第37話 モチベーション


学園祭の本番が終わってしまい、明らかに練習に対するモチベーションが落ちていることを実感する。




相変わらず、毎日数時間はピアノを弾いてはいるが、明らかにあの頃のような鬼気迫る練習ではない。




「本番が無いと張り合い甲斐がないなぁ…。」




誰に聞かせる曲があるわけでも無い。

基礎練習が好きだからずっと基礎練習をしているという状態の今。




今日は特にすることもない休みの日。

鍵を借りているので、バイト先に朝から行って、ずーっと基礎練ばっかり飽きもせずにやっている。

やっぱりいいピアノは、いい音がするから。

いい楽器は、いい演奏者を育てる気がする。






カランコロンという音とともにオーナーが入ってきた。


「今日も精が出るねぇ。」


「することもありませんから。」


友達がいないわけじゃねーし!!!

呼んだらくる女くらいいっぱいいるし!!!!




ってそんなのいるわけないよなぁ…。






「なんか最近悩んでんの?」



「……。わかります?」



「もちろん。音に悩みが感じられる。」



「すごいなぁ、オーナーは。」



「人生の先輩に打ち明けてごらん。」




オーナーのご厚意に甘えて今の悩みを打ち明けてみた。






「ふむ、単純にいうと張り合い甲斐がないと。」




「そうですね。大きなコンサートにまた出たいと思うようになってしまって…。」




「もうしっかりプロじゃん。

じゃあ本番やってみようか。」




「えっ?」




「藤原吉弘 ピアノソロリサイタル。

会場はここ。

ピアノはその子。

一晩貸してあげるよ、ここ。」




「えぇ!?!?!?!?」




「好きなだけ、好きなようにやってみな。

バーテンダーは私がやるから。」


「そ、そんな、いいんですか?!?!?」


「お前ぜんぜん遠慮しないのな。」



その後いろいろ打ち合わせをして、1ヶ月後の今日、ライブを行うことになった。




会場使用料はチケット売り上げの10%ということになった。

チケット売上から会場使用料と手間賃ともろもろを引いた残りが私のバイト代になる。


激安のように思えるが、何か特に普段の営業日と変わるわけではないので、しかもうちでアルバイトしてる子だからっていうことでその値段に落ち着いた。




時間は19時から21時と22時から24時の、2時間×二部制。




やると決まれば、やる気がどんどんとわいてきた。

闘志がメラメラと燃えてきた。





よくよく考えると、普段のバイトの演奏と変わらない気もしたが、チケットを実際に売ってお客さんに来てもらうというのが重要なのだ。


お客さんに、私の演奏に対して、直接お金を払ってもらうということがモチベーションにつながる。



あれよあれよという間に、オーナーがチケットを家庭用プリンタで印刷してきた。


S席とA席を設けたようです。




「ん?S席とA席の違いは?」



「S席は前から、1列10人×5列目まで、A席はそれ以降。ちなみにSが1万円飲み放題付きでAが8000円で飲み放題付き。


とりあえず一部100人×2で200枚刷ってきたので。」




オーナーは、私や目の前に200枚の束をドンと置く。



「しっかり捌いてね?」

目の前の180万円分の現金と等価値のチケットが重くのしかかる。



「ハイ…。」



結局、そのあともやる気に任せてゴリゴリと精神を削るような練習をして、チケットも150枚ほど持って帰った。






「チケット売れるかな…。

まぁ、でも世話になってる人には私の自腹で来てもらおう。


ポチッとな。」




実季先輩と、幸祐里と、ひなちゃんの3人にはちゃんと、ライブをするのできて欲しい、とラインで伝えた。


あと、招待するのでもしよかったら友達も誘ってチケットを捌いてくれたら嬉しいな、という文言も忘れずに追加しておいた。






「来てくれるかな…。」




不安に押しつぶされそうな部分もあるが、

私は150枚のチケットを持って、とりあえずおじさんのところに行った。

今日はゴルフバーではなく経営している別のバーの方にいるらしい。



お店はもちろん銀座。

メンバーズオンリーの格式高いお店だ。

店名はアンノウン。

なんかおしゃれだな。

カランコロンというベルの音とともに押し戸を開ける。




「おぉ、ヨシ。どうしたよ。」




「いや、実はライブやらせてもらえることになってさ。」




「ほう。」



「叔父さんにはお店紹介してもらったこともあるし、ぜひ来てもらいたいなって。」



「絶対行くに決まってるだろそんなの。

チケット何枚捌かないといけないの。」



「一応150枚…。」


「なるほど…。」


「多すぎるよね。」



「は?

いや少なすぎるだろ。

とりあえず、その150枚は30枚だけ捌け。

残り120枚はたぶん店の方から連絡来るだろうから。

多分とんでもないプラチナチケットになるぞ。」


「まさかぁ~。」



「叔父さんの言うことは間違いないよ。藤原さん。

これでもこのおじさんはこの銀座で長いことお店やってきてるんですよ。

先を見る目に関してはかなりのものがあると思うよ。」


叔父さんの横で事務作業をしていた、おじさんの右腕ともいえるyu-taさんがグラスを拭きながら教えてくれた。



yu-taさんは昔から叔父さんと仕事をしていて、おじさんの会社の役員もやっている。

業界にも詳しく、謎に何でも教えてくれる不思議な人だ。


叔父さんはもちろん知っているが、それ以外の人に本名を明かしていないというのも謎ポイントの一つだ。

見た目から年齢もわからない。

めちゃくちゃ若そうだけど、おじさんくらいの年齢にも見える。

謎が深まるばかりだ。


「そうなんですか・・・。」


「私も一枚いただきますね。」


「俺も。」


「あ!ちょっと!」

二人はA席を取ったが1万円を置いていき、釣りはいらないとのこと。

なんかかっこいいんだけど…。


「取り合えず約束な。30枚しか捌いちゃだめだから。」


「ん~。はい、わかりました。」



この後おじさんすごいと思うのだが、それはまた別の話。






~~~~~~吉弘が帰った後のバーアンノウン~~~~~~



「ヒロがライブだとよ。」


「ボンの成長には驚かされますねぇ。

ちょっと前までこーんなに小さくてドライバー振り回してたのに。」


こいつは俺の右腕というか、俺が右腕というか。

むかしからつるんで一緒に何でもやってきた。

人生の大半はこいつと過ごしてきた。



ヒロはこいつにオムツを変えてもらったこともあるが全く覚えていない。



こいつは昔から変わりもので、なぜか俺以外に本名を明かしていない。

そのこだわりなんなんだ?

便宜上yu-taと名乗っているが、本名は〇〇〇〇〇・・・あれ?

言えない。

なんでだろう。



まあいいか。

こいつがいてくれたから俺は今銀座で店なんか構えて偉そうにしていられる。

こいつはこいつで俺のおかげってことあるごとに言ってるけど。



「絶対チケット足りなくなるでしょうな。」


「だよな。

今でさえあいつんとこすごいんだろ?」


「祥子さんのPolarisですか?」


「そう。業界関係者ばっかりらしいじゃねぇか。」


「噂はすごいですよね。もうメンバーズにするとか言ってましたよ」


ヨシがバイトしているPolarisというピアノバー、オーナーは祥子。

女オーナーながら、なかなか繁盛している。


俺との付き合いも長く、彼女が店を構えるまでは俺のやってたバーによく顔を出していた。

時々カウンターの中に入ってもらったりしていた。



最近は時々しか顔を出していないが、今でもよく連絡のやり取りはする。

そして、俺も詳しくはわからんのだがどうも、コイツとなんかあるらしい。

俺より詳しい祥子の情報を知っているときがある。

もしかして祥子と暮らしてる・・・?


いやそんなわけないか。

別にどっちでもいいんだけど。


「あ、そうなの。でもその方がいいかもね。」



「自分もそう思いますよ、ほんとに。」



「なんか言ってきたら助けてあげてな。」



「祥子さん?」


「どっちもだよ。」


「そりゃそうだ。」


「そろそろ店開けるか。」


「ういーす。」


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