第38話 業界を駆け抜けた話題。



その日、ある界隈の人たちにとっては、

衝撃的なニュースが、ある地域を中心に、

とんでもないスピードで駆け巡った。




「ヒロ様がライブをするらしい。」




吉弘自身もオーナーも、そんなこと全く預かり知らないが、彼には熱狂的なファンが多数いる。


そのファンたちのコミュニティを、そんなニュースが駆け巡った。


どうにかしてチケットを手に入れたい熱狂的なファンたちは血眼になってチケットを探した。








実季先輩も、幸祐里も、ひなちゃんも、吉弘がそれぞれに割り当てた最大の枚数まで、ものの数分で予約が入った。


キャンセル待ちまで出る始末だ。


店でも同様の事態が発生していた。






なんとなく、事態の異常性を察したオーナーが、大々的なチケット販売を見送ったことで、事なきを得た。

私にはすぐにお店から連絡が来て、店売りチケットが全然足りないから120枚くらい持ってきてほしいとのことだった。



それからはオーナーの目から見て、信頼に足る、大事なお客様のみに、吉弘のライブがあることを伝え、粛々と静かにチケットを捌く。


店での販売では、転売の恐れを避け、基本的には対面のみの販売で、チケットの裏面には名前を書いていただいたのだそう。




そして、彼のファンは大学生だけにとどまらない。





〜〜都内某所レコーディングスタジオにて〜〜




「おい、あの例のバーの大学生がライブやるらしいぞ。」



「まじか!ヨシくんライブやるのかぁ。」




ここは都内某所、レコーディングスタジオ。

私たちの最近の話題はもっぱら彼のことで溢れている。

新曲の発売前でピリついてても、彼の話題が出ると瞬く間にそんな空気は解けてリラックスできる。

この前、彼の店で発表した新曲はオリコンチャートも1位を獲得することができて、事務所も機嫌がよろしい。



彼というのは、メンバーみんながよくいくピアノバーの店員さん?というかピアニストさんのことなのだが、ピアノがすこぶるうまい。


そして顔立ちがすこぶる整っている。

羨ましいかぎりだよ、ほんとに。

しかも、頭もいいらしい。


天は二物を与えないなんていうけど、ありゃ嘘だね。






「そりゃ行かなきゃダメだね、絶対。」



「当たり前だろ、全員で行くぞ!」



「この前のお礼もしなきゃだね!!」






彼の店に初めて行くまで、バンドの雰囲気は最悪だった。


メンバーそれぞれがピンの仕事をするようになり、心理的な距離感が生まれ、それぞれが異なる方向を見ていたような気がする。


方向性の違いで解散するバンドってこんな感じなんだろうなって雰囲気だった。




いつもお世話になってるプロデューサーに勧められて、メンバーの3人全員で行ってみた。


そこで、彼のピアノを聴いて、みんな思うことがあったのだろう。


俺も心から感動して、彼のファンになった。






しっかり常連となった今となっては珍しいことだとわかるが、俺たちの雰囲気を察してくれたのか、彼はセッションの時間をとってくれて、俺たちをステージにあげてくれた。






彼のピアノと、俺たちのバンドでセッションしたのだが、彼の包み込むような音色とアレンジとテクニックで、俺たちはもうメロメロにされた。



女だったら、多分とんでもなく熱狂的なファンになってたのは間違いないね。

うちのボーカルは女の子なんだが、間違いなく目がハートになってた。



その時こっそり、彼に、レコーディングに参加してくれないか?と打診してみたのだが、笑って相手にもしてくれなかった。




「自分なんかがそんなお手伝いなんかできないですよ。」




だって。




それだけうまけりゃ多少は天狗にもなってるものかと思いきや彼にはそんなところがまるでなかった。



やられちゃったね。

俺たちは多分それぞれが天狗になってたんだと思う。

俺たちの根っこはなんなのかって。

あの日再確認できた。


今ではみんなで月一回は絶対に行くけど、

彼がシフトに入ってる日には、俺はどうしても店に行きたくなってしまうので、俺は大体毎回行ってる。欲望に素直に従うようにしている。

もちろん彼のシフトに入る日も把握している。


そんで店に行くと大体他のメンバーと会う。







きっとそう遠くないうちに、彼も俺たちと同じ土俵に立つんじゃないかな?

いやわかんないけど。







〜〜〜〜都内テレビ局メイクルームにて〜〜〜〜






「えっ嘘!?」



「あら、どうしたの?」




私は今収録前でメイクされてる最中なのだが、行きつけのバーのオーナーさんからメールが来た。




「推しがライブするんだって!!」




「あらぁ、それは絶対行かなきゃじゃない?」




今私のメイクをしてくれてるのは、Yu-Kiさんという、有名なメーキャップアーティストの方で、予約が取れないので有名だ。


オネエで、話が面白い。




「推し」の話はこの業界の誰にもしてないが、唯一彼女 (?)にだけは何度も話してる。




彼女曰く、どうやら私は彼にガチ恋してるらしい。

話のトーンがオタクの熱量のそれを優に超えてるらしいのだ。




しかしアニメファンの私からすると、


ガチ恋と言わずして何が推しと言えようものか


という座右の銘がある。

私が作った言葉だけど。




私は昔からアニメや漫画が好きなのだけど、常にそれはガチ恋だった。


初恋は、月の美少女戦士のタキシードのあの方だったと自信を持って言える。


仲のいいモデルでオタク友達の子に誘われて、彼が演奏をしてるバーに行ったのが、推しとの邂逅だった。




「すげーイケメン」なんてものは世の中に掃いて捨てるほどいるというのは仕事柄、身に染みて感じている。



ちょっとやそっとのイケメンがいるくらいでは、私を動かそうったってそうはいきませんよ?




しかし、私は友人のある一言で一も二もなくバーに駆けつけた。

友人の手を引き、タクシーに雪崩れ込むように乗り込み銀座に直行したのだ。




私を店に連れていくために、友人は私にこう言った。




「〇〇が、2.5次元。」


〇〇とは今私が最も推している漫画のキャラクターの名前である。


ちなみに、休みの日には自分の苗字を推しと同じ名前になったのを想像するなどして、痛いオタクをしている。






推しの名前出されちゃ、オタクは動かざるを得ませんよ。


2.5次元と言われてかなり興味をそそられた。


しかし、心のどこかで


「またまたー…そんなこと言っちゃってさ…。」


という予防線を張るのを忘れない。

私も期待していくと、裏切られた時が怖い。





現地に着くと、今度は友人が私の手を取り、バーまで案内してくれた。




「ピアノバーなんだ?」




「うん、詳しくは中で。」






カランコロンというドアベルと共に中に入ると、ちょうど彼がピアノ椅子に座るところだった。




目があった。


彼がニコッと笑った。


「 や      ば     い     」






「やーばいっしょ?」




彼は2.5次元なんてものではなかった。

代用品なんかではない。

3次元だった。


私は彼を3次元の男性として認識してしまい、

なおかつその瞬間から推しの殿堂入りを果たした。


おめでとう。




そして、推しがピアノを弾き始めた。




「や     ば     い (小声)」




目でも耳でも沼にぶち込まれてしまった私は、演奏中ずっとガン見していた。


たぶんばれてると思う。






演奏が終わり、常連さんらしきお客さんにからのリクエストを聞いている。




「わたしもりくえすとしたい……。」




私の小さな消え入るような呟きを、まさか拾ってくれたわけではないはずだ。


ずっとこちらを向き、一直線に歩いてきた。




やばい、やばい、やばい、やばい!!!!




目を見て話せない!!!!




「本日は初めてお越しいただきましてありがとうございます。




よければ初めての記念にリクエストしていただけませんか?」




「げ、ゲトワイルドヲ、おおおお、オネオネ、オナシャス!!!!(小声早口)」

あぁーー

これはいけませんねぇ。

オタクの悪いところが全部出ています。

隣の友達は頭を抱えています。





「かしこまりました。」








やってしまった。


オタクの悪い部分丸出しで、やってしまった。

恥ずかしさに顔から火が出そうになる。

これでも私月9女優とか言われてるんです。

もっとかわいいところとかきれいなところあるんです!


クラシックとか言えばいいのに、新宿のスイーパーの名曲をリクエストしてしまった…。


いや、てか、彼の声エロくない!?!?!?

やばいよ、ほんとに。

あー、沼に落ちた音がした。

ずぶずぶ沈んでるわー。

際限なく課金しちゃうわー。






彼はにこりと笑い、ピアノの元に帰る。




そして彼の手から紡ぎ出されるあの名曲のメロディ…




「ふつくしい…。」






そこからのことは私の心の中の秘密にしておこうと思う。

彼との大事な秘密だ。



「今日どうだった…って聞くまでもないか。」





「私ここ通うわ。」




「じゃーん。」




「何それ。」




「メンバーズカード。」




「!?!?!?!?!?!?」




「彼の演奏を聞いた日はスタンプを1つ押してくれて、10個たまるごとに好きな曲で彼の音源CDくれるのよ。」




「そんな沼構築システムが…!」




「はい、あんたの分。」




「ありがとうございます。家宝にします。」






こうして私は彼の沼にはまった。












「とりあえずチケットは抑えた!!!」




「あらぁん、羨ましいわね、推しのライブだなんて。」




「一応二枚抑えたけどユーキさんもいく?」




「いいの?」




「もちろん!」




「じゃあおめかしして行かなきゃだわ!」




ちなみに、ユーキさんは私以上のガチオタで、好きな男性のタイプは○レンザビとかいう人らしい。あのロボットのアニメやつの。

ユーキさんにロボットアニメって言ったらぶちぎれられた。

あれあは人間関係のヒューマンアニメらしい。






余談だけど、その日のメイクはめちゃくちゃうまくいって、ネットニュースで話題になった。

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