第40話 かんがえごと。
「こういう感じで進めようと思うんです。」
「いいんじゃない?」
今日はライブの打ち合わせだ。
普段のバイトより2時間ほど早く来た。
「オーナーからはこうした方がいいと思うとか、
こうした方が盛り上がると思うとか、あります?」
「そりゃいろいろと盛り上げるためのアイデアはあるけど、正直今の藤原くんなら何しても盛り上がるでしょ。」
「まぁ、そうですけど、正直それが怖いんですよね。」
人間、盛り上がってるときが1番怖い。
自分の評価が、自分の知らないところで盛り上がっているというのが本当に怖い。
アスリートが結果を出して人気になるのはわかる。
俳優がかっこよくて人気になるのもわかる。
だけど、私が今チヤホヤされているのはなぜだろう。
お笑い芸人が、テレビ番組でネタを披露したとき、スタジオの観客全員が笑うようになったら危機感を持った方がいいとかいう話を聞いたことがある。
なぜその話を思い出したのかと言うと、今の自分の状況がまさしくそれに当てはまるようにしか思えないのだ。
「人気の根拠がわかんないって言うのは怖いよね。
藤原くんの場合は色んな武器があるから、余計に自分の中でわかんなくなっちゃうのかもね。」
「そもそも私は自分の中で、プロ並みにピアノうまいとか思ってませんし、際立って顔立ちが優れてるとも思ってませんからね。
世間との評価のギャップに戸惑っています。」
なぜかオーナーはちょっと引いていた。
「解決するかわかんないけど、動画共有サイトに顔隠してピアノ動画あげてみる?」
「その心は?」
「コメント欄で世間的な評価を知ることができる。」
「なるほど。じゃあ今やってみますか?」
バイアスがかかってない、忌憚のない意見を聞くことができる場というのは貴重だ。
「お、やってみようか。」
私の愛用する、りんごのマークのスマホをピアノの端っこに置いて、一曲弾いてみる。
曲目は、より多くの人に聞いてもらえるように、某有名ロックバンドのpopsを耳コピでアレンジしながらやってみた。
「いや、やっぱりうまいよ。」
「うーん、自分としてはもう少し工夫できたかなっていうとこも多々あるんですけどねぇ。」
「とりあえず私のアカウントで上げてみるね。」
「お願いします。」
その日は、そのあともう少し打ち合わせして、ゴルフの方のバイト先に向かった。
「お疲れ様でーす。」
受付の人に挨拶をして、講師用のロッカールームでウエアに着替えて、今日レッスンするブースで入念に柔軟体操をして体をほぐす。
しっかりと体をほぐすと、結構体はあったまってくる。
あったまってきたところで、いつもと同じルーティーンで短い距離のウェッジからだんだんと距離を伸ばして、クラブもだんだんと長いものに変える。
「うん、いい感じ。」
納得したが早いか、声がかかるのが早いか、本日のレッスン生がブースにやってくる。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。
あれ?すこし雰囲気変わりました?」
「そうなんです!今日先生のレッスンだからと思って髪切ってきたんです!」
「えー!その髪型素敵ですー!」
先生のレッスンだからという部分は完全にスルーして髪型だけ褒める。
いつも通りの、当たり障りない会話でなんとかその日のレッスンを全て消化した。
いろいろとかんがえることが多すぎて、とにかく早く帰って風呂に入りたかった。
「お疲れ様でした〜。」
ウエアを普段着に着替えて、さっさと道具の手入れをして、自分が使ったブースの掃除を簡単に済ませて帰る。
「あー、ピアノ欲しいなぁ。」
今何が一番欲しいかと言われるとピアノが一番欲しい。どうせ買うならグランドがいいし、一番欲しいピアノは1200万するピアノなので到底無理なのだが。
しかし、ピアノを買うと防音室がある部屋に引っ越す必要がある。
防音室なしでとなると電子ピアノしかないのだが、電子ピアノには心が全く惹かれない。
「うまくいかねぇようにできてんだなぁ。」
いろいろな悩みは尽きそうにない。
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