第36話  環境の変化。


あの学園祭以降、私の身の回りにも変わったことがいくつか。






まず、いろんな人から言われたこと。




「付き合ってください。」






これね。


一言で言うと無理。


まずさぁ、付き合ってくださいって言うのが意味わかんなくて。


付き合うってなに???


そもそもあんたのこと知らねーし。






最初の方こそ、ごめんね?とか適当なこと言って角が立たないようになだめすかしてたけど、めんどくさくなっちゃって、だんだんと、素の部分が出てくるようになっちゃって。




「付き合ってくださいって言う人とは付き合わないようにしてるんだ、ごめんね。」


って言うようにしたら見事に告白してくる人が減ってきた。






今時の流行に乗っかって告白してくるような人とお付き合いしたところで、ろくなことにならないのは目に見えてるし。




自分にとって、男女においては「付き合うこと」が目的ではないんだよね。

なんか、もしかして私すごいめんどくさい男に見えてません?

気のせいか?






話を戻すと、自分にとっては「この人と一緒にいる」ことが目標なのであって、そのための手段としての「付き合う」じゃん?


っていう考えなの。




だから、いきなり付き合ってくださいっていう人とは考えの根本が違うから無理。






あともう一つ。


「なんか弾いて〜。」




いやいや、そんな安くねぇよと。

そんなこという奴にはコレですわ。




一瞥して、鼻で笑う。




もう心底馬鹿にした見下した目で一瞥することがポイントね。

でも不思議なことにね、そのリアクションをすると喜ぶ層が一定数いるんだわ。




不思議なもんだね。








次に環境の変化。




どっかの誰か知らないけど、あの演奏スマホで撮ってた奴がいたみたいで、大手の動画共有サイトに上がってた。

それが再生回数何百万回って行ってるみたいでさ。


即刻削除依頼出したけどね。


どっから入手したのか知らないけど、マスコミから取材依頼が殺到。

両方のバイト先まで連絡きたみたいだよ?


オーナーさんとおじさんが結託して黙らせたらしいけど、なにをしたのかは知らない。



それで最近参っちゃって、メンタル的に不安定だったんだけどさ。

最近は落ち着いてきたので、とりあえず復調気味。

昔から変な人に付きまとわれたり、結構こういうのに弱いんだよね。





あとピアノバーの方の客層が少し変化した。


場所柄、お金持ってる人が多いのはそうなんだけど、明らかに音楽関係者と思しき人が常連さんに増えた。



例の取材依頼とかの件で、オーナーが暴れたから、マスコミ完全にシャットアウトになったから、マスコミ嫌いの音楽関係者からすると好都合なのかな?



明らかに私でも知ってるようなミュージシャンの人とかくるようになったし、気分がいい時とかは店のピアノ弾いてくれたりする。



しかもそういう素敵な一流の人に限って、一緒に弾こうよとか、名刺くれたりとかする。

ありがたい限りです。






ある有名ミュージシャンが最近発売した曲なんだけど、発売前にうちで最終チェックとかしてたこともあったかなぁ。


お客さんたちも、大盛り上がりだったけど、品があってちゃんとした方ばかりだから、そういうのも口外したりしないしね。


私としては、音楽が生まれる瞬間をマジマジと見ることができて、すっごい嬉しい。



もともとピアニストとしてバイトし始めたんだけど、最近はお酒出したりもするようになった。


基本は出番まで休憩室にいるんだけど、私のこと知ってるお客さんとかが、オーナーに彼は?とかって聞くから。


だから、知ったお客さんの時だけはお酒作ってあげてる。

多分あんまり上手じゃないけど。





そうそう、今日はなんでこんな回想ばっかりしてるかって、いま出番待ちで暇なのよ。




今日はたまたま、まだ呼び出しかかってないので、休憩室で休みつつ、そこにおいてあるタブレットで適当に楽譜漁ってる。




どんな曲やりたいとかは、漠然とあるんだけど、イマイチパッとしないんだよなぁ。

休憩室から、そっと顔を出して客層を確認する。




「お、今日は案外若い女性多いな。」




いつもは苦み走った、ダンディな渋いお金持ってそうなおじさまが多いのだが、今日はたまたま若い女性が多い。




「じゃ適当に有名どころのクラシックとポップスでもやるか」






最近の人気曲を、加入しているサブスクから何曲か知っているものをピックアップしてみると、耳コピできそうだったので、ざっくりとした組み立てを考えることにした。




耳コピは難しいとは言われがちだが、幼少の頃から音楽をやってきて、ある程度の音感があれば耳コピなんて簡単だ。



メロディーさえわかったら、気持ちの良いとこに音を重ねていくだけなのだから。


ちゃんと調律さえしてあればピアノは私自身で、音をチューニングしなくていいので簡単だと思ってる。


組み立てと流れが定まったので、控え室の姿見で身だしなみを最終チェック。

今日もお客さんからもらった黒のスメドレーのハイネックニットに

シンプルなシングルのジャケット。色はグレー。

パンツはそのジャケットとセットアップのスラックス。




「よし、行くか。」




休憩室を後にして、ステージに向かう。






〜〜〜〜〜〜〜〜






「いやぁ、今日も盛り上がった。」




やはり、演奏家として客層を考慮して演奏を組み立てていくのは大事なことだと思う。


私の演奏で、これだけ盛り上がってくれて、なおかつその反応を間近で体験できるというのは演奏者としてこの上ない喜びだ。






「藤原くん、お疲れ様。はい、お給料。あと、これ賄い。」




「オーナーお疲れ様です。

ありがとうございます、いただきます。」




もう数ヶ月の付き合いになるオーナーとは、だいぶ打ち解けた。


だんだんと口調が崩れきて、今やオネエみたいな喋り方になっているがれっきとしたお姉様だ。


最初の時は、オーナーも緊張しており、外行きの接し方をしてくれてたんだってさ。






「ちょっと時給アップしといたから。」




「え、なんでですか?」




「あんたねぇ、明らかにうまくなってるわよ。


初めてここで弾いた時よりも、自信がついたみたいね。」




「そうなんですかねぇ…。」




「あと、明らかにあんた目当ての客が激増してる。




しかも顔目当てじゃなくて、ピアノ目当て。


でも今日は顔目当ての子たちも多かったね。」




「そうなんですかね?よくわかんないですけど。」




「だから、あんたにやめられたら経営的に困るから


時給アップよ。




ちなみにあんたのおかげで月商は当社比2.2倍ね。


ちなみに前のピアニストがいた時の最高月商は超えたわよ、先月に。」






「あ、どうもおめでとうございます。


それでちなみになんですけど、お給料はおいくらに…。」




「まぁ、無理のない範囲で上げたから時給1万円ね。つまりワンステージ4万円。




あんたがアマチュアで助かったわよ。


あんたくらいうまいプロのピアニスト同じ頻度で呼ぼうとしたら倍じゃ足りないからね。」




どうりで毎回もらうお給料袋と、今日のお給料袋の厚みが、触ってわかるほどに違うわけだ。


「ピアニストって儲かるんですなぁ。」




「まぁ一部だけよ。ピアノで食っていけるのは。




でも、あんたはもうその一部の中に入ってるだけどね。」






「まぁバイトですから。」




「あんたプロでもやっていけると思うけどなぁ。


愛嬌はあるし、華もある。


盛り上げるセンスもあるし、クライアントに対して偉ぶらない。




私がお客さんならあんたみたいなプロに頼みたいよ。」






「それは…。




ありがとうございます。


オーナーに認められて素直に嬉しいです。」




「これからもよろしく頼むわね、藤原くん。」






「こちらこそよろしくお願いします!」




「はい、おつかれさん!」






嬉しくて、ほっこりした気持ちで賄いを平らげ、ピアノを拭きあげて、軽く床を掃除して挨拶をして帰る。

今日の賄いはあまりのお肉で作ったステーキ丼だった。

タレがうまいんよこれは。


最初は洗い物もしますと言ったのだが、ピアニストが水仕事をするんじゃない!と怒られた。


私にピアニストの心構えや振る舞いを教えてくれているのは、オーナーからが1番多いかもしれない。






お給料袋には演奏料のほかに一応タクシー代も含まれており、なかなかの大金が入っていた。


来年の税金が怖い。






「プロかぁ…。」




そうそう、最近言われることで多いのは、これも入る。




「プロにならないの?」


現状自分としてはプロになるつもりはない。

いや、なかった、が正しいかもしれない。




いろんな人にプロ転向を勧められる。

しかし、あくまでも今は趣味としてピアノをしている状況だ。




ピアノが好きで好きでたまらないから弾きたい、うまくなりたい、練習したい。

しかしこれを生業としてしまったらどうなるだろう。




うまくならなくては「いけない」


練習しなくては「いけない」


ピアノを弾かなくては「いけない」




そうなるのが単純に怖いのだ。


逃げ道がない。


進むしかない。




そういう強迫観念に駆られる気がして。




自分の好きなものが変わってしまうのが怖いのだ。

自分が変わっていくのが辛いのだ。

なおちゃんが生きているような「プロの世界」に行くのが

怖いのだ。





「さて、、どうしたもんかね。」

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