第41話 かんがえてたら。



それからしばらくして。




曲も決まり、ライブの構成の目鼻立ちが決まった頃、ステージ終わりにオーナーからはYouTubeについてお話があるとのこと。






「今日はインターネット動画の件について、お話があって来ていただきました。」




「はい。


なんですかその話し方。」




「実は。」




「実は?」




「初投稿したあの動画」




「あの動画。」




私はステージドリンクとして、勝手に茶葉を買ってきて店に置いている。

今日もその紅茶を入れており、勝手に一息つく。




「1000万再生を突破しました!!!!




おめでとうございます!!!!」




思わず吹き出しそうになった。






「1000万!?




1000回じゃなくて!?」




「まぁ、センセに秘密で、動画も何本かあげてるんですけど。」




オーナーは、動画上で私のことをセンセと呼ぶ。


関西出身のオーナーらしい、すこし皮肉の効いた名前だ。


身バレしなくてちょうど良い。




オーナーが、私のことをセンセと呼んだ時点で、どこかでカメラが回っていることを悟った。




いや、聞き捨てならない言葉が耳に入った。




「何本かあげてる…?」




「ここで、朝とか練習で弾いてたやつ勝手に何本か上げました。」






「まじかぁ……。」




「そちらもだいたい300万再生前後くらいです。」




「まじか!!!!」




「さらに!!!」




「さらに?」




「チャンネル登録者数も100万人を突破しました!


はい、こちら金の盾。」




「おー!」




「あらリアクションが少ない。」




「その辺はよくわかんないっすね。」




「何はともあれおめでとうございます!」




「ありがとうございます!」










「はい。撮影終わりました。」




「おつかれさまです。」




「まぁ、話はさっき話した通りなんだけど。」




「まさかそんな再生数稼げるとはって感じですよね。」




「本家のバンドさんがTwitterで拡散してくれたのが肝みたいよ。」




そう言いながらオーナーは動画についたコメントでめぼしいものや多い意見をまとめた冊子を渡してくれた。






「なんか、技術とか表現について語ってる人すくないですね、思ったより。」




「素人が耳だけでわかる情報なんてそんなもんよ。




どこまで行っても素人判断。

飲み屋で野球談議してる酔っ払いと大差ないわよ。」




「なるほど。」




「まぁ、私としてもここまでアンチコメント少ないとは思わなかったわね。」




「私ももっと叩かれると思ってました。」




「チャンネル登録者数が規定の人数に達したところで、収益化もしたんだけど、この調子ならあんたピアノ買えるわよ。」




「ほんとですか!?!?

いや、でも、買ったところで、引っ越さなきゃいけなくなるじゃないですか…。

グランドOKのマンション少ないですし…。」




そもそも動画配信ってそんな稼げるんだ…。




「あんたのマンションピアノダメなの?」




「大家さんに聞いてはないですけどダメでしょう。今のマンション、大学から近くて、気に入ってますし、あんまり引っ越しも考えてないんですよね。」




「なるほどねぇ。」




この時、話はそこで終わった。










そんな折に、私の身に、あまりよろしくないことが起こるようになった。

というか、起こった。



まぁざっくりいうとストーカーなのだが。



私からすると、またか。と言った感じ。


中学・高校時代からそれなりの変質者やストーカーといった被害は受けていたので、身の回りの個人情報関連にはかなり気を遣っていたつもりだったのだが、東京のストーカーはレベルを超えていた。




田舎のかなりは東京のすこしってことなんだね。




いろいろあって、犯人は逮捕されたのだが、なんと同じマンションの住人。

ストーカーには慣れたつもりでいたが、これには背筋が凍る思いがした。




しばらく生活がままならなくなり、ホテル暮らしを余儀なくされた。


本当は実家に帰って落ち着くまで、という思いもあったが、本番も近く気が紛れる方が良かったので、大学からすこし離れたところのホテルにしばらく暮らし、車で大学に通っていた。




その間、叔父さんやなおちゃん、オーナーや両親、幸祐里もひなちゃんも、実季先輩もみんな心配してくれて、万全のバックアップ体制をとってくれていた。

基本的に1人になる時間は無かった。

1人になるのは部屋の中だけ。




叔父さんもオーナーも店には出るなと言っていたけど、自分としてはは1人になる方が怖かった。

なるべく普段と同じ生活をしたかったので無理を言ってバイトさせてもらっていた。






ほとぼりも冷めて、いよいよ本番一週間前。

自分としては全然冷めていないのだが、本番の方が大事だし

そのこと考えている方が気がまぎれる。




「アンタ、引っ越すわよ。」

オーナーとおじさんがホテルの部屋に来て突然通告してきた。



「え!?!?」




「おう、そうだぞ。」




「叔父さん!?」




「ケンちゃんとも最近ずっとお話ししてたの、もちろんご両親ともね。」

いや、ケンちゃん・・・?

叔父さんオーナーからケンちゃんって呼ばれてるの?



「もともとあの高いマンションをあてがったのは、セキュリティがしっかりしてるからっていう理由が大きかったんだが、俺も兄貴もまだ甘かったみたいだな。


ということで、本番終わったら引っ越しな。」




「えぇ、拒否権は…。」




「ねぇよそんなもん。」


「ないわよそんなもん。」




「はい…。」




「心配しないで。次のとこは完全防音だから。


24時間演奏可よ?」




「完全防音…。」




「あと地下駐車場もあるからな。」




「地下駐…。」




やばい、ニヤニヤが止まらない。




「でもお家賃お高いんでしょう?」




「なおちゃんのつてでお買い上げのマンションだ。」




「なおちゃん!?!?!?」




「なおちゃんのスポンサーさんが所有していたマンションで、お買い上げしたんだとよ。」




なおちゃん……。




「ちなみに、買うために家の車全部売ったらしい。」




「いや、もともとありすぎなんだよ車が。」




「ということでお金の心配はいりません。」




「はい。」




あの家気に入ってたんだけどなぁ…。


まぁ、あんなことがあったのだから、引っ越しは仕方がない。




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