第53話 ある日のこと。


「すいません、藤原さんですよね!」




「はい、そうですけど。」




「ちょっとお話ししたいことがあるのでお時間いただけませんか?」




ある日大学で、授業終わりに、次の授業がある教室に向かう途中、突然話しかけられた。




「要件によります。最近そう言うお話が多いので…。」




「そうですか…。


私はこの大学の、ピアノ同好会なんですけど、藤原さんに入っていただけないかなという話なんですけど…。」




あー、この手の話か…。




「すいませんが、ちょっと…。」




「そうですか…。」




話が終わりそうな頃、乱入者が現れた。




「なぁにしてんのー?」




「あぁ、癸美香。


今藤原さんをスカウトしてて。」




「スカウト?なんで?」




「藤原さんがピアノ上手だから、私たちも一緒に弾けたらいいなって。」




「ふーん、いいじゃん、藤原くん入ってあげなよ。」




なんだこの女は。


馴れ馴れしいにも程があるだろ。


こういうウェーイ系の人はほんとに苦手だ。




「今お断りのお話をさせていただいたところです。」




この辺で苛立ちが結構きている。




「はぁ?なんで?」


心底不思議そうに問われる。


自分の正しさを微塵も疑ってない顔だ。

そもそも人に言葉を聞き返すときとかに

「はぁ?」って言う人ほんとに嫌いなんだよね。




「ピアノ同好会に興味がないからです。


そもそも、私とスカウトの方のお話にどこからか突然来られたあなたが乱入している時点で興味も完全に削がれました。


どこの誰とも知らないあなたに私の自由を決められる筋合いはありませんので。


失礼いたします。」




まぁ興味がないことはないのだけど、この乱入者とはやく離れたいがため興味がないとばっさり切る。






「待ちなさいよ!」




「嫌です。」




「あ、ちなみにこの方は笹塚さんで、ヴァイオリンを弾かれている方です。」




自分の前で2人がヒートアップしているのに、紹介を入れてくるとは呑気なものだ。


ヴァイオリン…。


興味を惹かれる。




「あなたのピアノを求めてる人がいるのに、それをバッサリ切るだなんて演奏家として二流以下ね。」

そもそもそう言う話じゃなだろ。

コイツ理解力0かよ。



「そもそも他者の演奏も聴かずに格付けとはヴァイオリン奏者とは随分お偉い方なのですね。


そのようなお偉い方とはとうてい仲良くできそうもないので、お暇させて頂きます。


私はあなたの演奏を聴きたいとは微塵も思えませんので。」




笹塚の顔が怒りで真っ赤に染まっている。




「あんたねぇ…!!!!」








そんなことがあったという前置き。

ある日実季先輩に呼び出された。




「音研の合同コンサートがあるんだけど出ない?」




「出てもいいすけど、スケジュール次第ですね。」




弓先生の二番弟子になってから、先生のレッスンがちょこちょこ入るようになり、アルバイトもあり、勉強もしなければならないという最近のスケジュール。


大学生も暇ではないのだ。




「出番は日曜の朝だからたぶん大丈夫と思うのだけどどう?」




弓先生とのレッスンスケジュールは実季先輩の後か前なので、基本一緒に行っている。


そのため、私のスケジュールも先輩は把握している。




弓先生もお忙しい方なので分からなくもないが、そこに大いなる意志が介在しているような気がしているのは気のせいだろうか。






「じゃあ大丈夫ですかね。いいっすよ。」




「オッケー。」




「合同って言ってましたけど、なんの合同なんですか?」




「あぁ、ピアノだけじゃなくて管も弦も合同ってことよ。」




「へぇ、そんなのあるんですね。」




「ちなみに吉弘くんは弦と合同ね。」




「そこ決まってるんですね。」




「うん、その子音研で有名な子で、


音の主張が強すぎて、合わせるピアノも相当弾く人じゃないと合わせられないのよ。」




「へぇ、先輩がやればいいのに。」




「毎回私だったんだけど、今回は藤原くんに聞いてみようと思って。


そのせいで私毎回出番二回になってたし。」




「ん?先輩他にもやるんですか?」




「そう、オケのピアノ。」




「オケのピアノ。」




「そう、いわゆるオケ中ピアノってやつね。」




「曲目は?」




「シュトラヴィンスキーの火の鳥」




「火の鳥。」




「そう、バレエ音楽火の鳥」


無類のバレエ音楽好きの私としては羨ましくて仕方がない。




「えぇ!いいなぁ!!!!


いいなー!先輩ばっかり美味しいところ!!!」




「駄々こねるんじゃないわよ…。




はい、あとこれ吉弘くんのパートナーヴァイオリニストのプロフィール。」




いつもおいしいところを持っていく先輩についてはのちのち追及するとして。


どれどれ。




「げっ!」




あいては笹塚だった。




笹塚 癸美香


幼少期よりヴァイオリンをはじめ、国内外のコンクールで…




「あら?知ってる?」




「この前こいつに絡まれました。二流とか言われて。」




「吉弘くんのこと二流とか、おもしろいこというのねぇ。


実力をわからせてあげなさいな。」

お?

確かにそういう見方もできるか。

わからせってやつですね先輩!




「うぃーす…。」

気は乗らないが、やる気は出てきている。



「あと曲目はこれね。」




「モンティ…。




チャールダーシュ…。」




「コスパいい曲よね。」


この場合のコスパがいいとは、簡単なのに難しく見えるという意味である。




そして、笹塚との顔合わせの日。


別にどこでもいいのだが会場は豊洲のとあるホール。






「来たわね、藤原。」




「お上手すぎて誰も伴奏してくれないお姫さまの伴奏をするために来て差し上げました。」




ギリっと奥歯を噛む音が聞こえる。




「あんたこそ誰も伴奏やらしてくれないんでしょ?


させてあげるんだからありがたく思いなさいよ。」




何をこいつは的外れなこと言ってるんだ。

ちゃんと学校来てるのか?




「いや、そもそも自分音研じゃないんで。


伴奏とかそういうの大丈夫ッス。」




怒りで顔が赤を通り越してどす黒くなってきた。

大丈夫か?病院行くか?




「弾けないとは言わせないわよ。弾きなさい。」




「はいはい。」




そもそもこんなこと誰が好き好んでやるだろうか。

先輩の言葉と先生の言葉がなければ絶対に投げていた。


ちなみに先生に同じことを愚痴ると、


「私だって○したいヴァイオリニストの10や20平気でいるわよ。


でも、あなたも商業ピアニストとして食べていくつもりなら、そういう人たちと一緒にやるのも勉強よ。


私はそんな人たちをピアノの腕で黙らせてきたわ。」




と言った。


これを聞いた私は、昔の武芸者を思い出した。


腕一本で黙らせてきたところとか。

上品で華奢で儚い先生は誰よりも野武士でした。






そして、笹塚との初合わせ。


この豊洲のホールを選んでくれたのは僥倖としか言いようがない。


なぜならこのホールのピアノはファツィオリだからだ。


まだ日本に数少ないファツィオリのピアノを置いてあるホールを選ぶとは、笹塚、貴様ぬかったな。




そして、一発目の顔合わせから弾けというのは容易に予想がついていたので、ゴリゴリに弾き込んできた。


普通ならヴァイオリンを立てるように弾くのがベストなのだろうが、お上手でいらっしゃる笹塚お嬢様にそんな気遣いは無用だ。




完全に食い散らかすつもりで弾く。




藤原吉弘、ここにあり。

という演奏を耳に焼き付けて帰るがよい。

フハハハハハ。





私も笹塚も準備ができたので、合わせてみる。






さぁ!食らえ!!!!






.


..


...






うん。


結論から言うと、笹塚は上手かった。


うまかったけど、負けちゃったね。


途中でびびって逃げちゃったもんね。

子犬ちゃんだったもんね。




ごめんね。


弾いてみてわかったけど、君そういう子だったのね。


まさか泣くとは…。




あぁ、ごめんごめんごめん。




2人で頑張って行こうね?


うん、出来る限り俺も頑張るからね。




え?頑張らなくていい?


頑張られると私怖くなっちゃう?




わかったわかった。

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