」




「ほんとは藤原さんの名刺をいただきたかったんですけど、まだお持ちじゃないでしょ?


だから私のを差し上げます。」




もし、男として私のことを見ているのなら、きっとチャットの方を教えてくれだ交換しようだいうところを、ちゃんと会社の名刺を出してくれたところに大人の女性としての好感と尊敬の心を持った。




「ありがとうございます!

今度演奏会する時ご招待しますね!


私のYouTubeチャンネルもありますのでぜひ!」




と言って、しっかりYouTubeの登録までしてもらって席に戻った。




ストレッチして血行が良くなったらあったかくなって眠くなってきた。


寝よ。






起きるといよいよ着陸態勢に入ろうかというところで、すでに配られていた入国カードに記入を始める。




窓から見下ろす街並みは紛れもなくアメリカ。


アメリカでは何が待ってるんだろうかとワクワクする。

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