第47話 引っ越しました。前編
我が家の荷物が業者によって続々と運び出されていく。
とはいえ、そんなに多くの荷物があるわけではないのだけれども。
そして、そんなに遠くに引っ越すわけでもないのだけれども。
ある日の夕方。
引っ越すにあたって、引越し先を内見させてもらった。
メンバーはもちろん私となおちゃんと不動産屋さん。
それはそれはもう、さすが日本を代表する若手プロゴルファーが、引退後に住もうと
思ってお買い上げしていたマンションだ。
でも本当にそうなのかな?
もしかして、と思わないこともない。
二軒しかない最上階のうちの一軒。
もうマンションの所有権はなおちゃんに移っているので、今後はなおちゃんに家賃をお支払いしていくという流れだ。
「こちらが防音ルームです。」
そもそも家自体が防音はちゃんとされているのだが、その中にもちゃんとした防音ルームがあるので完全防音となっている。
防音ルームは広く、ちょっとしたサロンコンサートなら開けそうなレベルだ。
お風呂もキッチンも、リビングも寝室も広くて快適!
ここに1人で住むなんて寂しくて涙が出そう!
そして、さすがお金持ちマンションと言うだけあり、家具など大きな荷物専用の搬入用エレベーターも完備しているため、グランドピアノも搬入可能だ。
流石にフルコンサートサイズになると難しいかもだけれども。
サイズ的にピアノだけ入っても、人が入るかとか響き方とかを考えるとどうしてもね。
「私の家なんだから汚さないでよね!」
「わかったわかった。」
「あとちょこちょこ帰ってくるからよろしく。」
「ちゃんと綺麗にしとくよ。」
なおちゃんは今年からアメリカメジャーツアーに挑戦する。
それに従って、もともと住んでた家は解約。
車も全て売却。
すべてとはいえ、私の車と両親の車、計3台は残してくれている。
そして自分自身は活動の拠点をアメリカに移し、家もそちらに借りるそうだ。
ちなみにメジャーの結果如何では、最上階のもう一部屋も買って両親を連れてきたいとも言っていた。
なので部屋自体はざっくり5LDKだが、尚ちゃんの部屋は使えないため、実質3LDK+防音ルームとなっている。
防音ルームを除く一番広い洋間がなおちゃんのお部屋だ。
ここにゴルフの練習スペースを作りつけて、もう一部屋小さい部屋がなおちゃんが日本にいるときの活動拠点になる。
不動産屋さんがカギをなおちゃんに渡して退室していった。
二人で戸締りなんかを確認しながら世間話をする。
「なおちゃん、本当にありがとう。」
「別にいいわよ。ハウスキーパーがいて助かるくらいにしか思ってないし。」
「それでも、ありがとう。」
「うん。」
「あとさ、まだ両親にも友達にも言ってないんだけどさ。」
「うん。」
「私ピアニストになる。」
「ふぅん。
じゃあちょっと晩御飯行こう。」
「えっ、なんで。」
「あんたねぇ、大事な話するときは飯食いながらって相場は決まってんのよ。」
「えぇ…。」
そのまま、夜ご飯と言うことで、近くの個室の寿司屋に行った。
「で?ピアニストになるって?」
「うん。ピアニスト。」
「私みたいな仕事の人が言える話じゃないけどさ、それって食っていけるもんなの?」
「無理だろうね。」
「どうすんの?」
「30手前くらいまで大学生やる。」
「あんた…。」
「いや、前々から考えてたんだけど、今のとこ卒業したら海外の音楽系の大学に入り直すか、大学院に入るっていうことね。」
「あー、そういう。」
「そんで、向こうで音楽ビジネスとか音楽教育とか、まだよくわかんないけど、そういう系の知識と経験を積んで、日本に帰ってきてもいろんな仕事ができるようにしようかなって。」
「それにしたって先立つものが必要でしょうよ。」
「たぶん、だけど、たぶんなんとかなる。」
「どうやって。」
「今動画共有サイトで動画投稿してるんだけど、その収益が大変なことになってるっぽい。」
「まさか…。
あんたまさかこの人…!?」
なおちゃんはスマホの画面を見せてきた。
その画面にはまさしく自分がバーでピアノを弾いてる姿がある。
しっかりフォローしてくれててありがたい。
オーナーが気を遣ってくれて、ちゃんと顔は見えないようにしてくれている。
「あぁー、これこれ。
ピアノ弾いてるのバイト先だよ、これ。」
「あんた、これ実際どれくらい儲かってるのよ…。」
あんまり人には言わないでねと言ってなおちゃんに耳打ちする。
「……うん…うん、あぁ…っ!!!!!
あんた…!!!
えぇっ!?!?!?」
「っていう感じ。」
「今それくらい稼いでるんなら、途中から落ち目になることを計算に入れたとしても、院まで行って帰ってくるくらいならなんとかなりそうね…。」
「でしょ?でもピアノ買わなきゃいけないからなぁ。」
「あんたピアノ持ってないの!?!?
そんだけ稼いでるんだからピアノくらい買いなさいよ!商売道具でしょ!?!?」
なおちゃんが驚くのも無理はない気がする。
なおちゃんでいうと、ゴルフセットを持ってないのに、ゴルフ場の貸しクラブで日本ツアーをバンバン優勝してるくらいの衝撃なのだから。
しかもその状態でメジャーに挑戦しようかなーなどと言っている人が目の前にいるのと似たような感覚なのかもしれない。
「いやさ、ピアノって高いじゃん。
まだお金は取っておきたいというか貯めておきたいというか。」
「あんたって昔から、ゲームとかで貴重なアイテム死ぬまで取っておくタイプだったよね。
クリアするためのアイテムなのにクリアしてからも使わないっていうか。」
なおちゃんはほんとによく覚えてる。
たしかにRPGとかシミュレーションゲームとかでも貴重なアイテムは全く使わずに死蔵していた。
「ピアノの1台くらい買ってあげるわよ。
いくらなのよ。」
さすがプロゴルファー。
懐が深い。
この一言を待ってました!!!!
「1200万」
ゴツっ!!!
「いてぇ!!!!」
「買えるわけないでしょバカ!」
「買うって言ったのどっちだよ。」
「まぁあたしだけど。
ていうかピアノってそんなするのね。
せいぜい100万200万の世界だと思ってたわ。」
むしろ100万200万の話だったら買ってくれてたのか姉よ。
「まぁそれくらいの値段でもあるのはあるけど、値段が安いってことはそういうことだよ。」
「まぁ天然素材で人の手で作ってっていうとそれくらいかかるか。」
「そういうこと。
数作れるものでもないしね。」
「まぁいいわ、頑張んなさい。」
「まだ父さん母さんには言わないでね、ちゃんと自分で言うから。」
「言いやしないわよ。
私もこっそりプロゴルファーになったし。」
「えっ、こっそり?」
「うん、友達の家行ってくるって言って勝手にプロテスト受けに行った。
受験料は父方母方両方の爺ちゃん婆ちゃんからせしめた。」
「えぇ…。」
「最終100万以上かかったけど、なんとか揃えて、協会に入会してちゃんとプロになったときに報告した。」
「よくバレなかったね。」
「たぶんバレてたよ。
バレてたけどなんも言わなかったの。」
「なんでバレてたってわかんの?」
「プロになって初優勝したときに、その賞金で爺ちゃん婆ちゃんにお金返そうと思って持って行ったら、もう貰ったからええって。」
「もらった?」
「うん、プロテストの二次くらいのときに持ってきたんだって。」
「逆に二次試験まで隠し通したんだ…。」
「まぁさ、わかっててもあたしらが自分で考えて行動する分には何にも言わない人らじゃん。
あの人たち。」
「うん。たしかにそうだね。」
「だからたぶんなんも言わないよ。
そのかわり、ちゃんと筋道立てて、海外の院も合格してから言わなきゃダメよ。外堀埋めてからじゃないと。」
「わかった。」
「お金に困ったら貸してあげるから。
飛行機取れなかったらなんとかしてあげるから。」
そうだった、なおちゃんのスポンサーには航空会社がついてるんだった。
「ありがとう。」
「いいのよ、ほら、食うわよ。」
「うん。」
家族に支えられてることを心から実感した。
血は水よりも濃い。
と、まぁこんなことがあって今引っ越ししているわけなのだ。
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